31話Liquor/リカーサップ

 あれからアンナに抱きかかえられ病院に直行し、農民の皆さんの対応や後処理の一部をエミリアに任せる形となってしまっていた。

 アニエスさん曰く、痛み止めを飲んで激しい運動をしなければ数日で完治するだろう。と言われひとまず大事に至っておらず安堵のため息をつく。


 痛み止めを貰い、次は兵宿舎に行き七賢人とやらのルシオンの確保を頼んだ。その際、魔法が扱える事を伝えるとこの町の憲兵を束ねるエニダン兵長自ら出向くという。

 理由は先日受領した魔法を封じ込める手錠を使うためだそうだ。

 魔法を扱う者が少ないとはいえ、帝国はせっせと行使出来る者を集めているらしく、その国境沿いであるこの町に配備するのは至極当然の事かもしれない。


「セシリーさんの時ですかねー?」


 兵宿舎から出る際、俺を抱きかかえているアンナから質問が飛んで来る。


「多分な」


 最近の出来事で外部から兵宿舎を訪れたのは、あのトラブルメーカーお嬢様しか思い当たらない。

 それから市壁の門へと向かい、エミリアと合流すると報告をあの後の報告を受ける。


 なんでも、ルシオンとか言う奴はお金を何時も通り前払いでギルドに送っており、今回は迷惑料と言う事でそのまま受領してくれと言われたそうだ。だが。


「なんか、気が引けるな」


「ですねー」


 迷惑料と言われても、確かに俺達から見れば迷惑極まりないが、あれはアイツの独断でやった事でもあるし、[汚れた者]出会った以上、遅かれ早かれ戦っていたであろう相手だ。そのため何処か納得出来ないでいたのだ。


「そう言うと思ってあたしも何度か断ったんだけど、渡すって聞かなくてね」


 呆れた表情でエミリアはそう言った。

 少し3人で話合い受け取る方面で話を固める事となり、ギルドによって報酬を受け取るとその足でガーエーションへと向かった。

 本日は、シフトが入っている日なのである。


「そう言えば、ユニーちゃん働いて大丈夫なんです?」


 裏口についた時、アンナは突然思い出したかのように口に出す。


「カウンターで常連の相手くらいはやれんだろ。辛かったら最悪ゲルプとブラウの機嫌取りでもするよ」


「ふぅ~ん。あの子達だけなんだぁ」


 扉の向こうからロートの声がし、裏口が突然開き声の主が現れた。


「……お前の相手もするよ。多分きっと恐らく」


「ついで感がすごいんだけど。ふざけんてんの?」


 彼女は屈みつつ外に出ると太陽の位置を確認する。


「光合成?」


 エミリアが問いかけると、そうよ。と短く返答し、俺を罵倒してから光が当たる場所に歩いて行った。

 あいつがこの時間に光合成するのは夕日が綺麗で好きだから。だそうだ。

 中に入ると、残りの面々から挨拶が来てそれぞれ返していく。

 ふと、一番手前にいるローゼに目線を向けると、落ちている枯れ葉の数が何時もより多く感じる。


「え~包帯ぐるぐる巻きで来てよ~」


「ぎゃはは! まった怪我したんだー! ユニーちゃんどっじー!」


 アンナとエミリアは更衣室に行き着替えている最中暇であり、今日の任務の事と俺の状態を話していた。 そして、お調子者2名に軽く流され俺は謎の安心感を得ていた。

 

「駄目ですよ。そういう事を言っては。ユニーさん、本日は休んでいいのでは?」


「そういう分けにも行かないんだよ。なんか、ドホドフさんが話があるって言っててな」


 痛み止めを飲んだ俺はローゼに返答しつつ、彼女の周辺にある落ち葉を拾っていく。


「えっちなおじさーん!」「変態おやじー!」


 酷い言われようであるが否定ができない。


「私の推測ですが、ろくでもない事だと、推測出来ます。ですので、サボタージュしても何ら問題ないかと」


「俺もそうは思ったんだがな。飲み友のよしみがあるし頼みごとの事かもしれんし、仕方ないのよ」


 広い終わると、ゴミ箱まで飛んでいき落ち葉を入れていく。


「なるほど。余計なおせっかいを焼いてしまって申し訳ありません」


「あはは、心配してくれてるのは分かるから謝らなくていいよ。寧ろありがとな」


 いきなりドアが勢いよく開き、ウメが入ってきた。


「今日も元気ー!?」


「元気ー!」「超元気ー!」


「いえーい!」「ふぅー!」「やっふー!」


 ウメが仕事がある日に3人の間で交わされる挨拶である。元気なのだが、如何せんうるさいのがたまに傷である。そして、ロートが居ればうるさい死ね。と言ってローゼさんがたしなめる所までがお約束となっていた。


「あら、ウメ。今来たんだ」


 更衣室からエミリアが後ろ髪を結いながら出て来た。


「ちょっち用事でね、おくれちったー」


 そう言って、上機嫌に更衣室へと向かった。


「なんか、いい事あったのかしらね?」


「じゃないか?」


 その後、店長であるおやっさんに話を通し開店の準備を手伝い営業時間を迎えた。

 不幸中の幸いか本日の来店客はまばらであり、ガーエーションにしては比較的空いている日であった。

 おやっさんからすれば不幸かもしれないが、最近オープンした酒場があり開店記念効果でもあったのか、こう言う日が増えていた。

 21時を回った頃、ホドホフさんが現れカウンター席でバオム酒を注いだジョッキとおちょこで乾杯をしていた。


「ふー、あいも変わらずうまい」


 一気に飲み干した彼は更に2ジョッキ分注文する。


「で、話って何よ」


「そうだ、そうだ。言われてたコレ、今朝試作品出来たかね」


 そう言ってポケットから細長い箱を取り出しカウンターテーブルの上に置く。

 中を開くと、先端が尖った黒い物質に布が撒かれた代物が3つ入っていた。


「おー! やっと出来たか」


 1本取り出すと食い入るように見つめた。


「それ、何ですかー?」


 バオム酒が入ったジョッキ2つを置きながらアンナが問いかけて来る。


「鉛筆って代物だ。ちと違うが、簡単に言うと羽ペンの代用品みたいなもんだな」


 鉛筆と言っても、現代の木で覆っているようなものではなく簡易の物だ。彼には知り合ってから幾つか日用品の製造を頼んでおり、鉛筆もその1つであった。材料の入手から製造に至るまで難航しようやく漕ぎ着けた形となる。


 後は消しゴムだけど、此方も材料の入手の段階でつまずいており出来上がるのは更に先になりそうだ。

 どちらにしろ、羽ペンは慣れていない俺にとって非常に使いにくい。そのため、形状が違えど鉛筆だけでもあるとかなり助かる。


「ユニー、紙に書いてみろ」


 俺は頷くと、紙に適当に文字を書いていく。

 流石に現代の物ほどではないが、想定していたより遥かに書きやすかった。

 これはとても良い仕事をしてくれた。約2週間分の俺の取り分を掛けた甲斐がある。


「十分いい感じだ!」


「そいつぁ良かった」


 ホドホフはジョッキを取り、上機嫌でバオム酒を口に流しこむ。


「私も書いてみたいですー」


 と、言って手を差し出すアンナに鉛筆を渡し紙に文字を書いていく。


「おー、ほんとですね。書きやすいですー」


 書くことに夢中となり、おやっさんの呼び声が聞こえ慌てて持ち場に戻っていく彼女の姿を見て俺達は笑っていた。


「んじゃ後は、言われた通りの数は用意しとくかね」


「頼む。これで、また大分楽になるよ」


 鉛筆をケースに仕舞う。


「包み3にステーキ1ね。ついでにえっちなおじさんに干し肉でも」


 エミリアが注文を伝え厨房の2人が返事をする。


「まだ何もやっとらんが」


「"まだ"の時点でやる気満々でしょうが」


 呆れ声で返答し、紙に注文を書いていく。


「ぺっちゃんこにならないだけマシってね~。こっちはバオム2、ぶどう1よろしくー」


「ねぇ、たまになんの脈絡無くぺっちゃんこって言ってるけど何か意味あるの?」


 俺は呼ばれパタパタと飛んで行くと、切られた干し肉が盛られた皿を渡されホドホフの元まで運んでいく。


「ただの口癖だから特に意味は無いよー」


「あら、そうなんだ」


「俺はウメさんの中で何かしら意味があるもんだと勝手に思ってた」


 お皿を起きそう言うと本人に笑われてしまった。


「おーい。ステーキあがったぞ」


 おやっさんが出来上がった料理をエミリアに手渡し、彼女はそれをテーブルに運んでいく。

 すると、今度は扉が開きガリアードが少年を2人連れて入って来てカウンター席に向かって歩いてくる。


「よ、今日はお疲れさん」


 彼は流れるように注文をしていく。


「未成年連れて来ていいのかよ」


「酒飲ませなきゃ平気だろ。つかお前も人の事言えんだろうよ。ほら、挨拶」


「ハンス。先日はすみませんでした」


 バツが悪そうに、ガリアードの後ろに隠れている少年が先に挨拶をした。

 顔は遠目でよく見ていなかったため覚えていなかったが、この口調から察するにセシリーの時の財布盗んだ奴だろうな。エミリアから話は聞いていたが、本当に入ってたんだな。


「ボクはアルタって言います。ウメお姉ちゃんの舎弟頑張ってます!」


 目を輝かせて俺を見るもう1人の少年は、ハキハキとそう言い切り。

 

「いいっしょ。アルタはよくパシリ頑張ってくれるんだよー」


 そして、彼女は陽気にそう言い放った。


「ウメさぁん!? 何言っちゃってくれてんのぉ!?」


「冗談、冗談。ぺっちゃんこになりそうなところを助けて、エニダンとこに連れてったんよ」


 あぁ、助けて慕ってくれてるのか。にしても……。

 とても懐いているらしく、笑いながら彼女にハグする少年を見てこう思う。

 すごく微笑ましい。


「ガハッハッハ、若いのは増えるのは良きかね。今度、実験付き合わんかね?」


「おい、エロおやじあぶねー奴じゃねぇだろうな」


 ガリアードが席に付きながら、不審そうな表情を浮かべつつ答える。


「大丈夫だ。黒焦げになる可能性があるぐらいかね」


「なんも大丈夫じゃねぇぞ!?」


 思わず俺がツッコミを入れ、楽しげに彼らは笑った。


「んで、オススメとかあるか?」


「アンナの作ったシチュー」


「じゃ、それ2つこいつらに。俺はいつもので」


「へーい」


 俺はパタパタと飛び、注文を伝えると奥にある空のジョッキを取り出し、バオム酒を注いでいく。


「ユニーちゃん、無理しなくていいですよ!?」


 その光景が目線に入ったアンナが慌てて止めようとする。


「これくらい平気だって。それより、早く2人にシチュー出してやってくれー」


「はーい。でも、本当に無理はしないでくださいね~」


 おう。と返し注ぎ終わると、俺はゆっくりと飛んで運び始めた。

 すると、バックヤードの方で何かが倒れる音が聞こえ止まり、目線をドアの方に向ける。続けて、何やら騒いでいる声が聞こえ、急いで運びテーブルに置く。


「ん、どうかしたか?」


「裏でなんかあったみたいだ。ガリアード達は気にせずゆっくりしてけよ!」


 そう言い残し、俺は急いでバックヤードの方に飛んで行くとドアを開けた。

 眼光に,、付けている葉の半数近くが枯れかけているローゼが倒れ混んでいる姿が写った。

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