第97話 side??? 勇者の国より

 天井に開けられた大穴。割れて崩れた煉瓦の散らばった、数分前は豪華絢爛あくしゅみだったその部屋に、怒声が響く。


「私の生徒は、一体どこへ行ったというのですか!!」


 前田先生の怒気をはらんだ叫びが、国王に浴びせかけられる。普通なら不敬罪で処刑されるようなその行為も、今は見逃されている。……否、国王は余計な言葉をしゃべることが出来ない。


 後ろ手を縛られ、ズタボロになった赤い絨毯の床に膝をつき、王冠を外された老人。が、国王だった人物だ。


 すっかり憔悴しきった国王だったその人は、うつむいてなにやらしきりに床を眺めている。もちろん、床には壁材の破片が転がっているばかりで、他にはなにもない。


 前田先生は、暫くのあいだ歯軋りをすると、唐突に後へと歩みを進める。


「リンフォール王子。この事態を、生徒たちの尊い命を、どうするつもりですか?」


 前田先生らしくもない激しい口調に、リンフォールは一瞬だけ怯むが、もう、彼自信決めていたことだった。行わなければならないことだった。


「……わかっている。この部屋には転移魔法を使われた形跡が残っている。すぐに俺の私兵を捜索に向かわせよう。」


 リンフォールは目を浅く瞑りそう言うと、後に控えていたメイド……ミンに片手を上げて合図する。ミンは小さく頷くと、元々謁見室だった部屋から優雅に出ていった。


 そして、リンフォールは口を開く。


「そして、元国王はこの日この時をもって彼の持つ王族としてのすべての権利を剥奪する。……第一王子たる俺が、勇者の国、国王になる。」


「……そうですか。あなたは今、幾つですか?」


 前田先生の唐突な質問に、リンフォールは一瞬だけ目を見開く。が、直ぐに意図を察して答える。


「24だ。とっくに成人している。そこまで大きくもないが俺の派閥もある。悪政は行わないと女神アリステラに宣誓しよう。」


 そう答えたリンフォールに、前田先生は軽く頷き、言う。


「わかりました。……私も、生徒たちを探すために旅に出ます。もし、生徒たちがこの国へ戻ってくることができたなら、必ず保護してください。」

「何を……!?」


 驚き、目を見開くリンフォールを制止し、前田先生は言葉を紡ぐ。


「3年間、周辺諸国を回ろうと思います。転移魔法が使われたのだとすれば、遠く厳しい環境のところ……それこそ、森の中や砂漠に飛ばされている可能性が大きくあります。この国の兵士では、国境を超えての捜索が難しいはずです。」


 前田先生はそう言うと、リンフォールから離れ、謁見室の扉に手をかける。


「路銀はダンジョンで稼いだものが残っています。あと……3年後、私が帰ってこれなければ、死んだものとして扱ってください。」

「まて、マエダ! せめて、護衛だけでも連れて……」

「申し訳ありません、リンフォール王子。もう、私には、貴方たち勇者の国の人間を信用することが出来ない。」


 リンフォールの言葉を遮り、前田先生は言う。


 そして、呪文を唱える。


「我が知るところに扉作れ。【テレポート】」


 前田先生の声が途切れた瞬間、床に魔方陣が浮かび上がる。







 それを見たは、あわてて魔方陣の解析をした。

 転移地点は当然、ここ。目的地は……


「【ワープ】!」


「待てっ!! 誰かいるのか!?」


 リンフォールつきの護衛から警戒されるような大声を出されるが、気にしている暇はない。音を出すと流石に【隠蔽】でを隠すことは出来ない。こういうところで不便だ。


 そして、待てと言われて待つような人間はほとんどいない。僕は彼らからの戸惑いに近い視線を無視し、前田先生の元へと飛ぶ。


 たどり着いたのは、勇者の国の城下町だった。


 まあ、ある意味当然の結果だ。魔力出力と座標依存の【ワープ】とは違い、【テレポート】は詠唱に依存するため、一度来たことのある場所にしか行けない。その分、コスパがいいMP消費量が少ないという利点があるわけなのだが。


 前田先生は、暫く無言で歩みを進めてから……おもむろに路地裏に入り込んだ。


 僕は自分自身に【隠蔽】をかけて目立たなくしてから前田先生を追いかける。王都とはいえ、路地裏には危険が多い。


 路地裏は無計画に建築された家々のせいで、複雑な道に変わっていく。薄い家の壁からは、住人たちの生活の音が聞こえていた。前田先生は、そんな道をひたすら進んでいた。


______目的でもあるのか……?


 僕は後から前田先生を見守りながら考える。この辺りの地形は頭に叩き込んだが、特に目立つなにかがあるというわけではないはず……


 そんなことを思いながら歩いていると、前田先生は路地裏でも少しだけ広い場所にたどり着いた。


 広い場所といっても、普通の通路が2メートル程度であるのに対し、その場所がたまたま5メートル程度の路地になっているくらいだ。多分、家の建て方のせいでできた空間なのだろう。


 前田先生は、そこにたどり着くと、唐突に足から崩れ落ちた。


「!?」


 顔を押さえ、煉瓦敷きの地面に膝をついてうつむく前田先生。


 何だ!? 何かあったのか!?


 は飛び出して前田先生の元へと駆け寄りたい衝動に刈られたが……寸前のところでそれを止めた。


 分かったからだ。先生が、何をしているのかが。


「……っ。不甲斐ない……っ!!」


 どうしようもない感情を吐露するような声。乾いた煉瓦にできた水のシミ。


 僕は、俺が勝手に動こうとしたのを止めた。


「何が『私の生徒』だ……。生徒の一人も守れていないのは私自身だというのに……!! 私は……私は、無力だ!!」


 ボロボロと涙をこぼしながら、前田先生は慟哭する。


 ……違う。無力なんかじゃない。


 そう叫びたかった。そう伝えたかった。


 前田先生は、確かにを助けてくれた。救ってくれた。。それがなかったら、僕は、俺は、もう壊れていた。


 他のやつらだってそうだ。声を大にはしなかったし、他人に言いはしなかったが、前田先生に救ってもらったやつは多い。


 でも、今それをすることは出来ない。してはいけない。それは……いや、それが、先生を否定してしまう。足名ののは、死んだ人間は、俺では生き返らせることが出来ない。


 救うことは、出来なかった。


 僕と俺が崩れて溶ける。心臓が早鐘をうち、息が乱れる。嫌だ。泣かないで前田先生。


 ちがう。せんせいのせいなんかじゃない。


 僕が、俺が、持っているちからを使わなかったからなんだ。あんなことになると思っていなかったからなんだ。


 涙腺が壊れているせいで、血の涙が僕の、俺の、頬を伝う。マトモな涙などもう流せはしない。


 守らなければならない。すべての脅威から。先生を守るためだったら、神だって殺してやる。


 そう思った瞬間、僕のステータスは溶けて壊れた。


______________________________________________________


 俺とアイツは、僕とアイツは、二人で一人だ。どちらが先に生まれたかなんて、もうどうでもいい。


 ただ、ひとつあるとするならば、僕とアイツを、俺とアイツをどちらも認めてくれたのは、前田先生だけだった。

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