第67話 海の底へ(3)

 魔性や魔王相手でも怯まず戦う彼らが、人族の女一人に右往左往しているのだ。大切にされていると気付いて擽ったい気持ちが湧き上がった。


「ありがとう」


 言葉を重ねて安心させるために笑顔を見せる。


 足元に魔法陣が浮かび、咄嗟にジルが結界を張った。その結界ごと飛ばされ、視界が回るように変わる。まったく別の景色が広がる周囲を見回し、ジルが「ちょうどよかった」と呟いた。


「本当に……ここは海底の迷宮ですわね」


 水の魔力を扱うことに長けたパウリーネも「労力なしで目的地に着いた」程度の感覚しかないらしい。転移の瞬間に眩暈に襲われたルリアージェを、役得とばかり抱き留めたジルはだらしなく口元が緩んでいた。


 ジルの結界の外は海の水に覆われている。海岸に生息するような小魚は少なく、巨大な魚影が優雅に身をくねらせた。


「こんな景色は初めてだ」


 頬を緩めて喜ぶルリアージェは、半円の結界の外の景色に目を輝かせる。突然の強制転移にも動じない彼女の様子に、リオネルやリシュアも表情を和らげた。彼らにとって優先すべきは、主のご機嫌なのだ。敵の有無は後回しで、出てきても自分達が排除すればいい。


 実力者揃いなだけに、危機感は極めて薄かった。


「トルカーネ様の仇っ! しねっ!!」


 ルリアージェの言葉の最後に重なるようにして、氷の刃と声が叩きつけられた。右手を掲げたリオネルが炎による壁を生み出す。触れた氷が食い止められ、その後で蒸発して消えた。圧倒的過ぎる火力を前に、水中の魔性は悔しそうに舌打ちする。


「おや、誰かと思えば……アーロンではありませんか。守れなかった主の復讐とは奇妙な言い分ですね」


 水の魔王の側近でありながら、二つ名を授かることがなかった青年を見下すように、リオネルが挑発する。その間にリシュアが風の刃を魔性に叩き付けた。海底の水ごと切った風は、その先で泡となって水面へとあがっていく。


「くっ……複数とは卑怯な!」


「上空からいきなり襲う奴に、卑怯とか言われたくねぇな」


 くつくつ喉を鳴らして笑うジルが指摘する。同意するライラが痛いところをついた。


「ところで、仲間ならクリストだったかしら。側近が幾らでもいたでしょうに……」


 一人でここに来なきゃならなかったの? そんなニュアンスの呟きは彼の地雷だったのか、怒りを露に氷を大量に生み出した。やじりに似た鋭い形の氷がジルの結界へ降り注ぐ。


 海底から見上げる氷はきらきらとシャンデリアのように光を拡散し、幻想的な光景が広がった。

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