第83話 side葵 ドレイクデュークが現れた。

 茜と朝井の剣が交わる……直前。


『おねーちゃ!!上に!!』


 リリィの舌ったらずな警告に、葵は即座に【植物召喚】を行った。


 直後。


 ズガアアアアアアアン!!


 凄まじい破壊音と振動が謁見室を襲う。


「きゃぁ!?」

「なんだ!?」


 召喚した植物が盾となり、崩れたレンガがあたることはなかった。

 葵は、ほぼ反射的に爆発音のした方を見る。


 そこにあったのは、崩れ落ちたレンガの壁から土ぼこり越しに見える青空。そして、その土ぼこりの向こうに見える、


「みんな!こっちに!!」


 叫ぶ葵。慌てて植物の回りに集まるクラスメイト。だが、たった一人。たった一人だけ、葵の声を、警告を聞かなかった人物がいた。


「地よ、我が壁となり敵を阻め【アースシールド】!!」

「茜ちゃん!!こっちに来てよ!」


 真っ赤な刀を携えた茜は、葵の声を無視し、作り出したアースシールドを足場に、空中へと駆け出す。


「イナバ!今すぐここから逃げなさい!」

「お姉ちゃん!!待って、そっちはダメ!!」


 白い兎獣人のイナバは、まるで弾丸のように素早く動き、茜を追いかける。そんなイナバをおいて、茜は赤い刀身を振り抜いた。


「【飛斬】!!」


 まだ立ち込めた土ぼこりに向かい、魔力のこもった斬撃は飛んでいく。

 その刃がにあたる直前。


 ごうっ


 突風と共に土ぼこりがかき消え、が姿を現した。


 そこにいたのは、美しい男性。神々しいプラチナの長髪に、氷のように冷えきった碧の瞳。身に纏った豪華な、しかし自身の動きを阻害しない装飾の施された実用的な聖銀ミスリル製の金属鎧。そして、一振りの禍々しい紋様の刻まれた両手剣。


 だが、は確実に『人間』ではない。


 頭部に優美な角を、背中には大きな皮膜の翼を生やした、異形とも壮美ともとれるその姿。それが、堂々と謁見室に侵入していた。


 あれは、クリストの授業で教えてもらった。


 空の種族にして、魔物の支配者。


「ドレイク……!!何でこんなところに!」

『ねーちゃ、逃げて!』


 リリィは必死に葵の服の袖を引く。

 だが、葵は動くことができなかった。


 ステータス、レベル、強さ、経験、勘。全てが全て超越した格上の存在。それは、無意識のうちに葵たちを威圧していた。

 この場で動けるのは、オリジナルアビリティ【精神統一】を持った茜と、その仲間であるイナバ。他にもいるかもしれないが、戦闘に関わる気のある人物はこの二人しかいないらしい。


 茜は再度刀で空中を切り裂いた。


「【飛斬】!」

「……。」


 異形の騎士は、数センチ体をずらすことで見えない刃をかわし、背負っていた禍々しい両手剣を抜き払う。黒い刃の両手剣は鎧と似た豪華で実用的な装飾が施されている。


 異形の騎士は、不機嫌そうに口を開く。


「いきなり攻撃してくるとは……。我が魔王よ、やはり人間には野蛮なものしかいないようだ。」

「あなたがダイナミック不法侵入してきたからでしょ。」


 茜は反論しつつ、刀を構える。

 異形の騎士は、茜の反論に意味がわからないという表情をした。


 葵は、茜が言葉を発した時、一瞬だけ辛そうな顔をしたことを見逃していなかった。


__あのやりとり、足名さんとしていた……。


 鳥肌をさすりながら、葵は必死に威圧から逃れようと奥歯を食いしばる。


 そんな葵らを置いて、異形の騎士が堂々と口を開ける。


「余計なことをするなよ、そこの女。我は魔王に頼まれた仕事を遂行するためにきたのだ。……全く、我らが魔王は少々な。」


 異形の騎士はそんなことを呟きながら、禍々しい剣を謁見室の赤絨毯に突き立てる。


「え?!」

「きゃあ?! 床に魔法陣が!」


 真っ赤な絨毯の上に紫色の円形が描かれきると、解読不能な文字で埋め尽くされた。


 そして、目も眩むような閃光が謁見室を包み込む。


 一瞬だけ上がった悲鳴も、分厚い絨毯に吸い込まれて、数十秒と経たずに消え去った。













「……俺は、余計なことはするなと言ったはずだが?」


 だいぶ人の少なくなった謁見室。

 奥にあった玉座には、すでに誰もいない。きっと逃げ出したのだろう。


 魔法が発動する直前に威圧から逃れることのできた葵は、慌ててあたりをざっと見渡す。謁見室に残ったのは、茜、本田、朝井、福島、剣野、工藤、加藤、小林兄弟の10と、ジルドレ、イナバ、ロキ。

 崩壊した東の壁を背に立つ異形の騎士に対し、茜は半笑いで答える。


「私は一言もしないとはいっていないわ。」

「そうか。だが、命令は遂行するものだ。抵抗するならば、手足の二本や三本無くなってもいいと判断するが?」

「……私、人間だから手と足は二本ずつしかないの。残念だけれども、三本は無理があるわね。」


 茜はそう答えてから、さみしそうな顔をした。


__諦めなさい。もう、ののは死んだの。思い出すのは虚しいだけ。


 茜の様子を眺めていた異形の騎士は、面倒臭そうに眉をひそめる。それですら様になっているのだから、美形は特だ。


「想像以上にこの場に残ったな……。我が『魔王の国』の害になるものはさっさと始末をしていきたいところだが……。」


 異形の騎士はそう呟くと両手剣を右手で握り、空いた左手で葵達を挑発する。


「まとめて来い。我は『魔王の国』第一軍が団長にして公爵デュークのルシファーだ。」

「冒険者、島崎 茜。」


 茜はそう名乗ると再度呪文を詠唱する。


「地よ、我が壁となり敵を阻め。【アースシールド】」


 作り上げた魔法の土壁を足場に、茜は異形の騎士、ルシファーに躍り掛かる。


 ルシファーはそのトリッキーな動きに対し、冷静に体をそらすことで回避し……


 パン!


 剣の腹で茜をなぎ飛ばそうとしたところを、工藤の銀の弾丸に邪魔される。


「助かったわ、工藤くん!」


 態勢を直しきった茜が振り返らずに工藤に声をかける。工藤は軽くうなづくと、ジルドレに指示を出す。


「ジルドレも茜を全力で援護してくれ!」

「了解。」


 ジルドレはスナイパーライフルに魔力を通し、銀の剣に変えると無表情でルシファーの方へと駆ける。室内でスナイパーライフルは悪手でしかないのだ。


「僕も手伝うよ、創平。」

「うん僕も。」


 小林兄弟もナイフとパチンコを片手に援護に加わる。


「ひかりは安全なところにいてくれ!」


 朝井はそう言うと金色の剣でルシファーに斬りかかる。


「わ、私だって戦える!」


 福島は怯えた声でそう言いながら、身体強化魔法を唱える。


 それらに対するように、加藤は一つあくびをすると、分厚い鉄の仕込まれた靴のつま先をトントンと鳴らす。戦闘に関わる気は無いが、無抵抗でいるわけではないらしい。


 本田も戦闘には関わる気がないらしく、謁見室の扉にかけられた結界を解いている。……ロキは少々オロオロしているが。


__この扉の結界……あの国王かしら?でも、内側からかけられたような痕跡があるわ……


『ちょ!ご主人サマ!冷静にそんな結界を見ている暇じゃないデスよ!あいつをどうにかしなくていいのデスか!』

「大丈夫よ。。あと、貴方が戦いを進めてくるときは大抵ロクなことがないもの。」

『……チッ。』




 数十分後。再度閃光が謁見室を満たした。

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