第50話 二人の別れ

 肩くらいの長さの茶髪。低い身長、スレンダーな体。………けして、貧乳ということではない。スレンダーだ、スレンダー。


 写真や鏡に写った姿をさんざん見たことがある。


 あれは………


「私の、死体………?」


 私はそっと死体にさわる。

 ひんやりと、やや固い皮膚。


_____うん、これ以上触るのはやめよう。


 私はそっと死体から手を離した。

 あらためて立ち上がると、牢屋の外を覗き見る。誰もいないようだ。ついでに、盗聴機も壊されている。


 とりあえず、服がほしい。女子に全裸は辛すぎる。


 人がいないことを確認しながら、私は地下牢から外へ出た。



 メイドの部屋に忍び込んだ私は、服を(半永久的に)借り、それに着替える。下着も欲しいが、流石に人のものを勝手に着るのには抵抗感がある。


 ごめんね。服は(きっと)そのうち返しに来るから。


 メイドが部屋に帰ってこないことを良いことに、私はステータスをチェックする。歩く早さに違和感があったのだ。


名前

種族    レベル 1

ジョブ 薬師

HP 20/20 MP 10/10

筋力 15 知力 20 瞬発力 15 精神力 20

アビリティ

生成(薬品)【1】  薬物知識【1】

称号

【赦された者】


「………レベル、初期値になってる。」


 そりゃ、歩く早さが遅くなるか。88から一気に15に下がったのだもの。

 で、称号の【赦された者】って何だ。ついでに名前と種族もわからなくなっているのだが。


 その時。部屋の外を足音が通りすぎた。


 息を殺してやり過ごせたが、この部屋のメイドが帰ってくる前にどこかへ行かなくてはならない。


 そう思ったとき、私は、いま、軽く積んでしまっていることに気がついた。


 まず、宰相に会うわけにはいかない。

 会えば、またエリクサーを作らされるだろう。それだけは死んでも嫌だ。(一度死んだが。)


 次に、あかねちゃんに会うわけにもいかない。

 今がいつなのかはわからないけれども、私の死体が完全に冷たくなるくらいの時間はたっているだろうから、もう、遺書は読んだはずだ。

 私の死体が存在する以上、偽物とか言われて、どうにでもなりそうだ。


 最後に、城にいるわけにはいかない。

 今の私、完全に不審者だ。誰かに見つかったら、弁明する前に殺されるし、見つかったときに、このステータスでは逃げ切ることは出来ない。騒ぎが起きる前に逃げ出すべきだ。


「うん。一度部屋に戻って、材料だけいくつかもって逃げよう。」


 そうだ、ついでにお金も持っていかないと。一文無しは流石にきついはずだ。

 私は外に誰もいないことを確認してから、自室に向かった。


 もうすぐ、朝日が登ろうとしていた。





「のの!!どこっ!?」


 茜は、声を張り上げて城内を駆け巡る。

 外は既に暗く、満月が美しく輝いていた。


 足名が行方不明になってから、丸1日。

 茜は、睡眠をとることも、ろくに食事をとることもなく城を駆け回っていた。


 疲れから足を止めて、壁に寄りかかる。

 そこは、茜達が召喚された時にいた部屋、礼拝堂だった。


 薄暗い礼拝堂はどうにも居心地が悪く、精巧に作られた女神の像の凹凸を火の光がなめるように照らし出している。


 もたれ掛かったレンガの壁は冷たく冷えている。寒くなってきた茜は壁から離れて、近くの木の長椅子に浅く腰かけた。


 一時的にでもまともな休息をとったためか、茜の腹が小さく空腹を訴える。

 手で腹を押さえると、刀が椅子にぶつかりかちゃりと音をたてた。


 足名の捜索のため、今日の訓練と勉強会は中止になった。だが、暗殺者が何処に潜んでいるかわからないという危険性から、全員が武器を携帯している。

 茜も例に漏れず刀を所持していた。


 茜は、礼拝堂の高い天井を見上げる。天井の白いレンガは光が当たらないせいで灰色にしか見えない。


「のの、どこ……?」


 小さく呟いた茜は、目元を手で押さえる。


 しかし、次の瞬間、茜は弾かれたように鞘から刀を抜き払い、立ち上がって後ろを振り返る。


 茜のちょうど真後ろだった場所。礼拝堂の出入り口のそこに、黒色のローブをまとった男が立っていた。


_____あいつ、強い……。


 全く気配を感じさせなかったローブの男に、茜は冷や汗をひとすじ流しながら、刀を油断なく構え、男と対する。


 男は、そんな茜を気にすることなく口を開く。


「……お前が……シマザキ……アカネ……?」

「……ええ。貴方が例の暗殺者?」


 茜の【威圧】を何事もないかのように受け流す男は、茜に、一枚の紙切れを投げ渡した。


「……すまない。……守れなかった………。」


 茜は、思わず紙に目を落とし、書き出しを見た瞬間、涙を流してその場に崩れ落ちた。


「『嶋崎』はそっちの『島』じゃないって、何度も言っているじゃない、のの!!」


 行き着く宛のない悲しみと悔しさと呆れを叫び、嶋崎は足名の手紙……いや、遺書に目を通していく。

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