第55話 嵐の前の静けさ(3)

「私より付き合いの長いリオネルなら知っているかしら……少なくとも私は見たことありません」


「そういえば魔性は食事が不要だったな」


 それならば料理を作ることも、誰かに食べさせる経験もなかっただろう。普段一緒にいるときもお茶や茶菓子など嗜好品はよく手を伸ばすが、食事はほとんど摂らない。同じ席に着いてくれるが、あれは付き合いだと思われた。


「どちらでも平気ですわね。食べると身体が重くなる気がしますけど」


「魔性も太るのか?」


「いいえ。身体の中心に重石があるような感じですの」


 両手で掴む石ぐらいの大きさを示され、そういうものかと頷く。


 種族の違いについて、ルリアージェは深く考えない。彼らと自分は、寿命も考え方も育ちもすべてが違った。気にしていたらキリがないのがひとつ。それでも仲間でいたい気持ちもひとつ。


「身体が魔力そのものですから、太るのも痩せるのも自由自在ですわ」


 魔力を操作すれば外見など自由に変化させられる。それでも元から生まれもった姿という概念は存在していた。


「魔力に自信がある上級魔性は、たいていが生まれもった姿を維持します。私もリオネルも、リシュアも……己の性状を厭うジル様であっても。人族のように外見を整えて他者の気を引く行為は、魔性以下の行いですもの」


 上級魔性は見るからに美しい者ばかりだった。だから生まれた概念かもしれない。魔力で外見を弄るより、生まれ持った姿を誇る。


「人より魔性の方が、生きやすそうだ」


 苦笑いしたルリアージェが目を伏せた。眠っているようにも見える横顔に浮かんだ憂いは、人として生きてきた間の苦労を思い出しているのか。長く生きても、人の考えは読みきれない。


 人の欲望は想像できるし、権力者を操るにおいて不便もなかった。ただ……こういった深い感情は人族特有のものだ。怨み、妬んで、相手を貶める考え方は魔族や神族にない。不思議な黒いどろどろした感情に興味をもち、魔族は人にちょっかいをかけるのだ。


「リア様、ジル様がお呼びですわ」


 手を振るジルに気付いたパウリーネの声に、ルリアージェも笑顔で手を振り返した。立ち上がったルリアージェの前に、転移したジルが手を差し伸べる。するりと腕を絡めて笑うジルから、ハーブのよい香りがした。

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