第101話 紅石の指輪と赤いスプーン(3)
先代どころか、先々代だったらしい。しわがれた老婆の手を見つめると、残酷な時間の流れを実感した。本当なら、自分もあの流れの中にいたのだ。複雑な感情を持て余すルリアージェが、老婆の手に触れて膝をついた。
「旦那様は?」
「亡くなったよ、この指輪をくれてすぐだった」
愛おしそうに撫でる指輪はかつて、ルリアージェの指を飾っていた。家具の代金に妻に渡すと言ったあの親方は、本当に奥方に渡したのだと微笑ましくなる。普段はプレゼントなどしなかったのだろう。だから、彼女がもらった指輪を本当に大切にしているのが伝わった。
あの時の言葉がその場凌ぎの言い訳じゃなく、事実として残ったことが嬉しい。
「とてもお似合いです」
にっこり笑った老婆の手を離し、そっと彼女のそばを離れた。変わってしまったもの、変わらないもの、すべてが入り混じった空間が愛しく思える。
長寿の魔族が人族に対して同じ感覚を持つかわからないが、稀に人族に守護を与えた魔性の話も残っていた。御伽噺のようで真実味がなかったあの話も、誰かにとっての真実だったのだろう。
「リア様、こちらをご覧くださいな。素敵ですわ」
艶のある木で作った食器だった。家具職人の修行の一環なのか、手ごろな価格で様々な種類の食器やカトラリーが作られている。お土産に適したそれらを眺め、ルリアージェは数種類のスプーンを選んだ。
黒檀に似た黒い木材をジル、ライラは優しい木目のものを、真っ白で優美な形をパウリーネ。濃い木目の硬い木をリオネル、柔らかく手に馴染む飴色の木をリシュアへ。それぞれに選んだところで、珍しい赤い木で作られたスプーンが横から差し出された。
「こちらもございますよ」
色違いを集めるルリアージェに、赤いスプーンを渡した青年は老婆の孫だろうか。にっこり笑って受け取ったルリアージェは、6本すべてを纏めて梱包してもらった。会計を終えると、家具は見ずに店を後にする。
「いいのか?」
家具を見なくて。そんなジルの質問に、ルリアージェは満足そうに頷いた。家具を見るのもいいが、幸せそうな老婆の姿で胸がいっぱいだった。
「雪の建造物を見に行こう! 温かい飲み物も欲しい」
「屋台が多いのは元王宮があった方角ね」
「広場がありますから、雪の彫刻や屋台も多いでしょう」
話題を変えたルリアージェに追従するライラとリシュアの声に、街の呼び込みの声が重なった。自分の店や宿を宣伝する騒々しい祭りの雰囲気を吸い込み、大きく息を吐き出す。気分を切り替え、ルリアージェはジルが差し出した腕に、己の腕を絡めた。
「リア?」
「行こう」
彼女からの誘いを断るはずもなく、ジルは「お姫様の仰せのままに」とおどけて見せた。
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