第20話 傍観者、失格(3)
天井がない。床もない。
真っ暗な空間は何も見えず、しがみ付いたジルの袖を引き寄せた。ほんの僅かな物の輪郭も見えない暗闇は、本能的な恐怖を生み出す。ルリアージェの怯えに気付いたのか、ジルは左手の指を鳴らした。
炎が周囲に灯る。
「リア…」
小声の呼びかけに気遣いを感じた。袖を辿って顔を上げると、いつも通りの美形が微笑んでいる。その指先が数箇所を指し示すと、白い炎が灯っていく。美しい光景が浮かび上がった。
半透明の擦りガラスのような壁面と床、天井が続く廊下。下に何か埋まっているのか、赤や黄色、青など僅かに色が浮かんで見えた。白い炎を灯した先は洒落た燭台があり、蝋燭も油もないのに炎が揺れる。よく見れば、燭台に魔法陣が刻まれていた。
複雑な魔法陣は床や天井にも散らばっていて、その文字や文様が飾りのように透かしとなっていた。幻想的で美しい景色に吐息が漏れる。
「こっちへ来て」
引っ張られるまま歩き出したのは、見ていた廊下の反対側だった。まだ暗い室内は音が反響して聞き取りづらい。広間のような作りなのだろうか。
「ジル、ここは」
「ん? かつてのオレがいた居城、かな」
ここが一番安全なのだ。逆を言えば、一番危険な場所でもあった。ジルは必要としなかったが、配下に強請られるまま気分で作った空間と城だ。その頃神族と敵対していた経緯もあり、彼らの神殿とは真逆の煌びやかな城を作り上げた。
大人げない行為だが、配下の評判は良かったため残しておいたのだ。
ジルが作り上げて隔離した空間は、ジルにとって居心地が良い精霊達の集う場となっている。霊力を使うには最適の場所だった。同時に彼のもつ魔性としての魔力も満たしてあるため、多少不安定さもある。
ここでジルを倒すのは、空間そのものを敵にして戦うと同等に力を削られる。ジルのための空間と呼んで差し支えなかった。だからもっとも安全な場所なのだ。
同時に、復活したジルがこの場所に戻るだろうことは予想されている。敵が押し寄せて囲まれる危険性があった。それ故に立ち寄ることを躊躇した場所でもある。どちらにしろ負ける気はしないので、ジルには同じだった。
「城……」
見上げた先で声が反響する。闇に溶け込みそうな黒衣を捌いて左手を掲げると、広間に火が灯った。天井ははるか遠く、鮮やかな宝石のステンドグラスが作られている。壁に作られた窓は、きらきらと虹色に光を弾く。オーロラに似たカーテン状の光の帯が黒い床を照らし、鏡より鮮やかに景色を反射した。
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