外伝・第4話 お前のためだ

 じっくりと下から見られると、あれこれ気になってしまう。薄い胸元はきっと膨らみが足りないだろうし、足もそんなに長い方じゃないと思う。内心で混乱していると、ジルは整った顔に満面の笑みを浮かべた。


「今日はこれを買いに行ったんだな。すごく似合ってる。ドレス姿も素敵だけど……こっちもドキドキするぜ」


 膝をついたまま、そっと伸ばした手が夜着のリボンにかかった。しゅるりと優しい音を立てて、絹のリボンは解ける。見た目以上に防御力が低くて、ルリアージェは赤面した。


 そんなつもり……あるにはあるが、いきなり展開が早くないだろうか。この頼りない恰好にこれほど威力があると思わなかった。ジルに聞こえそうなほど高鳴る鼓動を抑えるように、胸元を両手で隠す。


「ねえ、リア」


 立ち上がったジルの腕にすっぽり包まれた。気づけば背に回った腕が、いやらしく背中を撫でる。しまったはずの翼の付け根を辿る指に、ぞくりと背筋に何かが走った。未知の感覚に、反射的に身を竦める。


 自分が望んだ展開なのに、怖いし恥ずかしい。耳まで真っ赤になったルリアージェの銀髪を、指先でかき上げたジルが唇を寄せた。耳の下、首筋に触れる吐息に腰の辺りがじんわりと重くなる。


 膝から力が抜けそうな美女を抱き上げて、後ろのベッドに横たえる。閉じ込めるように顔の両側に手をつき、ジルはすこし低い声で尋ねた。


「この恰好、誰に見せるために買ったの?」


「……っ」


「答えられない?」


 惚れた男が耳もとで囁く声は、腰を直接刺激する。身体の奥がジンと痺れて、感情が溢れ出すような……むず痒い感覚で首を逸らした。それを抵抗と見てとったジルが、首筋に顔を埋める。ぺろりと舌で舐めてから、わざと歯を立てた。


 傷にはしない。しかし歯の形を残す程度の強さで、じわりと力をかけた。びくっと揺れた肩は細くて、象牙の肌に欲望は掻き立てられた。このまま押し倒して、自分の思うままに抱いて壊したい。そう思う反面、リアに嫌われる可能性がちらりと過ぎった。


 どんな男に見せるために買ったの? どうしてその姿をオレに見せる? 嫉妬が渦を巻いてジルを包む。リシュアやリオネルが聞いたら崩れ落ちそうな、見当違いの感情で愛しい人の肌を暴いた。


 抵抗がないのを了承と判断し、絹の夜着をずらして露わにした肌を唇で辿る。背を滑り落ちた黒髪が、檻の格子みたいに2人の間に影を作った。顔の見えなくなったジルは、震えている気がした。


「リア、答えてくれないの?」


 その声に滲んだ不安そうな子供の感情に、リアは眉をひそめた。何かおかしい。ライラやパウリーネから聞いた話だと、この恰好で誘惑すればジルは喜ぶのではなかったか? 男なら放っておかないと言われたのに……。


 襲う側のジルの様子が、想像と違う。


 胸元に顔を埋めたジルの黒髪を引っ張って、それから顎に手をかけて頬を両手で包んだ。無理やり視線を合わせると、紫水晶の瞳を覗き込む。揺れる眼差しに、わずかに首をかしげた。


「何を答えて欲しいのだ。私がお前のため以外に、こんな……恥ずかしい恰好するわけないだろう」


「え? オレ、の……ため」


 驚いたジルが目を見開く。ふわりと風が黒髪を揺らした。彼の感情の揺れに、精霊が反応したらしい。火照る肌に心地よい風に、ルリアージェは青い瞳を細めた。


「そうだ」


 肯定するルリアージェの顔は赤く、両手で頬を包んだ以外の動きはない。つまり襲って欲しいと誘っただけで、抵抗する仕草はなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る