第3章 陰陽師、囚われる

01.***不穏***

 晴れた空を見上げ、ひとつ欠伸をする。それから目の前の式占しきせん用の式盤しきばんを眺めて少し考え込んだ。


「どうした? 真桜」


「ん、休みたいな……と」


 サボる為に式盤を引っ張り出したのだ。霊力が薄いそこらの陰陽師もどきと違い、闇の神王の血を引く真桜に占盤は必要ない。夜空の星から吉凶を読み、天候を操り、神々を降臨させる。闇の神族の巫女であった母の霊力が高かったことから、人として受け継いだ霊力も豊富だった。


物忌ものいみでよいではないか」


 アカリの指摘にうーんと唸る。実は昨日も物忌みを使ったので、出来たら別の理由を。そのための式盤だった。本来そんな邪な目的で使っていい道具ではないが、真桜は気にしない。


「この辺りが凶相だよな」


 同意を求めるが、真桜ならば祈祷せずとも害がない程度の災いしか読み取れない。だがアカリはそもそも人の世の倣いに疎かった。必死に出仕する貴族や陰陽師の様子を、奇妙だと捉えている。そのため遠慮なく頷いた。


「ああ、休むがいい」


「文を飛ばしておこう」


 そそくさと仮病ならぬ仮災をでっち上げた真桜は、陰陽寮の同僚である北斗へ文を書く。小声でしゅを記し、霊力を吹きかけた。白い鳥の姿になった式紙が飛んでいく。


 青空に白い鳥が映える。


「いい天気だ」


 呟いて、そのまま軒先に寝転んだ。見上げる空はどこまでも澄んでいる。


 転寝を始めた屋敷の主に溜め息を突いて、式神である華守流が掃除を始めた。華炎は放り出された式盤を片付けている。どちらも只人ただびとに姿が見えないため、箒や式盤が浮いて移動しているように見えた。


「ひっ!! やはり……」


 突然聞こえた声に、アカリが眉を顰めた。不快さを全面に出して「何者ぞ」と呟く。同時に彼は無造作に力を揮った。


 左手を軽く振る仕草で、庭に植えられた紫陽花の茂みが掻き分けられる。下男を伴った貴族らしき服装の男が腰を抜かして座り込んでいた。


「真桜、そなたの客か?」


「……いや」


 半分寝ていたので欠伸をしながら起き上がる。真桜は茂みの中で腰砕けになった男性をじっくり眺めてから、首を横に振った。まったく見覚えはない。宮中に出仕した際も陰陽寮に閉じこもる真桜は、他の貴族との付き合いは薄かった。


「化け物じゃ!」


 叫んで這って逃げようとする男は、まだ腰が立たないらしい。見送ってから、欠伸をもうひとつ。それからゆったりと首を傾げた。


「なんだったんだ?」


 真桜の疑問に、アカリや式神達も顔を見合わせるだけだった。

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