第103話 不穏と出立

 比較的頭痛の収まった私は、レンジの実のジュースをくれた宿屋のお姉さんにお礼を言ってから、シンの部屋に向かう。

 目的は、ほら、あれだ。今後の相談だ。


 私の隣の部屋についた私は、軽く扉をノックする。


「入れ。」

「お邪魔します。」


 シンの返事を聞いてから、私は木の扉を開ける。

 部屋の中は、私の部屋と大して変わりがない。ただ、荷物が部屋の隅にまとめて置いてあるくらいだ。それもそうか。泊まるのは今日だけなのだし。


 ベッドに座っていたシンは、私の顔をちらりと見てからフードを下ろし、きらめく金髪と不透明な琥珀色の角をあらわにする。それを見た私も、フードを下ろして、老婆みたいに真っ白な髪の毛と、気持ち悪いくらいには赤い瞳を表に出す。


 打ち合わせも何もしていないが、半ば儀式のようなそれを終えた後、私は、部屋に備え付けられた木の椅子に座り、シンに話しかける。


「話し合いをしよっか。具体的には、『神の試練』について。」

「ああ。あれには俺も違和感を覚えている。まず、なんで?」


 シンは、両手を広げて、そう言う。せやな。私も変だと思った。

 私は、少しだけ考えてから、答える。


「中級万能薬って、別に希少なわけではないのでしょう?」

「ああ。ワイバーンの心臓を使っているという事実は初めて知ったが、中級万能薬は、別に錬金術師の所に行けば売っている。」

「ふうん……。」


 この世界に、医療保険制度はない。ついでに言えば、日本にいたころのように、大規模な製薬会社があるわけでもない。だから、中級万能薬が銀貨一枚しないのは、ある意味良心的である。だって、たいていの病気だったら、何でも治るんだよ? たったの銀貨一枚で。


 だからこそ、おかしい。


「何で、病気にかかったっていうのに、万能薬を頼らなかったの?」

「やっぱり、それに至るよな……。」


 私の言葉に、シンは軽くうなづいてからそう言う。売っていなかった、というわけではないだろう。もし売っていなかったのだとしたら、彼らは私に、『中級万能薬を売ってくれ』と言えばいいし、何ならギルドの受付嬢が『治療法は見つかっていない』と言っていた。


 そこから考えられるのは、一つ。


「今出回っている中級万能薬、もしかして、粗悪品?」


 私がそう呟くと、シンはかぶりをふって言う。


「いや、そんなわけはない。むしろ、お前がおかしいと考えるほうが早い。」

「……へ?」


 百三話目にして最強チート俺Tueeeeee展開は遅すぎると思うのだけれども……。いや、違うか。


「お前のポーションは効果は市販のポーションと大して変わりがない。だが、効果が出る速さが段違いだ。」

「……つまり、どういうこと?」

「例えば、瞬発力強化薬。多少の誤差はあるが、あれは効果が出始めるのに最低でも一分はかかる。それも、徐々に効果が出てくる。」


 あー、なるほど?

 飲んだらすぐに効果が出るものだと思っていたけれども、普通はそういうわけではなかったのね。


「じゃあ、私の中級万能薬が即効性だったから、『神の試練』を治せたってこと?」

「そうなるかもしれない。だが、結局効果に変わりはないのだから、普通の中級万能薬を使って治らないわけが分からないのだよな……。」


 シンはこめかみに手を当てて、考える。だが、いいことは特に思いつかなかったらしい。

 だが、私には心当たりがあった。


「ねえ、シン。普通の中級万能薬って、材料に何を使っているの?」

「……? ワイバーンの心臓を使っているのじゃあないのか?」

「あー、ごめん。聞き方を間違えた。『飛竜の心臓』って、何を指すの?」


 私がそう質問すると、シンは首を傾けて、答える。


「『飛竜の心臓』って……フライドラゴンの心臓のことか?」


 フライドラゴン?


「なにそれ。」

「ワイバーンの小さいやつだ。大きいやつでも、全長一メートルを超えることはないな。力も弱いから、逃げられなければ簡単に仕留められるぞ。」


 ……なるほど。オーケー。わかったわかった。

 その事実を知った私は、頭を抱えた。


「……ごめん、シン。ワイバーンの心臓、無駄に使ったかも……。」


 キョトンとした顔でこちらを見るシン。

 ああ、もう。そう言えば、予想できていたことじゃあないか。


 一番最初はあれか。低級ポーションを作ったときか。

 一番最初に、MP代用を使わずに作った低級ポーション。あのときはミントを使っていたが、MP代用で作った低級ポーションと、ミントを使って作った低級ポーションだと、


 材料が大雑把だったのは、たまたまではない。私はそう確信した。


「材料によって、効果に微妙な差が出てくるって……人に言われなければ気がつかないでしょ……。」


 ……後で実験しないと……。

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