17話―⑥『協力』

「みんな! 頼みがあるの!」



 雷が手を合わせてぎゅっと目をつぶる。彼女はいつもの服装とは違い、赤と黒の着物を着ていた。その姿にもだが、紫苑、槍耶、海斗の自分達三人を急に呼び出したことにも、彼らは驚いている。顔を上げた雷は、三人を順に眺めながら言い放った。



「あのね、実はうち、闇軍に襲われてて……だから……助けてくれないかな?」



 紫苑達は横目で視線を合わせる。何故いきなりそんな頼みをするのか―――光軍の槍耶と海斗なら分かる。しかし、紫苑は闇軍所属だった。今目の前に敵軍がいるというのに、彼女は気にせず喋っている。

 海斗がちらりと背後へ視線を移す。その先には、スーツ姿の少女がいた。海斗は彼女と会ったことがある。蒼祁と朱兎を助けに行き、山中で戦った六支柱の一人だった。そしてその事実が、余計に彼を不安にさせていた。



「あの……雷、俺……」



 理解が出来ず、紫苑が思い切って雷に問う。彼女が答えようと口を開くと、その背後から少女の声が飛んできた。



「君は特別に、光軍への編入を許そう」



 やって来た少女は、雷と似たような着物を着る、彗だった。声を上げて驚く槍耶をよそに、彗は紫苑の目の前に立つ。



「闇軍にいたって損するだけだよ? こちらにつくと言うのなら、君や家族の安全は保証しよう」



 そう吐き捨てる彗の後ろで、うんうんと頷く雷。その光景が信じられなくて、紫苑達は唖然とした。

 彗は雷の姉。そして雷と相対する父親側の人間だ。雷と彗が同意見などあり得ないし、そもそもこうして近くで並ぶことなど見たことがなかった。

 警戒する紫苑達に、彗は囁く。



「大切な人、君達にもいるでしょ?」



 ――――――死んでほしくないよね?



 瞬時に彼らは身震いし、悟った。

これは脅しだ。断れば、何をされるか分からない。穏便に済ます為には、彼女らの「頼み」を断ってはいけないのだ。

 沈黙する彼らの横を、何食わぬ顔で通り過ぎる彗。雷も「よろしくね」と笑いながら、姉の後を追った。六支柱の少女も、彼らを一瞥した後に姉妹についていく。取り残された三人は、少しの間の後、ようやく沈黙を破った。紫苑が、青ざめた顔で二人を見る。



「………どうする……?」

「どうするも何も、俺は従う」

「お前、正気か……⁈」



 海斗の答えに驚く槍耶。茶色い瞳は、いつも通りの無表情な眼鏡の少年を映している。



「白夜を殺せって言われるかもしれないんだぞ⁈ そもそも闇軍を襲撃すること自体、白夜の生命の危機だってのに……」

「俺には七海がいる」



 その瞬間、槍耶はやっと理解した。

 七海―――海斗の大切な人。彼女を守るために強くなりたいと、海斗は日々努力していた。彼女を危険に晒すことなど、まず海斗はしない。

 故に、海斗は光軍には逆らえない―――。



「………分かった」



 槍耶の返答に、海斗は頷いた。そのまま彼は立ち去っていく。紫苑は海斗と槍耶を交互に見て、海斗についていった。

 一人残った槍耶は、拳をぎゅっと握り、踵を返して歩き出す。歩調は速く、やがて前方に彗と雷が見えてきた。



「彗!」



 怒鳴り気味に叫ぶ槍耶。姉妹が振り向くと、槍耶は彗を睨むように見つめた。



「話がある!」

「槍耶がお姉ちゃんに話? なんの?」



 小首を傾げた雷は、槍耶に近付き顔を覗き込んだ。黒く濁った橙の瞳は、彼の胸の内を探ろうとじっと見据えている。



「うちに言えない話?」

「さあ」



 彗が雷の肩を背後から引いた。先に行けと妹に命じる。彼女は不審を抱いた目で二人を見ながらも、しぶしぶ去っていった。槍耶はそれを見届けた後、彗をもう一度鋭く睨んだ。



「雷に何をやったんだ」

「私は何もやってないけど?」

「そういうことを訊いているんじゃない」



 彗は後頭部で手を組み、知らん顔をした。答える気は無いのか―――槍耶は拳を握った。



「なら、何故急に襲撃を始めるんだ?」

「君は急だと思うかもしれないけど、私達にとってはやっとのことなんだよ。元々は神空蒼祁が生きている前提で練っていたけれどね」

「ッ………そんなに闇軍を殺したいのか……!」

「当たり前のことを」



 袖内から取り出した拳銃を、彗は槍耶に構えた。銀色の銃口は、槍耶の眉間を狙っている。彼の全身が一瞬で凍りついた。



「闇属性は異常なの。おかしいと思わない? どうして悪魔と同じ力が使えるのか」



 一歩、彗が槍耶に近付いた。彼は同時に一歩後退する。



「少なくとも、何かしらの繋がりはあるでしょ?」

「だからって殺すのはおかしいだろ!」

「何かあってからじゃ遅いんだよ?」

「そんなこと言ったら、魔力者だって同じだろ!」



 槍耶の叫び声に、彗はさらに一歩前進した。しかし槍耶はその場から動かなかった。



「一般人から見たら、魔力者は危険な存在だ! 何かあってからじゃ遅いからって殺されたら、お前は許せるのか⁈」

「魔力者は必ずクロってわけじゃない。だからその質問は的外れだよ」

「闇属性だって必ずクロってわけじゃないだろ! 光軍のやっていることは、思い込みからの差別だよ!」



 カチャリ―――小さな金属音の直後、槍耶の体は硬直した。引き金に添えられた指は、そのトリガーを引いていた。しかし、銃口から弾が飛び出すことはなかった。一滴の汗が槍耶の頬を伝う。



「そう思うのなら、力でねじ伏せればいいじゃない」



 華奢な体は、一見簡単に崩れてしまいそうな程弱々しく見える。だがこの瞬間、槍耶は目の前の無防備な細身の怪物に慄いた。明確な殺意を飛ばす怪物に、なす術がなかった。

 しばらくの沈黙。やがて拳銃をしまい、彗はその場から立ち去った。立ち尽くす槍耶は、言い返せなかった自身の無力さに落胆した。

 俺に、何かを変えられる程の大きな力があれば―――思うだけなら誰でも出来ると、彼は理解していた。だから彼は、それ以上望むことをやめた。

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