第17話 歪んだ悪意(3)
記憶を失っていた間のことも思い出せる。ジルが暴走した原因はルリアージェの記憶喪失で、己を忘れられたという現実だった。
おそらく引き離されていた時間に魔性達ともめたジルは、追っ手を王宮で撃退したのだ。街を破壊して王宮へ攻め入ったのも、ルリアージェが王宮にいた所為だった。
追われる立場を自覚するルリアージェは、自ら危険に近づくわけがない。絶対に王宮や王族に近づいたりしなかった。それが王宮内からルリアージェの魔力を感じたため、彼は暴走したのだろう。
「助けてどうするの?」
「どうする、とは……」
問われた意味がわからず、ルリアージェはジルの青紫の瞳を見つめる。結い終えた黒髪を背に放ったジルが、まっすぐに見つめ返した。
風が頬を撫でて過ぎる。
「今から戻って、人間を助けたとする――でも全員が助かるわけじゃない。恨まれるし狙われる。助けた奴だって刃を向けるかも知れない。なのに、助けるのか?」
人と魔性は違う。ずっとそう思ってきた。
彼らに人間がもつ情緒や心は足りなくて、圧倒的な力を持った幼子の
痛みに呻く状況で助けられ、でも家族が隣で全員死んでいたら――どうして家族を助けてくれなかったと恨む。なぜ自分だけ助けたのだと罵るだろう。助けられた感謝はきっと、その場で感じる絶望にかき消されてしまう。
長く生きたから人を理解するのか。理解した上で、ここまで無邪気に他人を切り捨てるのは、彼らの精神が未熟な所為ではなく……単に興味がないだけか。
身勝手で自分を中心に世界が回る。人間が届かない強大な力を行使する魔性にとって、世界は本当に自分を中心に回せるのだ。
「それでも、戻らなくてはならない」
強い決意を秘めた蒼い瞳を覗き込んだジルが、「しかたない」と肩を竦めて表情を和らげた。反対したのは、覚悟のないルリアージェを他者が傷つける可能性があるから。すべて承知の上で彼女がアスターレンに戻ると言うなら、ジルに反対する理由はなかった。
立ち上がったジルの黒衣が風に揺れる。伸ばされた手を取って起きるルリアージェが、銀の髪を手で押さえた。首に届く長さの髪は結ぶには短く、頬や額にかかって視界を遮る。
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