第93話 平和なのだが襲撃ラッシュ(2)

 珍しく丁寧に名乗りを上げるリオネルの声に、ジルが「ああ……酷い殺され方するぞ」と眉をひそめる。ジルの説明によれば、リオネルが異常に丁寧な時は機嫌が悪いのだとか。迷惑なキレ方をする奴なのだと言いながら、テントから首を出して忠告する。


「おい、この辺を汚さないで遠くに捨てろよ」


「承知しております」


 にっこり笑って請け負うリオネルの後ろに、風が刃と化して襲い掛かる。鋭い風が首を落とすかに見えた一瞬で、リオネルの身体は消えていた。転移を使うまでもなく、目の前にあった影に入り込んだのだ。厄介な特技を持つ男は、焦って周囲を見回す魔性の後ろに現れた。


「主の命ですので、灰も残さず燃え尽きてください」


「いや……オレがそう言ったわけじゃないぞ」


 燃やし尽くして灰も残らなければ、周辺を汚したことにならない。曲解した部下の言い分にぼそっと反論するジルだが、咎める気はなかった。リオネルが言う通り、燃やし尽くしてもらえば後腐れなくて結構と首を引っ込める。


「狡いわ!!」


「そうです、我々の獲物ですよ」


 横から攫われた獲物は、より大きく見える。もったいないと飛び出していくパウリーネとリシュアを見送り、ライラはルリアージェの胸元を少し手直しして感心していた。


「こうやって纏うとドレスみたいで素敵ね。こういう形で巻くドレスを作らせたら、すごく似合うわ」


「ん? これは前に泳ぎに行ったときに教えてもらったんだ」


 布の巻き方で盛り上がる2人の隣で、ジルが氷を作って紅茶を用意する。手慣れた様子で取り出した檸檬を風で輪切りにし、カップの上に添えていく。見事な飾り切りに目を輝かせたルリアージェに、冷やした紅茶を差し出した。


「はい、水分補給しててね」


「うん? お前も外に出るのか?」


 言葉の端に含まれた意味に気づいて首をかしげると、苦笑いしたジルが種明かしするように教えてくれた。


「まだ来るからな」


 ジルの言葉に被るように、リシュア達の歓喜の声が聞こえる。


「獲物が増えたわ」


「等分ですからね」


 復讐に燃える魔性の襲来に、倒す対象が増えたと喜ぶのは間違っている。そう思うのだが、彼らが負けるとは思わないルリアージェは「気をつけて」と気軽に送り出した。


「ライラはいいのか?」


「ええ。ジルも出てったから、あたくしがリアを独占出来るじゃない」


 優しい言い方をするライラは、三つ編みを背に放りながら笑う。この場で一番非力で、人質にされかねない人族であるルリアージェを守る存在が必要だ。そう言われても傷つくことはないのだが、一緒に居られて嬉しいから残ると告げるライラは外を窺った。

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