第116話 side茜 食事と噂話

 『戦士の国』での生活を始めてから数日。茜とイナバは着実にその名声を上げていった。


 曰く、塩漬けになっていた依頼を全て片付け、評価は全て最高だった。

 曰く、護衛中に遭遇した野党を瞬殺した。

 曰く、闘技大会で優勝を収め、国王直々に騎士にならないかと打診を受けた。


 今やウォーリアで赤い刀を持った冒険者といえば、誰しもが茜を思い浮かべる。ただ、茜もそんな毎日を甘受するだけではなかった。


「国王と会ったけれども、結局、元の世界に戻るてかがりはなかったわね……」

「うん、イナバのお母さんもどこにいるかわからなかった……」


 腰に刀をさし、左手でイナバの片手をつかみながら、茜はつぶやく。戦士の国には、比較的獣人族が多い。どこから来たのかわからないというイナバの家族探しも並行して行っているのだ。

だが、イナバのような真っ白な兎獣人はなかなかいないらしく、どこかの村で集まって暮らしているのではないのか、という話だった。


__とりあえず、日々の暮らしは冒険者活動で冬の間無収入でも何とかなる。問題は、遠征ね。長期の野営はやったことがないのよね……


 茜は腰の刀を軽く撫で、ちらりと空を見上げながら考える。鍛冶屋の煙で煤けた青空が秋の訪れを教えていた。もしも『戦士の国』から出ていくのだとしたら、冬が訪れる前までに出たい。理由は、ここが山に囲まれた内陸地であるからだ。

 ギルドの職員に聞いた話だが、冬になると『戦士の国』ではたびたび雪崩が起きるらしい。『戦士の国』の山の大半は鉱山であるため、雪を遮る木々が生えていない山が多いのだ。そのため、冬の間は『戦士の国』から出ることはできない。


 『戦士の国』に日本へ帰る方法がないことは理解できたが、他の国に行くには多少不安がある。獣人の多いこの国なら、イナバの家も見つかる可能性があるが、探すには山の中を歩かなくてはならない。


「冬までに、やることがたくさんあるわね……。」

「うん、そうだね、お姉ちゃん。」


 イナバは楽しそうに握った茜の手を振りながら、相槌をうつ。そんなイナバのおなかがクゥーと小さく鳴いた。ほんのりと顔を赤らめたイナバに、茜は軽く微笑む。

 とりあえず、お昼ご飯を食べに行こう。


「イナバ、今日のお昼ご飯はどこで食べる?」

「うーん……たまにはお野菜たくさん食べたいな……」

「イナバは好き嫌いなくて偉いわね。__そうね、それだったら、ギルドのそばの食堂に行きましょうか。」

「わかったー!」


 イナバは、楽しそうに声を高めた。茜は、そんなイナバの様子を暖かい笑みで見守っていた。




 食堂は、お昼時ということもあってか、たくさんの人で席がいっぱいになっていた。ギルドのそばであるため、いかつい武器を持った男たちがカウンターで体を小さくしながらシチューのようなものをかきこんでいた。

 茜たちは、テーブル席に案内され、メニュー表を手渡される。

 イナバはしばらくメニューとにらめっこしてから、最終的にサラダと野菜たっぷりのポトフに決めたらしい。茜は肉を焼いたものをパンで包んだ料理にし、それにイナバと同じサラダを付けた。


 一番最初に提供されたのは、ゆで野菜のサラダだった。茜はそれを一口含む。

 ゆでられてシナシナになった野菜にシャキシャキ感は存在せず、うまく逃がせなかったアクのえぐみが口の中に広がった。ドレッシングは酢の酸味が強く、油分は少ない。しかし、その分塩分が多く、アクのえぐみと酢の酸味とともに不協和音を奏でていた。端的に言えば、おいしくないのだ。


 二口、三口食べた後、茜は顔をしかめてサラダを飲み込むようにしてかきこんだ。畑の少ない土地柄、仕方のない部分もある料理なのだ。


 次に提供されたのは、イナバのポトフ。そして、数秒遅れて茜のメインディッシュが店主によって手渡された。


 茜は、皿の上に乗せられたパンに手を伸ばす。パンはサンドウィッチのように食パンではなく、どちらかと言えばハンバーガーのような丸パンで、半ばまで入った切込みの中にたれのかかった細切れの豚肉とジャガイモ、レタスに近い葉物野菜が詰め込まれていた。

 茜は、それを大きく一口かじる。

 口の中に広がる、グレイビーソースのうまみ。そのたれの味を吸い込んだジャガイモが口の中でほどけ、腹に直接うまみと満足感を届ける。レタスは相変わらず苦い上に固いが、やや甘めの味付けのグレイビーソースによく合い、歯ごたえの変化を楽しむこともできた。


「肉はおいしいのよね。」

「イナバ、お肉あんまりすきじゃない……」


 イナバは、そう言ってポトフの中に入っていたソーセージを皿の端に寄せる。茜は、少しだけ考え込んだ後、そのソーセージをつまんで口の中に放り込んだ。どうやら、羊肉のソーセージらしく、独特の風味がしたが、その分ひき肉に混ぜ込まれた香草がいい香りを醸し出していた。


 兎獣人のイナバは、どうやら肉があまり好きではないらしい。決して食べられないわけではないのだが、一日に一定の量の野菜を食べないと、体調を崩しやすくなるとのことだった。


__冬までに『戦士の国』から出るなら、保存食に野菜を多くする必要があるわね。


 イナバが嬉しそうにポトフの中に入っていたニンジンを口に放り込む様子を眺めながら、茜は考える。


__正直、食糧のことを考え出すと、移動中は野草も枯れるわけだから、イナバの食事が極端にとりにくくなる。今年の冬は『戦士の国』に残るべきかしら……?


 パンを口の中に含みながら、茜はそっとテーブルの上に乗せられていたナプキンに手を伸ばし、イナバの口を拭う。

 水の入ったグラスを傾けながら、茜はしばらく考える。そんなとき、ふと、隣の席で食事をしていた冒険者らしき二人の話し声が聞こえてきた。

 話し込んでいたのは、大剣を店の壁によりかけ、依頼から帰った直後なのか丈夫そうな金属鎧を身につけた大男と、軽装な革鎧を身につけ、腰にダガーナイフを下げた顎髭の男だった。


「最近、街に変な奴が出るって噂が流れているよな。」


 そう切り出した金属鎧の男は、昼間だというのにエールの入ったグラスを傾けている。そんな話に顎髭の男は言葉を返す。


「ああ、知っているぜ。っていうか、ギルドの賞金首の板に貼ってあったろ。あれだよな、通り魔の話だろ?」

「そうそう、それだそれだ。__昨日さ、俺、あいつに遭遇したんだよ。」

「へぇ……あ”?」


 アルコールのはいった男に、顎髭の男は、ポカンとした表情を返す。金属鎧の男は、少しニヤッとした表情をして、話を続けた。


「いやー、めちゃくちゃ怖かったぜ。繁華街の路地裏で会ってな。見た目はまんまギルドの手配書通りだったけどよ、アホほどでっかい何か、鎌みたいなモンを片手で振り回していてさ。誰かが襲われているのかと思って路地をのぞき込んだら、居たんだわ。」

「……通り魔が?」

「ああ、まあ、そうなんだけどさ。路地裏で襲われていたのがよ、Aランクパーティの『双頭の竜』のフルメンバーだったんだよ。」

「……はぁ?! そいつら、昨日大けがしたって……!」


 少々声の大きくなる顎髭の男。茜は、一瞬だけそちらを見た。

 『双頭の竜』は、大剣使いの竜人族クロムがリーダーのパーティだ。構成員は全員竜人族であり、やや物理よりのジョブ構成だったはずだ。茜たちとも何度か依頼を共にしたことがあり、イナバの両親が住む村があるかもしれないという情報を教えてくれたのも、彼等だった。


 茜は、一瞬だけ迷った後、自分の席を立って、彼等の席のそばへ歩み寄っていた。


「うぉっ?! なんだ?!」

「あ、わりぃ、うるさかったか?」


 驚いた様子の彼らに、茜は淡々と質問する。


「さっきの話、もう少し詳しく教えてもらえませんか? 双頭の竜のメンバーに、知り合いがいるので……。」

「お? ああ、何だ、その話か。男はなぁ、でっけえ鎌をぶん回して双頭のメンバーをぶっ飛ばしていってよ、最後にクロムの腹に鎌の柄で一撃加えてそれで勝っちまったんだ。俺はもう、震えあがっちまってなぁ、そいつが路地から出てくるところではちあって、もう死んだなって思ったんだ。だけど、そいつ、何もせずにどっか行っちまって……。ありゃ、生きた心地がしなかったな。」


 男はそう言うと、エールを煽る。

 茜は、しばらく考え込んだ後、ポケットの中に手を突っ込んで小銀貨を一枚、男たちの机の上において置く。


「お礼。面白い話を聞かせてもらった。」

「おお、そうか。そりゃあよかった。何なら俺の武勇伝、他に聞かせてやろうか?」

「……ちょっと待て。」


 しばらく会話に参加してこなかった顎髭の男が、唐突に声を上げる。


「お前……いや、あなたは……『あか』のアカネか?!」

「ひっ、マジか?! も、申し訳ありませんでした!」


 酔いが一気にさめたのか、金属鎧の男が小さく悲鳴を上げる。茜は、頭を軽くかいてから小さな声で言った。


「……いや、謝らなくてもいい。__イナバ、そろそろ外に行こうか。」

「うん、すぐ行くね、お姉ちゃん!」


 明るい声でそう言うイナバ。二人は、お金を店員に支払い、さっさと店から出て行った。


__通り魔、ね。


 合同依頼で一緒に戦った『双頭の竜』のメンバーを思い出しながら、茜はイナバの手をつなぐ。


「ちょっと、探してみましょうかしら。__彼ら、いい人たちだったし。」


 茜のつぶやき声は、イナバだけが聞き取り、残りは秋空に吸い込まれて消えていった。

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