第98話 ゴブリン退治と説教

 ヴィレッチ村の人たちに、普通のワイバーンの運搬を任せた後。握り締めた拳を開き、私はシンに声をかけた。


「ごめん、ちょっと行ってくる。」

「……はっ?ちょっ、待て、シロ!」


 驚いた表情でこちらを見るシン。だが、もう遅い。

 私はバックの中から瞬発力強化薬を2瓶取り出し、飲み干してから森の小道に入る。


 シンの声が後方から聞こえる。だけれども、止まる気はない。


 無謀だということは理解している。だって、私はもう武器らしい武器を持っていない。


 バカみたいなことをしているのは自覚している。だって、昨日ちょっと会話しただけのゴブリンのために走っているのだから。


 でも、。もう、


 草を踏みつけ、小枝をへし折り、石を飛び越える。大きな樹を避け、ぬかるんだ地面を蹴り、蔦をはらう。


 息が切れる。足場が悪くていまにも転びそうだ。

 目指す場所は一つ。あの遺跡だ。


 開けた場所に出ると、私は濃い血と臓物の異臭で思わず顔をしかめた。折り重なるように積まれたワイバーンの死体。ここは、あの遺跡の、洞窟の前だ。


 村の人がくる前に伝えなくてはならない。戦って欲しくない。死んで欲しくない。人も、ゴブリンも。


 躊躇うことなく、私は明かり一つない遺跡の中に足を踏み入れる。


 私の足音が遺跡の壁に反射し、反響する。走って、走って、走って。そして私は、彼らと、あのエリートゴブリンの兄弟と出会ったあの広場にたどり着く。


 少々むせながら、私は大声で彼らに呼び掛ける。


「今すぐ避難して!ゴブリン退治が始まる!」


 ………


 ………声は、遺跡に反響して数秒間残り、やがて地面や壁に吸収されて消えていった。

 けれども、私はこれで大丈夫だと理解した。……なぜなら、遺跡の奥から聞こえてきたからだ。


『恩人ノ声ダ! 埋葬ハ一時中断シテ奥ニ逃ゲルゾ!!』


 あのゴブリンの声が。




 私がヴィレッチ村に戻っていると……ヴィレッチ村の門の前に、仁王立ちしたシンがいた。


 ……悪い予感しかしない。


 案の定、道のりに歩いてきた私を見つけたシンは、私の首根っこをがしっと掴み、こちらを覗き込む。


「ねえ、シ……ジャックさん、言い訳してもいい?」

「話は後で聞いてやる。が、その前に説教だ。」

「あっ、まっ、引きずるのは止めて、ちょちょっ、痛い痛い痛い。」


 間借りしていた村長の家に引きずられた。




 私が昨日寝ていた部屋にたどり着くと、シンは私を正座させた。この世界にもSEIZAの文化があったのか。案外DOGEZAもありそう。


 そして、開口一番。


「頭沸いてんのかシロ!!」


 外に漏れない程度、しかし、かなり大きな声で私を一喝。


「武器も持たずに山に入るなんて、死ににいくようなものだぞ!! しかも、ご丁寧に薬使って瞬発力上げやがって! もしものことがあったとき、どうするつもりだったんだ!」


 もう一回薬を使って逃げれば良くない? とは思ったが、流石に口には出さない。私には燃え盛っている火にガソリンを注ぎ込む趣味はないからね。


 うんうんと頷きながら、私はシンの説教を聞く。


「俺は、冒険者でお前の護衛だ。そして、お前も冒険者なんだろ? 俺は仕事でお前を守っている。それはわかっているな?」


 せやな。


「依頼人の評価が俺の給料に影響を与える。が、その依頼人が死んだら元も子もないどころか、降格すらあり得るんだぞ。」


 滔々と説教を続けるシン。そこを言われると、ぐうの音も出ないわ。


「で、動機は? 武器も持たずに山に突っ込んだ理由はなんだ、シロ。」


 おっと、言い訳タイム? 動機を尋ねてくれる辺り、微妙に優しいところあるね。


「知り合いを助けるために行きました。反省はしてます。……後悔はしてないけど。」


 ポロっと出た本音に、ヤバイと思ったが、もう遅かった。シンの口元がピクリとひきつり、何故か優しい声で訪ねる。


「知り合いって言うのは、昨日会ったゴブリンどもであってるか?」

「うん。」


 私がそう頷くと、シンは頭をかかえ深くため息をついた。……できの悪い生徒を目の前にした塾の先生みたいな反応だな。


「お前は、お前自身の命とゴブリンの命が同価値かとでも思っているのか?」


 それを聞いた瞬間、私の頭に血が昇るのを感じた。これ以上はいくら彼だからとはいえアウトだ。


「少なくとも、彼らは彼らの種族内で話をして、兄弟に対し敬愛の感情をもって、恩を感じて、仲間を大切に思い葬儀も執り行う。そういう生き物だと、そういうだとは知っているよ。」

「……は?」


 シンが何やら驚いたような表情をする。が、私はもう止まれない。


「で、そんなヒトたちと私は会話ができた。話をして、ワイバーンの存在を知って討伐して、帰るときにお礼を言われた。……そんな存在と私の命を比べるなんて、おこがましいにも程があるよ。」


 私の、罪ある汚れた命と比べるなんて。

 呆然としているシンをおいて、私は言葉を紡ぐ。


「今回の件に関して、ジャックさんには一切の非はないよ。でも、彼らを否定することは許さない。彼らは、ジャックさんが思っているよりも下等な存在ではないから。」


 私がそう言いきると、シンは暫くポカンとしてから、ハッと目が覚めたような表情をする。そして、口を開いた。


「……とりあえず、二度とお前の身を危険にさらすようなことはするな。俺からはそれだけだ。」


 そう言うと、ばつの悪そうな表情をして部屋から出ていった。……どうしたのだろう?


 ……ま、いっか。


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「……意味がわからねえ……。」


 俺は頭の角に触れながら、考える。


 ? 


「親父に教えてもらったろ……エリートゴブリンは良き隣人だって……!」


 俺に流れるオーガの血が、違和感を覚える。俺に流れるにんげんの血が、シロに対して罪悪感を教える。


 目がチカチカする。よく考えれば、ずっと変だった。親父に言われたことを俺が忘れるわけがない。


 いつからだ? いつからこうなった?

 ふと行き当たった答えに、俺の顔がひきつる。


「これは、まずいかもしれないな……。」


 ______早く、勇者の国ここから離れなければならない。

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