13.***熱浮***

 丁寧に礼を言われ、夜更けを理由に屋敷に留まるよう頼まれる。どうやら、もう解決したと言っても怖いらしい。朝になるまで、鬼やじゃはらう陰陽師を帰らせたくないのだ。


「申し訳ございません。勅命ちょくめいはいしておりますゆえ」


 神妙な顔でそう告げれば、さすがにそれ以上の引き留めはなかった。陰陽師が夜更けに大路をふらふらしていた理由に思い至ったのかも知れない。


 つまり、もっと厄介な呪詛やあやかし絡みの騒動で動いている可能性だ。


 見送りもそこそこに扉を閉めた連中に肩を竦めた。いつものことなので気にしない真桜と違い、華炎は失礼だと憤慨ふんがいする。


『あの者らを助ける義理はあるまい』


「まあ、そう言うなって。視えないから怖いんだろうさ」


 なだめる真桜の肩にふわりと手が置かれた。振り返れば、華守流が眉を顰めて呟く。


『冷えているな』


『今宵は引き上げたらどうだ?』


 半透明にまで姿を現したアカリまで同じような言葉を口にする。軽く首を傾げる真桜は、次の瞬間、ぐらりと体勢を崩した。


「っ…」


 咄嗟に人形ひとがたを纏い、アカリは真桜を抱き留める。崩れるように一緒に地に座り込んだ彼らを、式神たちが覗き込んだ。


「やはり……熱がある」


 アカリの指摘に、華守流は呆れた顔で身を起こす。気付いていなかった華炎はおろおろと周囲を歩いた。落ち着きのない猫のような華炎の様子に、華守流が『落ち着け』と声をかける。


「……大丈夫」


「大丈夫か。ならば一人で立ってみろ」


 むっとしたアカリの突き放した声に、真桜が苦笑いして立ち上がる。しかし半分ほど身体を起こしたところで、ふらふら揺れて座り込んだ。


「肩を貸してやる」


『我らが担いだ方が早いのではないか』


 アカリの提案に、華炎が被せた。滅多に病など寄せ付けない主の様子に、混乱しているようだ。手伝おうとする腕が、人外の強靭さで真桜を抱き上げる。


 細身のアカリより、戦いをなりわいとする式神の方が鍛えられた逞しい肉体を持っていた。しなやかな動きを可能にする筋力が遺憾なく発揮され、長身の主をしっかり抱える。


「だが……浮いているぞ」


『……そうだな』


 華守流の同意に、我に返った華炎が己の足元に目をやる。自分達には違和感のない光景だが、きっと人間から見たら陰陽師が宙に浮いている姿は異常だろう。華炎は吹っ切れたのか、開き直って呟いた。


『この夜更けに人に見られる心配など不要』

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