第74話 公爵家への招待状(3)

「こら、リシュア。使者殿が困っておられるだろう。王族の我が侭な命令に彼らが逆らえるわけがないのだから、そのような言い方をしたら可哀想だ」


「さすがは義姉上様、お優しいですね。私の配慮が足りず申し訳ございません」


 チーズケーキを堪能していた公爵夫人ルリアージェの注意に、さりげなく毒が含まれている。もちろん本人には「我が侭な王族」への気遣いはなく、ただ事実を淡々と述べたに過ぎなかった。天然で毒を吐いたルリアージェはリシュアの言葉に頷きながら、ジルが淹れた紅茶を口にする。


「リア、彼も手土産がないと帰れないだろう。王宮は明日の夜に寄ってみるか?」


「……また王宮か。私は静かに暮らしたい」


 ジルの執り成しに、赤い唇を尖らせたルリアージェが溜め息をつく。不満そうな態度だが、反対する言葉はなかった。


 さすがに宮廷魔術師として王宮勤めした経験があるため、手ぶらで使者を帰す危険性を理解している。南の国々より王族の権威が強い北では、明日は彼の首が切り落とされる可能性すらあるのだ。


「我が娘の体調が悪いため、晩餐は明日お受けしますと伝えてくれ」


 にっこり笑って結論を出したジルの美貌に見惚れ、使者は真っ赤な顔で頷いた。国王へ返答を伝えるために急いで宿を飛び出す。国王の誘いを「また明日」と子供の約束のように放り出したジルは、行儀悪く肘をついてクッキーを摘んだ。


「リア、あーん」


 素直にぱくりと食べるルリアージェの隣に座ったライラが、チーズケーキを自分の分だけ切り分けて引き寄せる。


「結構美味しいわ、これ」


 口に合ったようだ。後ろでリシュアとリオネルは、翌日の予定を確認し始めた。男性陣の会議を横目に、パウリーネが提案する。


「明日は家具屋めぐりをするのでしょう? でしたら動きやすい服がいいわね。晩餐は正装が必要ですけれど、それまではゆったりした格好をしましょう」


「そうだな、動きやすい服がいい」


 ルリアージェの賛同を得て、ケーキを食べ終えたライラが彼女の手を取って引いた。


「隣の部屋で洋服を選びましょうよ。明日の着替え用魔法陣も作りたいわ」


「それはどんな効果があるのだ?」


「事前に着飾った姿を魔法陣に登録すれば、出掛ける直前に魔法陣を発動させて、一瞬で着替えた状態を再現することができますわ。ぎりぎりまで家具屋を回ってこられますから、今夜のうちに着替えた姿を魔法陣へ記録してしまいましょう」


 素直に手を引かれて歩きながら、ルリアージェはあまり耳なじみのない『着替え用魔法陣』に興味を示した。元から魔法陣の研究は大好きだ。目を輝かせるルリアージェを、さりげなくジル達から引き離すライラは、部屋の間の扉を閉める前にジルに頷いた。


 黒い相談を始めた彼らは意味深な表情で頷き返す。静かに閉じた扉の向こうで、無礼なツガシエ王族への対応は煮詰められていった。

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