【見えないからこそ、強きチカラ】 第十六部

「さて、帰るか……。っと!」



 ゆっくりと重い腰を上げ、ベンチを立とうとした時、ベンチの前を通りかかる人とぶつかってしまった。



「すみません」


「あ? あぁ……」



 俺の謝罪に対し、その人は曖昧な態度をとってすぐに俺から興味をなくし、すたすたと歩いて行った。


 しかし、逆に俺のその人に対する興味は増していた。


 黒いパーカーに、古びたジーンズ。さらに、パーカーのフードを深く被り、マスク。いかにも怪しい佇まいをしていた。


 そして、俺がぶつかった時にその人が見ていた携帯の画面。そこには、ある文字が書かれていた。



“黒髪のブツを一体確保した”



 その男は俺に素っ気ない返事をしたあと、携帯に視線を戻し、なにかしらの返信を打っていた。そこまでは見えなかったが、その文脈には思い当たる節があった。


 なぜなら、ユメの髪も黒だったからだ。そして、黒髪のブツという言葉。ここから推測できることは、人間などを指しているということ。もしも動物などを指しているのならば、髪ではなく毛になるからだ。黒髪というのが人形のことか、それとも本当の人間なのか。はたまたアンドロイドのことなのか。そこまでは今はわからない。しかし、怪しいその男を追うには十分すぎる内容だった。



 俺はすぐにその男を尾行した。しかし、人を尾行したこともなければ、そういった知識があるわけでもない。できる限り、その男から距離をとって、その男が見える範囲ギリギリにとどまり、その男から直接視線が届く場所にはいないようにした。


 男は思ったよりも人通りの多い道を歩いたため、尾行はそこまで難しいものではなかった。時々、見失いそうになったが振り切られることなく、その男を追うことができた。そして、今は、その男が入って行った廃墟のビルの入り口を見張っている。



 男がそのビルに入ってから大体十分ほどが経過していた。ここがあの男の根城。もしくはあの男にとって重要な場所だと断定していいだろう。でなければ、こんな人も来なければ、薄気味悪い場所に日も暮れようとしているこんな時間に来たりしない。


 この後、俺が取る行動は二つ。一つ目は危険を承知で中に潜入する。しかし、建物内の構造がわからなく、俺のいる外は沈もうとしている太陽のおかげでそれなりに見えるが、建物の中がどれくらい暗いかはわからない。そして、なによりも男の仲間がいるかもしれない。そうやって可能性だけ考えていくとあまりにも危険な選択肢と言えるだろう。



 そして、二つ目は誰かにこのことを知らせる。知らせるとするならば警察に頼るのが妥当だろうが、今回に限ってはそうはいかない。というのも、いくらあの男から事件の香りがするとは言え、あの男は決して悪いことをしているわけではない。いくら怪しい一般人でもいけないことをしていない男をどうこうすることはできない。できるとするならば、廃墟への不法侵入くらいだが、それなら、こうやってあの男を追ってきたきた俺にも少なからずの罪が問われるかもしれない。だから、この選択肢をするならば頼る相手は道端先生になる。それ以上に頼れる相手を俺は知らない。


 周りを見て、誰もいないことを確認してから携帯の画面を開く。そこには午後八時前を示す時刻があった。そして、ユメの誕生日を打ってから、道端先生の連絡先を開く。


 あと、一回画面を押すだけで、道端先生に相談するだけで、もしかするとユメを救えるかもしれない。たったそれだけで俺が今一番望んでいることが叶うかもしれない。


 今はまだ、全ての事柄が“そうかもしれない”という可能性ばかりだが、それでも確信めいたものがある。だから、たった一回この画面を押しさえすればいい。たったそれだけだ。


 そう心で思った瞬間。俺は携帯の画面を閉じた。そして、男が入って行った入り口を見て、さらに、辺りに誰もいないことを確認してから、そこへと向かう。



 自分の目で真実を受け止めるために。

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