第139話 戦わねばならぬ時があるっぽい

「へーい、シン、大丈夫?」

「……こ、ろす……!」

「大丈夫じゃなさそう、私が。」


 瞳の奥を真っ赤に染め、そびえたつ琥珀の角は前に一度見たときよりも立派になったように見える。気のせいか?

 剣呑な殺気は私の筋肉を妙にこわばらせ、心をじりじりと焦燥に押しやる。というか、めっちゃ怖い。気分的には不良に絡まれた気分だ。


 とりあえず、この手のは、割となれている。というか、もともとの私の戦闘スタイルはこれだ。


 ポーチの中に手を突っ込んで、瞬発力強化薬を喉に流し込み、私は口を開く。


「お前のかーちゃんでーべそ!」

「……?」


 私の言葉に、シンはきょとんとした表情を返す。嘘だろ、挑発ができていない、だと? ま、いいか。


 先に言ってしまえば、私は正面からシンと殴り合いをしても瞬殺されるのみである。ミンチよりもひどいものになる未来しか見えない。

 かといって、裏をかけばシンに勝てるかと言えば、そうでもない。単純に筋力が違いすぎる上、私の力量ではそもそもシンの裏をかくことができない。たとえナイフや猟銃を装備しているとしても、クマと戦いたいかと聞かれれば『いいえ』と答えるだろう。つまり、そういうことだ。


 勝てない戦いに対し、何をすればいいか。

 答えは至極簡単。


 私は全力でシンの方へと駆け付ける。

 それを見たシンは、口元を歪めて真っ赤に染まった拳を構える。


 風が頬を撫でる。恐怖が背筋を震わせる。だが、そんなことを気にしているひまはない。


 私は全力で走り……そして、シンのすぐ横を駆け抜けた。


 シンは、一瞬だけ硬直した後、私を追いかける。うわ、シン、足はっや。

 勝てない戦いにどうすればいいのか。その答えがこれだ。


「逃げるんだよぉぉぉお! あ、デリットさんは襲わないでね!」

「……」


 少々ふざけるも、シンは返事を返さない。さみしいね!

 さて、ここからは文字通り鬼ごっこだ。捕まればぶっちゃけ死が待っている。


「瞬発力強化薬二本目あっけまーす!」

「……。」


 頼む、何か反応してくれない?

 無反応のシンにそんなことを思いながらも、私は二本目の瞬発力強化薬を飲み干す。うえ、わき腹痛くなりそう。


 砂漠の砂が足に絡みつき、走りにくいったらありゃしないが、正直、走りにくいのはシンも同じらしい。身体能力に差があるにも関わらず、何とか逃げまわれそうだ。


「デリットさーん! しばらくしたら頑張って戻って来るから、何か、相手を眠らせる魔法とか、動けなくさせる魔法とか使えるようにしてー!!」

「えっ、あ、はい!!」


 私の要請に、驚いたような表情を浮かべたデリットさんが返事をする。よかった、今の私たちに都合のいい魔法があるのか。頭の片隅で安堵しながら、私は夜の砂漠を全力で駆け抜ける。いや、ほら、死にたくないし。






 数分間の命がけリアル鬼ごっこは、最終的に何とか元の場所にリターンできた私の勝利となった。始点回帰っていうとカッコいい気がしないでもない。


 【スリープ】の魔法を使われたシンは、フードを深くかぶったまま地面に倒れて眠っている。隆起していた角は、もうすでにフードに隠れる程度にまで戻っていた。


 しばらくデリットさんと二人で相談した結果、今日はここで野営をすることになった。体の大きなシンを、私たち二人で引きずっていけないと判断したのだ。日中に移動を行うことになるが、まあ、致し方ない。全部あの盗賊たちが悪い。


 テントを組み立て、魔法で眠らされたシンを中に突っ込み、ついでに夜食の準備を始める。今回は、デリットさんも手伝ってくれるらしい。


 そこらに落ちていた大きめの石を集めて簡易的なかまどを組み立て、用意しておいた薪にデリットさんが魔法で火をつける。

 お湯を沸かしている間に、デリットさんは小麦粉に塩と水を加えて練る。そして、一塊になった小麦粉をちぎって小さな団子状にする。手が空いていた私は、干し野菜を一口大に切り、水で干し肉を軽くゆすいで余分な塩分を落としておく。

 そして、先に一口大に切っておいた干し肉を水が温まってきた鍋に放り込み、次に団子状にした小麦粉の塊を鍋に入れる。最後に野菜と少しの香辛料を湯の中に入れてから、しばらく煮込めば、すいとんに近い料理の出来上がり。


 ジエチル村で購入した干し肉は、羊の干し肉だったらしく、少しだけ癖のある香りがしたが、普通においしかった。ただ、もう少しうまみが欲しい。コンソメやめんつゆがあればもっと美味しくなっていただろう。まあ、ないけど。


 もちもちするすいとんを口の中で転がしながら、私とデリットさんは周囲を警戒する。

 また盗賊が現れないとも限らない。魔法が使えるデリットさんはともかく、私は攻撃手段がほぼない上に、シンから逃げ回るために瞬発力強化薬のほとんどを使ってしまった。主戦力のシンがいない今、奇襲を受ければ大ダメージになることは簡単に考えられる。


「あつっ、うまい。」

「おいしいですね。」


 鍋の中をつつきながら、二人でほぼ寝ずの番を行って砂漠の夜を過ごし、私たちは無傷でその日を終えた。地平線からゆっくりと昇る朝日と、紫色に染まった朝焼けが目に染みた。


 さて、今日も頑張ろう。

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