第133話 side茜 死にたいと願った
『双頭の竜』のメンバーが通り魔に負けるという事件から二日。依然として、通り魔による被害は増えていた。
いや、通り魔の模倣犯による被害が増えた、と考えるほうがいいだろう。
少なくとも、本物の通り魔は人殺しをしないはずだ。だが、最近になっては死者が増えてきたのだ。
先日ついに、商人が模倣犯の毒牙にかかり、ようやく騎士団たちが動き出した。目的は一つ。通り魔の討伐だ。捕縛、ではない。討伐である。
通り魔にかけられた懸賞金も跳ね上がり、腕に自信のある冒険者たちは、こぞって通り魔を探すために路地裏へと足を踏み入れ、不運な冒険者は模倣犯に殺され、幸運な冒険者は一部の模倣犯を捕縛して騎士団へと突き出すことに成功した。
だが、決して、本物の通り魔は捕まらなかった。
交戦したという記録がないわけではない。先日は騎士団の精鋭部隊が本物の通り魔に襲われ、壊滅状態になる被害を与えられた。誰一人として命を失ったものはいなかったのだが。
いつまでたっても捕まらない通り魔。あまりにも神出鬼没にして正体不明な彼を、『亡霊』と呼ぶものさえ現れだした。
しかし、茜たちは通り魔……『亡霊』にかかわるつもりはなかった。『双頭の竜』のメンバーにかかわるなとダメ押しされたのも大きかったが、関わる理由がなかったことが一番であった。
彼女ら二人は、基本的に街中での依頼は行わない。魔物を狩れるだけの実力があるため、アルバイトのような真似をするよりも、近隣の村を襲う魔物を倒したほうが実入りがよく、さらには他者のためになるからである。
今日も茜たちは、『戦士の国』の王都ウォーリアから日帰りで行き来できる距離の村に現れた、畑を荒らす魔物を狩り、報酬を受け取ったところだ。
そろそろ冬になろうというこの時期、作物は収穫最盛期を迎える。賢い魔物たちは今が一番食糧が手に入る時期であることを理解しているのだ。
「まさかその魔物を食い殺すために、オオカミの魔物が人里まで下りてくるとは予想していなかったけれども……まあ、いい小遣い稼ぎ程度にはなったわね。」
「うん、びっくりした!」
茜と手をつなぎ、大通りを歩きながら、イナバは真っ白な毛並みの耳を揺らしながら答える。
彼女の警戒能力のおかげで、茜は魔物に不意を打たれることなく、その一刀をもって切り捨てることができたのだ。
また、今回手に入ったのは、金銭だけではない。
茜は、自分の腰に下げられたマジックポーチに目を向ける。
「収穫時期だったから、いい野菜も手に入ったし。割のいい依頼だったわね。」
「にんじん、いっぱい!」
うれしそうな声を上げ、イナバは茜の左手をぎゅっと握る。
畑の少ない土地柄、野菜が少々高めな『戦士の国』で、それなりの品質の野菜を手に入れることができたのだ。イナバの健康のためにも、これからやってくる冬に備え、野菜をもう少し増やしたいところだ。
茜はにこやかに笑うイナバを優しい目つきで見つめながら、なじみの宿屋へと向かう。いくら日帰りで行ける村とはいえ、仕事を終えてからの帰りということもあって、太陽は既に沈み、家々の明かりだけがぼんやりと大通りを照らし、赤ら顔の男がふらふらとしながら家路につこうとしていた。
やや涼しい夜風を全身に浴びながら、茜はあたりを見回す。
いい夜だ。静かすぎるわけでもなく、騒がしすぎるわけでもない。
どこかの路地裏では通り魔を探す冒険者や騎士団が夜なべしているのだろうが、関わる気のない茜たちのあずかり知るところではない。
あずかり知る、ところではなかった。
「うわぁぁぁぁあああ⁈」
突如、耳をつんざくような悲鳴が、すぐ右の路地から響く。
茜は慌てて耳を抑えるイナバを自らの背後にかばい、路地を睨みつける。
「誰⁈」
茜の警戒の声に、路地の奥から返答代わりの笑い声が響く。
「ギャハハハハハハハ!」
「……ひっ!」
下品かつ、精神を逆なでするような気味の悪い笑い声に、イナバは小さく悲鳴を上げる。
同時に、血の匂いを感じ取った茜は、イナバとつながっていた左手をはなし、腰に差していた刀を抜きはらう。今までい幾度となく魔物の血を吸ってきた赤い刀身が、月明かりを受けて妖しくきらめく。
周囲に警戒しながら、茜はイナバに向かって言う。
「今すぐ自警団の詰め所に!」
「わ、わかった! お姉ちゃんも、すぐに逃げてね!」
震える声でそう返事したイナバは、兎獣人らしい瞬発力で大通りを駆け抜けていく。それを見守った後、茜は足を前へと進める。
そして、数歩歩いたところで、茜は反射的に刀を振りぬいた。
がきぃぃん!
夜の静けさをたたき割るような金属音が、狭い路地裏をこだまする。
茜は、奥歯を噛みしめて重い一撃を振り払い、敵を見据える。
そこにいたのは、ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべた男。ボロボロのフードを雑にまとい、その手には血塗られた斧が握られている。
「……模倣犯ね。」
茜のその言葉に、男は不愉快そうに口元を歪め叫ぶ。
「いや、ちげえよ、俺が『亡霊』だ!」
「本物は鎌を持っているらしいわ。ついでに、貴方じゃあ役不足よ。」
茜は、目の前の不審人物が『双頭の竜』を襲った犯人でないと確信していた。理由は簡単だ。力量が足りていない。
先ほどは、圧倒的に好都合な一撃であった。であるはずなのに、目の前のこの男は決めきることができなかった。不意打ち一つまともに決められない程度の実力で、『双頭の竜』を倒せるなど勘違いも甚だしい。
不愉快な気分になった茜は、己の刃を鞘にしまい、鞘ごと刀を構える。
その行動を見た模倣犯は、意味が分からないという表情を浮かた。そんな彼に、茜は挑発する。
「くだらない模倣犯の貴方など、切るに値しないわ。__今すぐ自首をしに行くというのなら、痛い目に合わなくて済むわ。こっちも、人を殴らなくて済む。」
茜の言葉を聞いた男は、顔を真っ赤にして激高する。
「ガキが! 身の程わからせてやる!」
「驚くほど小物なセリフをありがとう」
茜はそう言うと、鞘の付いた刀を横なぎに振るう。
男はそれを一歩下がることで回避。
だが、その判断がまずかった。
下がった着地の姿勢で死に体となった男に、茜は容赦なく連撃を加える。
「ぐぅっ⁈」
男は必死にそれを斧で止めようと奮闘するが、もとよりここは、狭い路地裏。まともに長物を振ることなどできやしない。
次第に身を守ることすら困難になってきた男は、起死回生の一手か、渾身の一撃をふるおうと斧を振りかぶる……
が、それは悪手でしかなかった。
キィン
斧の刃に刀を引っかけ、そのまま空へと鞘付きの刀を振り上げる。力一杯斧を振り下ろそうとしていた男は、その行動にあらがうことは不可能であった。すっぽ抜けた斧は、夜空へと吸い込まれるように吹っ飛び、くるくると間抜けに回転し、そして、やがて重力に従って通路の奥へと落ちていった。
武器を失い、茫然とした様子の男に、茜はためらうこともなく鞘付きの刀を無防備になった男の首筋に振り下ろす。
一撃を受けた男は、反抗する隙も与えられずに気を失った。
「……。」
茜は、油断せずに男の様子を確認し、そして完全に気を失ったことを確認してから手足をロープで縛り、鞘付きの刀を腰にもどす。
薄く息を吐いて、目を閉じた茜。
冷たい風が、たいして汗もかいていない体に降りかかる。
その瞬間、茜は反射的に刀を抜きはらい、後方を切りはらう。
「誰⁈」
恐怖を覚えた茜は、暗闇を睨みつけながら叫ぶ。
そこにいたのは、どす黒く、古ぼけたローブをまとった男。裾には金色の刺繍がなされ、高級品であろうことが容易に理解できた。
そして、異様な大きさの、それこそ、刀身だけで低いイナバの身長に達しそうな鎌を地面に引きずっていた。
オリジナルアビリティを持った茜でさえも感じる、圧倒的な恐怖。
「『亡霊』……!」
そう呼ばれた男性は、悲しげに微笑んだ。
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