第77話 晩餐という名の謀(5)

 床につきそうな長い袖をくいっと引いたライラに気付き、顔を向けたルリアージェへ小声で話しかける。案内の使者や侍従が気付かぬよう、そっと尋ねた。


「お気に召す家具がございまして?」


 静かに首を横に振る。高価な家具だとわかるが、それ以上の感想がないのだ。職人の工房で見た家具のような、感情を揺り動かす何かが足りない。高い材料を使い、希少金属で作った飾りをあしらっているが、ただそれだけ――値段が高い以上の価値が見出せなかった。


 溜め息をついて目を伏せるルリアージェの残念そうな様子に、ジルが肩をすくめた。あの気位の高い職人達の意趣返しだろうと、彼は踏んでいる。きっと札束をちらつかせて高額な家具を欲しがり、立場上断れない職人達が嫌がらせとして納めた家具達なのだ。


 札束に見合う材料を使っても、気持ちや芸術性は欠けている。精巧に作られたの気持ちが伴わない製品の無機質さを、ルリアージェは敏感に感じ取ったのだろう。機微に敏く、魔術師として優秀な彼女なら当然の結果だった。


 扉を開いて招き入れられた部屋は、やはり豪華な家具に囲まれている。壁の絵画も由緒があるのだろう。しかし心を動かされないルリアージェは、詰まらなそうな顔に無理やり笑顔を貼り付けた。一応王族の招きだ。表面上はにこやかに対応する。


 中で待っている王族へ優雅に一礼した。足を引いての礼は最上級ではないが、目上に対する礼として形は整っている。本来王族に対しては最上級の礼を行うものだが、ルリアージェが教わったのはそのひとつ下の作法だった。


 教えたパウリーネとライラに悪意が滲んでいる。しかし事情を知らないルリアージェは、礼儀作法を習っておいて良かったと考えながら、斜め後ろで同様に挨拶する彼女らを見守った。


 ツガシエ側の王族は子供を入れて10人ほどが待っていた。国王夫妻、王妹夫妻、王子2人と王女3人、王太后だろう。事前の情報と一致する面々を確かめ、ジルが笑顔を作った。


「お招きに感謝申し上げる」


 北の大国の王を相手にへりくだらずに最低限の口上を述べるジルへ、ツガシエの王族が顔を見合わせた。自国の貴族ならこんな態度を取る者はいないはずだ。しかし明らかに立場も国力も強いサークレラの公爵家の態度に、彼らは何も言えずに口を噤んだ。王が咎めない以上、何も言えない。


 それぞれに着席したところで、晩餐という名の腹の探り合いが始まった。





 会話はもっぱら国王夫妻とリシュアの間で繰り広げられる。サークレラ国は戦火を遠ざける外交能力で知られていた。国軍の結束力は強く、戦えば他国を侵略する能力は保持する。しかし自ら戦火を放つような真似をしなくても、外交のみで切り抜ける優秀な文官が揃っていた。

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