第63話 迷宮の前にお茶会を(2)

 広間の上に埋め込まれた宝石から降り注ぐ光が、黒い床や壁に吸い込まれる。眩しいほどの光量があるのに、この部屋で眩しいと感じた記憶がなかった。上手に調和が取れた空間は、大量の魔法陣が埋め込まれた宝の山でもある。


「そうだな、迷宮めぐりをしようか」


 人族の魔術師では、実力不足で近づけない場所もあるだろう。すべてを見終わるのにどのくらいかかるかわからないが、今後の人生に予定があるわけでもない。一緒に楽しい時間を過ごせるなら、それはとても贅沢な時間だろう。

 

「時間はわ。リアは何も気にしないで」


 ライラは無邪気に言い放つ。そこに隠された意味を探ることもせず、ルリアージェは静かに頷いた。次のお茶が用意され、カップごと交換される。


「こちらは疲れの取れるハーブティです」


「あら……リライの葉を使っているのね」


 大地の魔女であるライラはハーブの名を一瞬で言い当てた。疲れを緩和する薬に使われる葉は、生える場所が限られるため、貴重品として高額で取引される。お茶に使うなど贅沢なことは、王族でもそうそうできない。


「美味しいのか?」


「ほんのり甘いぞ」


 先に口をつけたジルの言葉に、興味がわいて口をつける。熱いかと用心しながら口をつけるが、ちゃんと温度調整してくれたらしい。喉を通る最後に甘さが僅かに残る。後味というには微かだが、甘いお茶菓子があるなら物足りなく感じることもなかった。


「贅沢だ」


「人族の領域では珍しいけれど、あたくしが知る限りリライは珍しい葉ではないのよ」


 言い切ったライラが、空中から菓子を取り出した。果物を使ったタルトやジャムの乗った菓子が多い彼女らしくない、地味な焼き菓子だ。種類は5種類くらいか。


「これらはハーブ入りなの。食べてみて」


「オレはこれがいいな」


「私はこちらの方が好みですわ」


 ジルとパウリーネが品評を始める。各々が違う焼き菓子を勧めるので、結局ルリアージェは5種類すべて味見した。すべて香りが高く、ハーブ特有の苦味や青臭さはない。


 気に入った1枚をもう一度手元にとると、心得たようにライラがその焼き菓子を小さな袋に詰めてくれた。ルリアージェに差し出しながら、上に赤いリボンを巻く。


「持っておくといいわ。いつでも食べられるでしょう?」


「ありがとう」


 ジルの黒い城でのお茶会は、最終的に3種類ものお茶が振舞われた。茶菓子にいたっては数え切れないほど並び、もったいないとぼやくルリアージェの言葉に従い、それぞれが収納空間へ片付ける。近々またお茶会で振舞われることだろう。

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