第17話 歪んだ悪意(5)

 青い光が広がり最初の文様を形成する。ひとつ円が広がり、中に魔術文字が刻まれた。外へ外へ広がる円は、装飾を散らすように隙間を生めて輝く。


 魔法陣が展開する先は誰もいなかった。無人の庭に浮き上がる青白い魔法陣の中心に、ジルはルリアージェを伴って現れる。


 夕暮れを過ぎたアスターレンは、しとしと雨が降っていた。大規模火災と爆発によって温められた空気が対流し、上空の水蒸気が雲となって雨を落とす。鬱陶しそうに頭の上に手をかざしたジルを囲う形で膜が張られた。


「……酷いな」


 破壊され焼け焦げた王宮、見るも無残な庭、街は竜巻に破壊された上に魔性が火球で焼いてしまった。大国アスターレンの首都ジリアンは、まさに天災級の被害を受けていた。


「最初にどこから手を入れる?」


 原因だという自覚はないジルがきょとんと首を傾げる。竜巻を起こし破壊した街を見やり、足元の焼け焦げた庭を眺める姿は、まったく悪びれていなかった。


「王族は生存しているか?」


 固い口調で尋ねたルリアージェが、足元に転がる死体に眉を顰める。倒れる前に最上級の治癒魔術を行使した。『深緑のヴェール』によって死に瀕した人間も助けた筈なのに、助けられなかった人がいる。砕けたタイルに膝をついて、死体に手を合わせた。


 心の中で「すまない」と謝罪するルリアージェだが、ジルはその死体を一瞥して上から声をかける。


「それ、一度はルリアージェが助けた奴だな」


 目を見開くルリアージェが振り返る先で、肩を竦めた男は黒衣を捌いて同じように膝をつく。


「王族を逃がそうと魔性の炎の盾になった。……王族は全て生きてるよ」


 最初のルリアージェの疑問に答えを返し、ルリアージェの肩を抱いて起こした。濡れたタイルの上についた膝は濡れていない。彼らを覆う水の膜は縮んで身体の表面にぴったり寄り添っていた。どうやら完全に雨を防いでいるらしい。


「よかった」


 王族が生き残っていれば、国が滅びることはない。彼らを中心に国民は結束し、新たな都を建て直すことも出来るだろう。安堵の息をついたルリアージェは、美しかった白い壁と青い屋根の王宮の瓦礫に眉を顰めた。


 芸術品のようだった王宮は、見る影もない。


「どうした? 気に入ってるなら、やろうか?」

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