台風前夜

薄荷あめ

第1話台風前夜

 不謹慎に思われるかもしれないが、私は台風がやって来る直前の夏の夜が案外好きだ。

 

 人々が寝静まっていくにつれ、風はその勢いを増してゆく。

 

 セミたちも寝静まったのか、昼間の騒々しさはどこへやら、耳をつんざくようなその鳴き声は聞こえない。

 スズムシのぴぴぴという甲高く単調な鳴き声と、吹き荒れる風の音、ときおり通る車のエンジン音ばかりが耳に届く。

 

 木々や電線はあたふたと揺れ、木の葉やビニール袋が舞い散る。

 

 小雨が横殴りに降り始める。

 

 まさに文字通り嵐の予感を覚え、なんだか胸が高鳴る。

 

 普段の静けさに満ちた夜とはまた違った興奮を味わうことができる。

 鋼鉄が無表情に走りコンクリートが憮然と立ち並ぶ現代において、我々が動物としての勘を忘れずにいることを実感できる数少ない機会だ。

 


 やはり我々の内の最奥に獣は潜んでいる。

 

 人間の一糸まとわぬ姿はやはり獣と変わらぬ。

 

 憤怒、嫉妬、怨嗟、嗜虐、強欲。

 台風前夜は我々を見透かし、その本性を暴き出す。

 



 気付けば、空はうっすらと白み、体中がじんわりと濡れている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

台風前夜 薄荷あめ @mintpepper

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る