第53話 扇動される側も悪いのですよ(2)

 悲劇などの曖昧な単語で誤魔化すリシュアの狡猾さに気付かず、ルリアージェは大きくため息をついて頷いた。そのため、ジルの中で『やり返すの歓迎』まで極端な曲解がなされる。そして都合が良いすれ違いを、彼らがルリアージェに指摘するはずがない。


「国民が不満を溜め込んでいなければ、オレらの扇動も意味をなさなかった。この国の民はそれだけ我慢を強いられてきたって意味だ」


「そうですわね。確かに火がないのに煙は出ませんわ」


「そもそも、扇動される側も悪いのですよ」


 火がなくても煙どころか大爆発を起こす面々は、にっこり笑ってルリアージェの懐柔にかかった。彼女が本気で反対すれば従うしかないが、なんとか上手に誘導して思い通りの方向へ誘導はできる。


 小細工の得意なリシュアを始めとして、嘘にならないギリギりの範囲で人族の世を乱す行為は魔性の得意分野だった。


「……操っていないか?」


「リアにそんな誤解をされるなんて、辛いわ」


「我々は信用されていないのですね」


 ライラとリシュアが残念そうに呟くと、ルリアージェは言葉に詰まった。自分が間違っていたような気がしてくる。いろいろ考えた末、慰めるような言葉を選ぶ。


「信用している。ただ……その、不安で」


「リアってば可愛いな~」


 ジルが軽い口調で抱きつくと、気まずい雰囲気は一瞬で散った。ほっと安堵の息をついたルリアージェは知らない。街で起きている、リュジアン王族のを―――。







 追い立てられて逃げ回る。ヒールの高い靴を脱ぎ捨て、豪華な首飾りも耳飾りも放り出した。今まで柔らかな絨毯の上しか歩いたことがない足の裏は一瞬で赤く染まる。ガラスや石が散らばる路上は、氷が鋭い針のように足裏を傷つけた。


 赤い足跡を追う国民は、かつて城から手を振った私に喝采していたはず。王族である私に笑顔を向け、万歳を叫んだはず。どうして追われるのか。必死の形相で追いかけてくる男女に捕まれば、ただで済まないことだけはわかっていた。


 苦しさに息がつまり、喉が痛い。吸い込んだはずの空気が、まるで異物のように喉に詰まって喉を押さえた。それでも止まれない。


 必死に走る彼女を追い詰める街の住人は、手に棍棒や暖炉の火掻き棒を振り翳していた。罪を犯した罪人を追いかける形相だ。足を止めたら殺される――恐怖に必死で走った。人生で一番走ったかもしれない。


 突然目の前に飛び出した男を避けようと転び、彼女は豪華なドレスを泥に塗れさせた。打ち付けた肩や腕が痛み、呻いて身を起こす。冬のリュジアン名物の氷が、柔な肌を切り裂いて血を滲ませていた。



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※次回、残酷な表現が含まれます。苦手な方は回避してください。

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