【人生とは常に波乱の中にいる】 第一部


「叶汰」

「どうかした、ユメ?」


 俺のご飯をよそい、それを渡しながらユメが問いかけてくる。


「明後日から夏休みで間違いありませんでしたか?」

「あぁ、そうだよ」


 ユメがよそってくれたご飯を受け取り、晩御飯を食べ始める。


「それがどうかした?」

「はい。夏休みが始まるとお弁当は作らなくても良くなるので、それの確認をしただけです」

「そっか……」

「それに、今年は叶汰も受験生ですから、しっかりと勉強しないといけないですね」

「そうだなぁ」


 高校三年生であり、つい先日渡された進路希望調査票にも俺は進学と書いて提出した。大学こそ今は深く考えていないが、それなりの学力のある大学を選んでおいた。


「勉強で分からないことがあれば、いつでも聞いてくださいね」

「あぁ、ありがとうユメ」


 俺はユメの作ってくれたご飯に箸を進める。


「そうだ」

「なんですか?」


 箸を置き、俺はユメの方を見ながら話す。


「夏休みに入ったら、どこか行かないか?」

「それは、塾とかの話ですか?」

「違うよ。海とか山とか、そういうところ」


 ユメの表情が見るからに曇ってゆくのが分かる。


「叶汰。あなたさっきの話聞いてました?」

「聞いてたよ?」

「じゃあ、なぜ遊びに行こうなんて言葉が出るんです?」

「何事も息抜きが必要だよ。それにずっと遊ぶわけじゃない。勉強しないといけないのだからそれはしっかりやるよ」

「そうですが……」

「それに、簡単じゃないとはいえ、そこまで受験が厳しいわけでもない。俺の学力も低いわけじゃないからね」

「叶汰。そうやって落ちる人は何人もいるんですよ」

「分かってる。でもさ、たった1日だけ勉強をしなかった人が落ちるような受験はないとは思わない? たしかに、毎日のように徹夜して勉強する人でも落ちるときは落ちるけど、それはもう時の運っていうことにあると思うんだ」

「…………」


 悩む表情を見せるユメ。俺の未来のことを第一に考えるのなら当たり前の行動だ。だからこそ、そこをつく。


「逆に、ずっと勉強詰めの毎日を送っていたら大変さのあまりその日その日の勉強効率も下がると思わない? 計画的に、そして効率的に勉強すればしっかりと学力も上がると思わないかな」


 俺の一番良い未来を考えるのなら、想定されるマイナスなことはユメとしては可能な限り回避したい。となればそう考える思考の逆を読み、先にマイナスなことを言うことでその未来を回避すべきと思わせる。


「たしかに一理あります」

「でしょ?」


 キリッとした視線を俺に向けてくるユメ。


「しっかり勉強してくださいね」

「もちろん」


 俺はもう一度箸を手に取り、ご飯を食べ始める。


「細かいことはまた今度伝えるよ」

「分かりました。楽しみにしてます」


 ユメもそう言い終えると、箸を手に持ち、ご飯を食べ始める。

 「楽しみにしています」と言って少しユメは微笑んだようにも思えるが、俺が望んでいるように喜んではいないようだった。たしかに、ユメとしては俺にはこの夏は勉強してほしいが対象者の気持ちも考えないといけないから、少し釈然としないが俺の気持ちを尊重してくれたのだろう。

 俺としては、受験生である夏休みに遊べる口実を作りたいとか、海や山に行きたかったとかそういうわけではない。ユメにはあんな風なことを言っていたが、正直勉強なんてどうでもいい。俺は何よりもユメと残りの時間を多く一緒に入れることを望んだ。ユメが俺の勉強を見てくれるとさっき言っていたがそれで一緒に入れる時間が増えるには増えるが、それは違う。夢と一緒に入れるのは嬉しい。でも、もっと楽しい時間をユメと一緒にいたいし、義務的なことでユメとの時間を浪費したくない。同じ時間を使うのであれば、楽しい方がいいに決まっている。


 今から夏休みが楽しみでしょうがない……。

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