第64話 幻妖の森の所以(2)

「触れてみて、リア」


「……いいのか?」


「ええ、あたくしの大切な主人だもの」


 そっと受け取った石は予想に反して温かい。ひんやりしない程度の温度だが、なんだか嬉しくなって頬を緩めた。ルリアージェは両手で抱いた緑柱石を持ち上げ、目線の高さで声をかける。


「ルリアージェと言う。ライラの友人だ」


 ライラの父母への挨拶感覚で撫でると、そっとライラの手に返した。彼女が植物の蕾の中心に宝石を戻したが、植物達はまだ緑柱石を抱こうとしない。苦笑いしたライラが宝石を拾い、無造作に服の内側へ放り込んだ。


「ライラ?」


「だって一緒にいたいなんて、親が子供みたいな主張するのよ」


 くすくす笑いながら宝石がある胸元を撫でたライラは、言葉より優しい表情をしていた。どうやら両親は封印された状況であっても、娘の側を望んだらしい。


 大地の精霊王が統べる対象は、宝石などの鉱石から植物や土も含まれる。ライラが精霊王の能力を受け継いでいるため、鉱石となった父母の意思を汲み取れたのだ。照れたように唇を噛むライラの頬に、ルリアージェは手を伸ばして触れた。


「素敵なご両親だ」


「ありがとう」


 幻妖の森――迷い込んだら生きて出られないと恐怖された地だが、封印された『力あるモノ』は素敵な夫婦だった。色取り取りの動く植物が闊歩し、互いに日差しや栄養を奪い合う異形に守られていたのだ。


「エピソードは素晴らしいのに、どうしてこうなったのでしょうね」


 リシュアが不思議そうに首をかしげた。幻妖の森はかなり古く、少なくともジルが封印される前から存在している。毒々しい植物が華やかに踊る地だと知られているが、その所以ゆえんは広まらなかった。


 人を避ける異形の噂を作り出すために、意図して隠したのか。


「動く植物はお父様の趣味よ、色はお母様の趣味だわ」


「うちもだが、変わった親だよな~」


 ジルが感心したように唸る。大地の精霊王として踏み躙られる植物を哀れに思った男は、植物にも反撃のチャンスを与えようと動き回れる手足を与えた。その植物に毒々しい色を与えたのは、ちょっと変わり者の奥方だ。ある意味、似合いの2人だった。


「幻妖の森の中核であるご両親を連れ出して、この森は存続できるのか?」


 もっともなルリアージェの問いに、反応は2つに分かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る