12話Beginner/酒場の準備に呼ばれました

 あれからと言うもの犬探し、人探し、草抜き、脱走した大量の羊の捕獲。等々似たり寄ったりの簡単な任務を1週間ほど続けていた。

 楽ではあるのだが、流石に飽きて来ていた。

 この間に、俺とアンナの傭兵カードは正規の物が届いたがエミリアはもう少し掛かるらしい。


 変体はというと、あれから二日後の朝に試してみるとムキムキマッチョメンの変態へと変わる事ができた。

 あの説明文から再使用までの時間は魔力の回復が関係していると予測することができ、速くて4日と半日程度。状況によってはもっと時間が掛かると考えついていた。

 場合によってはギリギリ使えると思った場面でも、魔力が足りずに使えない。などという自体も起こり得る可能性があるという事だ。


 これは俺の仮説も存分に入っているため、本当にそうだ。とは限らないが、こういった最悪の事態になりえそうな事柄は頭の片隅においておくべきであろう。


「にしても、最初は一日二日で使えると思ってたんだがなー」


 エミリアが新たに受けた任務に向かう道すがら、俺は低いトーンで呟いていた。


『どうかしましたかー?』


 聞こえていたらしく、テレパシーが飛んで来る。 


『ん、あのムキムキマッチョになった魔法覚えてるか?』


『変質者さんになる魔法ですね』


『そうそう、へんし……なんか悲しくなってきた。まぁ、それが再使用までに現状最低でも4日と半日掛かって時間かかりすぎだなと』


 確かに、あの状態は変質者と呼ばれても仕方ないのかもしれない。股間、自己主張するように光り輝いていたし。


『結構掛かるんですねー。でもそれって短くなる可能性もあるんじゃないですか?』


 アンナの言う通り短くなる可能性は十分にある。が。


『なくはないが、古城以降俺はまともに魔法使ってないからな。短縮出来るとしたら試す間の約1日分か』


 今回は朝のみ試していた。

 時間の間隔を開けすぎているかとも考えたが形状の変化の関係上、日中の任務中使えば要らない注目を浴びる。人気のない路地で使う事も考えたが、もし通行人に見られ変な噂を流されるのも嫌なうえソレじゃなくとも珍しい存在である。俺自身もあまり見られたい状態ではないので、使用を控えていた。

 夜も夕飯を食べて自室に戻ると、簡単とは言え疲れと今だ慣れない生活で疲れ果てすぐに寝てしまっていた。


『なるほどー。どちらにしろ結構間隔は開くんですね』


『うん。だから、そのアンナ。頼りにしてる』


『はい、頼りにされちゃいます』


 彼女のテレパシーでの返答は少しばかり上ずっていた。


 さて気を取り直し本日の任務であるが、これまでとは少し違う。とエミリアは言っていた。

 異世界らしく戦闘とか、護衛とか警備だとかそういう事を期待していた。俺は期待していたのだ。


 着いた場所は昼間の酒場であった。


「……エミリアさんや。この時間に酒場はやってないじゃろ?」


 俺はおじいちゃんのような口調でそう言うと、呆れた口調でこう返って来た。


「そんなの知ってるわよ。今回は酒場の準備の手伝い」


「昨日までの任務と何が違うんだよ!!」


 そう反論するとため息を付かれた。


「後々分かるわよ」


 そう言うと、先に酒場のドアを開き中に入っていった。


「……期待ハズレとはいえ仕事は仕事だ。やるしかないよな。アンナ行こう」


「はーい」


 俺達も遅れて酒場の中へと入っていった。

 中は広く綺麗な店舗であった。日中で開いていないのでお客はおらず閑散としており、全てのイスはテーブルの上に逆さにして置かれていた。

 夜になりこの席全部にお客がついたと仮定すると、とても賑やかな光景が浮かんでくる。


 エミリアは従業員と思しき女性と話しており、近づいていく。


「じゃぁ仕込みの手伝いと掃除をすればいいのね?」


「そーそー、んじゃーよーろしくねー」



 従業員はカウンターの奥に引っ込んでいく。


「聞こえてたー?」


「掃除と仕込みだろ」


「それならよし」


 どうやら、確認と俺達への報告を同時にするために反復して言っていたみたいだ。


「私とコイツで掃除するから、アンナは厨房で仕込みの手伝いしてちょうだい」


 エミリアは俺を指差した。

 お前が仕切るのかよ! と思うものの適任ではあるため異論はなく、彼女の指示通りの割当となった。


 本当にこれ、これまでと何が違うんだよ……。

 やってる内容と言えば、俺はエミリアがモップがけをした周辺のイスを降ろし、台拭きでテーブルを拭いていく。ただそれだけだ。

 後になったら分かるって言ってたけど、後って何時よ。


「本当に、小さい」


 見覚えのない声が後方からし後ろを向くと、エルフ耳なのに犬のような尻尾が生えた女性が立っていた。


「はじめまして。俺、ユニーって言います」


「ツバキ。よろしく」


 厨房の方に歩いて行く後ろ姿を俺は見つめていた。


「惚れた?」


 藪から棒にエミリアに言われ俺はびっくりした。


「ちげーよ! ただ、あれは種族何になるのかなって」


「そのことね。一般的には混ざり者って呼ばれてるわ。こう言う呼び方って嫌ってる人も居るし、混ざってる事自体気にしてる人もいるからあんまり触れない方が良いわよ」


「分かった。気をつける」


 10分もしないうちに掃除が終わり外の掃除へと移り変わった。

 俺は壁を拭いていき、エミリアは掃き掃除や雑草抜き。入念にと言う事で、店の周辺全てを2人で掃除することとなり終わった頃にはクタクタになっていた。


 開店時間が近いと言う事で店の裏口から入ると10個ほどの水が入ったバケツに、二股に分かれ根っこのような足のような物を突っ込んでいる木が5本あった。

 そして、一様に女性のような顔がついておりほぼ同時に俺の方を向く。

 見つめ合い数瞬の静寂が訪れ、一番手前の木から枯れ葉が1枚落ち、俺の手から溢れ落ちたバケツが音をたてた次の瞬間。


「ぎゃあああああああ!!!!! 化物ォー!!!!」

「きゃー!!」「変態だー!!」「可愛いー!」「あはは、きもーい!」「……どなたでしょうか?」


 1本の張り詰めた琴線が切れたかのように、1匹と5体の悲鳴が周囲に響き渡った。

 その声を聞きつけ、従業員やアンナ達が駆け寄って来た。


 従業員、エミリアの話によるとあの木は活植族アクティプラントの一種でリカーサップという種族らしい。

 戦闘能力を有し、二股に分かれた根である木全てが女性のような顔つきで態度を取るが性別は不明らしい。

 特にリカーサップが分泌する蜜を、水で薄めるとバオム酒と呼ばれるお酒となり、大抵の酒場では最低でも1~2体、とても大きな場所となると十数体ほど保有している。

 だが、所詮は活植族アクティプラントとぞんざいな扱いをする店も多く存在する。


 それぞれの個体から1本の細長いつるのような枝が、壁を沿い天井を沿って反対側にある大きな樽に向かって伸びていた。

 恐らくこの樽に蜜の原液が入っているのだろう。


「どっちも初めて見て、驚いたんだねー。まじおもしろーい」


「もー、ウメちゃん面白がらないで。私達本当にびっくりしたんだから」


 この店ではちゃんとそれぞれ名前があり、ちょっと大人びてお姉さんっぽい個体がローゼ。


「そうよ。こんなのが急に入ってくるから」


 ちょっと棘があるのがロート。


「え? 可愛くない? ねぇ、可愛くない?」


 俺のことを可愛いと言ってくれてるのがゲルプ。


「えー、きもいよー」


 反対に気持ち悪がっているのがブラウ。


「どちらでも良いです。ユニーさん。今後共よろしくお願い致します」


 冷静で礼儀正しそうなのがリューン。

 ウメと言う子にさらっと名前を紹介されたのだが、正直覚えきれる気がしない。とりあえずはゲルプちゃんとリューンちゃんは優先して覚えておこうと思う。うん? 今後共?


 疑問を口に出そうとした時、中年男性が現れた。


「傭兵の方々は"今日は"もう上がっていいよ。お疲れ様。今日の分は前金で払ってるからギルドに行けばもらえるが、"次"は予定以上に作業をさせたから今日の分も上乗せと色をつけるから楽しみにしておいてくれ」


「ラッキー、ありがとうございまーす」

 

 慣れた対応でエミリアがお礼を言い、俺も遅れお礼を述べた。

 男性は再び厨房に戻っていく。

 帰宅の準備を終え裏口から店を後にし、ギルドに向けて歩を進ませ始める。


「なぁ、今後共とか今日はとか次とか言ってたけどなんでだ?」


 聞きそびれていた疑問をエミリアにぶつけていた。


「後で分かるって言ったでしょ。今回は働きが良かったら助っ人として、今後は店の手伝いをする可能性がある任務だったの」


 なるほど。ということは俺達の働きは良かった。と言う事で良いのか。そうか、良い働きしてたのか。

 元の世界の事を思い出し少しばかり嬉しくなる。


「こう言うのは傭兵の特権ってね。何気に給金も良いし、緊急時以外はかなり融通が効くから無理にやらなくてもいい。特にあの店長良い人そうだったし余計にね」


 と語るエミリアは薄っすらと悪い顔になっている気がした。


 つまり、実力を見て雇うか否か決め、お眼鏡に叶ったらギルド経由で働く。

 簡単に派遣社員みたいなもんか。


 ギルドで任務完了報告をし、料金を受取ると我が家に直行し家に入ると1階の共用スペースに置いてあるソファーにダイブした。


「お夕飯作りますね~」


 そう言ってアンナは変身し先に竈にプチファイアで火をつけ変身解除する。我が家ではもう恒例となっている光景であった。


「こんなに見れるならあの時、せがむ必要なかったかもね。ねぇ、1つ思ったんだけど魔法少女だっけ。増やさないの?」


 そう問われ一瞬俺は目を見開いた。

 簡単に、ではあるがエミリアにも事情は話していた。仮にも仲間ではあるが故に、変に隠し過ぎたら駄目だ。と、考えたからだ。


 一服置き、俺はゆっくりと口を動かす。


「適正者がいねぇんだよ」


 そして、俺は嘘をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る