【想いのその先に】 第十二部

 参拝も終わり、あとは帰るだけ。

 時刻もすでに丑三つ時になろうとしていた。

 しかし、辺りには今だに人が溢れており、全く夜の薄気味悪さは存在していなかった。場所によっては大人たちが酒盛りで騒いでいたりして、逆に陽気な空気を醸し出していた。


「そろそろ帰るか。まだこの時間は寒いし」


 いつの間にか雪は止み、寒さだけが残っていた。雪が降らなくなったとはいえその寒さは健在だった。息を吐くたびに白い息が出る。


「あと少しだけ付き合ってくれる?」

「あぁ、いいけど」

「じゃあ、こっちきて」


 俺は奈々美に言われるがまま奈々実の後についてく。 

 すでに腕を繋いではおらず、各々で歩いている。

 そして、奈々実と俺は人の賑わいから避けるようにして、神社から離れて行く。そして、俺たちが行き着いた先は神社に来るまでにあった小さな公園だった。

 そこは、神社から届く少しの光と、遠くに聞こえる人々の賑わいがあった。

 公園の中に入ると、誰が言ったわけでも照らし合わせたわけでもないけど俺と奈々実は二つあるブランコにそれぞれ座って、奈々実はゆっくりと前後に動かし、俺はただブランコに座った。


「ユメちゃんはどうなの?」


 公園に着いてからブランコの軋む音だけが響いていた空気を奈々実の一言が断ち切った。そして、その言葉は自分自身をも断ち切るかのような鋭さを持っていた。


「どうもこうもないよ。あれからまだ一回も会っていない」

「そうなんだ」


 奈々実のブランコを漕ぐ速度は変わらず、ゆっくり小さく前後に動く。


「これからどうするの」

「どうするって待つよ」

「それでいいの?」

「いいに決まってる。だってそのために道端先生も頑張ってくれてる」

「でも、ユメちゃんとはもうすぐ別れるよ」

「わかってる」

「なら、なんでそこまでするの?」

「そんなの……」


 俺は「好きだからに決まってるだろ」と言いたかった。でも、今俺にそれを聞いているのは俺のことを好きだと言ってくれた奈々実だった。そんなこと堂々と言えるはずがなかった。


「好きだからでしょ?」


 そんな腰抜けに対して奈々実の方から真意をついてきた。奈々実はどんな風にこのことを消化しているのだろう。そんなことわかりはしないけど。

 でも、奈々実からそうやって言ってくれたことで、俺もしっかりと奈々美にユメについて語れると確信できた。


「あぁ」

「私はもうお別れしたよ」

「そう、なんだ……」

「私もね。さすがについ最近まで。十八年も一緒にいた家族みたいな存在だからくるものはあったよ。それこそ泣いちゃうくらいに」


 奈々実の目元には神社から届く光によって照らされるものがあった。


「でもね。あの子が最後に「これからもあなたの活躍を心から祈っています」って言われた瞬間。あぁ、私頑張らなくちゃって思った。もう誰かに頼って生きて行くんじゃなくて、自分の力で歩んで、そして、今度は自分が誰かを支えるんだなって」


 奈々実の言う通りだった。今の時代アンドロイドがいるが人の営みはそれ以前からもあった。一つの家族があって、そこには子供がいて、親が子を育て、子が育ち、親を離れ、その子が新しい親となる。そしてまた子を作る。そんな繰り返しの中では常に生まれるものがあり、無くなるものがある。

 当たり前のことなんだ。そして、当然のことなんだ。そう言うどうしようもないことを理解しないといけないんだ。

 苦しくても、悲しくても。

 奈々実はその苦しさや悲しみを乗り越え、そしてアンドロイドとの別れを糧にして今の人生を歩んでいる。それが、人として。国がもっとも望んでいる結果なんだろう。


「叶汰も私みたいに。とは言わない。でも、その時は避けられないんだよ。だからさ。他にも方法はあると思う」

「記憶を消すってことか」


 奈々実は沈黙を持って返答を返して来た。そして、俺の返事に答えずに話しはじめる。


「もちろん。私はあの子との記憶を消すつもりはないよ。それは、懐かしむ為でもあるけどその経験を糧に、これから頑張っていこうって思うから。いろんなあの子との思い出が私の力になるから。でも、それが辛い人もいる。だからそういうシステムがあると思う。なら、その選択も間違いじゃないと思うよ」

「そうだな」

「今すぐとは言わない。今の検査が終わった時でもいい。高校の卒業の時でもいい。今すぐじゃなくていいから、決断だけはしっかりとしようよ。叶汰……」


 ユメと別れるか別れないか。そう言う決断ではない。ユメといつ別れるか。そういう決断なんだ。そう考えると今までの自分のして来たことがバカらしくなってくる。どうせ別れるのに。どうせいつかはいなくなるのに。


「ユメとこれからも一緒にいたい」

「えっ……?」

「俺が大学生になっても、家に帰ったらユメが出迎えて来れて、大学であったことなんかをユメに話したい」


 これは絵空事だ。


「大学生活の中で苦しいことあったら慰めて欲しい。助言して欲しい。そして、大学卒業できて、仕事につけたら、ユメと二人で生活したい。ユメのいる家に俺は帰りたい」


 存在しない未来。存在するはずのない未来。

 アンドロイドとは子供の成長を手助けし、支援するもの。ならば今俺の言っていることはすなわち。


「いい加減にしろ、叶汰!」


 神社からの賑わいがかすかに聞こえるだけの物静かな公園に奈々実の大きな声と、奈々実が俺の頬をたたいた乾いた音が響く。


「いい!? 今あんたが言っていることは幼稚園児がお母さんに言っていることと一緒なのよ! 子供が親離れできなくていつまでも駄々こねているのと一緒なのよ! あなたはもう十八歳にもなる人間なの。いい加減現実をみろバカっ!!」


 冷たく真っ赤かになった手を俺の頬につけて、顔を俺の目の前にまで近づけ、俺を叱ってくれる奈々実。

 その顔はぐしゃぐしゃに崩れ、目からは涙をボロボロこぼし、それをぬぐうことも振り払うこともせず、ただ俺を見つめてくる。


「ユメちゃんのいない世界ばかり考えんな! ユメちゃん以外にだってあんたのことを見てる人がいるってことを忘れるな!」


 そう言って、奈々実は俺に勢いよく抱きついて来た。それはほとんどタックルに近いほどの勢いで、俺はそれを受け止めることだけに精一杯でそのまま俺はブランコから落ちてしまい、俺が下敷きになる形で冷たい地面に倒れこんでしまう。

 そんな冷たさが俺の頭を徐々に冷静にさせていった。


「悪かった」

「謝罪はいらない」

「そうだな」


 奈々実が欲しいのは答えなんだ。その前置きじゃない。


「俺は奈々実とは一緒にいれない」


 奈々実は沈黙で答える。


「俺はもう一度ユメに告白しないといけない」

「何度も振られてる」

「あぁ、わかってる」

「アンドロイドと恋愛なんておかしい」

「わかってる」

「絶対に無理」

「わかってる」


 今まで同じようなことを言われて来た時はとても腹立たしかった。でも、今こうして奈々実が言ってくれることで覚悟を決めることができる。


「絶対に後悔だけはするな」

「あぁ、絶対に」


“ユメと別れる覚悟が”

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