15話ー⑬『覚悟』
目覚めた彼がまず思ったのは、目の前にいるこの青年は誰だろう、ということだった。黒の和服に身を包み、鋭い目で彼を睨みつけている。しばらくそのまま男を眺めていたが、ついに青年はため息をついて黄緑色の瞳を光らせ言い放った。
「………ボーッとしてる場合じゃないだろ?」
「え?」
「アンタの兄貴も、大切な人も、皆死ぬかもしれないんだろ? 行かなくて良いのかよ」
そこで彼はハッと思い、握っていた右の手のひらを開いた。手の内には透明な石があった。そこで彼は思い出す。
そうだ、オレはアニキに殺されかけた。ウイルスのせいでおかしくなったアニキに、胸を刺され、そして……。
「………ありがとう」
彼がお礼を告げると、青年は何も言わずに踵を返し、部屋を後にした。彼は石をコートのポケットにしまい、ベッドから飛び降りる。机に置かれた黒のとんがり帽を被り、分厚い本の上に乗る虹色の石を持って深呼吸。
「……………今、助けに行くからね」
そうして彼も、部屋を後にした。
*
鉄の結界が無くなっていたために、蒼祁の体は遠くへと吹っ飛んだ。唖然とするあたしに、朱兎は構わず手を差し伸べる。
「間に合ってよかった。蘭李」
「え………? ほ、ホントに朱兎……? 幻……?」
「蘭李は幽霊なんて見えないでしょ?」
くすくすと笑う朱兎。姿見は髪の毛以外変わらないのに、雰囲気は活発ないつもとは違って穏やかなように感じた。
や、やっぱり幽霊なんじゃ……⁈
「知らない人が助けてくれたんだ」
「………知らない人?」
「うん。知らない男の人。家に生命原石があったことも知っていて、だからそれで助けられて……」
朱兎の手を借りて立ち上がる。淡々と話す朱兎を見ていると、じんわりと視界が滲んできた。気付いた朱兎がぎょっとする。
「ら、蘭李⁈」
「うああああああああああああん!」
思わず朱兎に抱きついた。そして号泣。
だって………! 死んだと思ってたから……!
「うええええええん! よかったあーーー! 生きててよかったあーーー!」
「蘭李、オレが生きているのはね、アニキのおかげなんだよ」
「は………? 何言ってるの……?」
顔を上げると、再び朱兎は笑顔を見せた。
「だってアニキ、トドメを刺さなかったんだ。そのおかげでオレは、生命原石で生き残れたんだよ」
「でもその原因を作ったのは、紛れもなく蒼祁……」
「違う。アニキじゃなくて、ウイルスだ。オレを殺そうとしたのは、ウイルス」
はっと気が付き、朱兎から体を離した。
「朱兎! あの魔法だけど………」
「ッ……! くる!」
あたしを横抱きにした朱兎は、勢いよく跳躍した。直前までいた場所には火球が着弾し爆発する。着地すると、隣にはハクがいた。
「大丈夫か蘭李! それと……朱兎、生きてたんだな。よかった」
「うん。蘭李、その手袋貸してくれない?」
「いいけど……朱兎、何する気?」
「アニキを助けるんだ」
朱兎に左手袋を渡す。朱兎はそれを手にはめると、一歩前に出て、鋭く前を見据えた。普段見せないような真剣な眼差しに、自然と体が臆する。
「朱兎………あの魔法は………」
「分かってる。でも大丈夫」
何が大丈夫なの……? 朱兎には勝機があるっていうの……? あの蒼祁に勝てるとは、正直思えないけど……。
爆発の煙から現れる蒼祁。傷は見受けられず、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「素直に驚いたよ。生きてたんだな、朱兎」
「うん。アニキと親切な人のおかげだよ」
「俺のおかげって………馬鹿か? 俺に殺されかけたくせに」
「
冷たく言い返す朱兎。蒼祁は声を上げて笑い始めた。
「ならどうするって? 俺を殺したいなら、もれなくお前の大好きな兄貴も死ぬぞ? 良いのか?」
「………アニキを助けるためには、もう方法は一つしかない」
一瞬ちらりとこちらを見た朱兎と目が合った。赤い瞳は何かを決意したように力強く、しかしどこか悲しそうな色を帯びていた。
「――――――オレは、アニキを殺す」
朱兎が駆け出した。思いっきり腕を引き、蒼祁の顔へと拳を振るう。蒼祁は背後に避けた。それを追う朱兎。さらに避ける蒼祁。二人はステップを踏んでいるように軽やかだった。
「蘭李ー残念だったなあ。交渉決裂だ。お前の家族は木っ端微塵コースだ」
「なっ……!」
「こいつを止めるっていうなら考えてやってもいいぞ?」
「その必要は無いよ、蘭李」
朱兎が蒼祁の頭上に飛んだ。後ろに引いている左手には、巨大な雷球が作られていた。
「もうその対策は打っておいたから」
雷球が蒼祁へと投げられた。爆発と同時に電撃が飛び散る。蒼祁は結界を張って跳躍していた。朱兎の手首を掴み、勢いよくこちらに投げてくる。飛んできた朱兎は、ハクの作り出した影の手によって受け止められた。
「ありがと!」
「援護するよ」
「なら、アニキをどうにか捕まえてほしい!」
「分かった」
起き上がった朱兎が呪文を唱えると、手の内から剣が作られた。それを握り、蒼祁を捉える。蒼祁は不気味にクツクツと笑いながら、ゆらゆらとこちらに歩いてきていた。
「対策ねえ。頭の弱いお前が一体どんな対策を講じたんだか」
「避難してもらったんだよ。絶対安全な場所に」
「絶対安全? まさか皇家とか言うんじゃないだろうな?」
「そんなわけないよ」
沈黙が流れる。朱兎がまともに蒼祁と論じている………いや、論じてはいないか。でもこんな風に蒼祁と言い合うのは滅多になかったから、物凄く珍しい。
「安心して良いぞ、蘭李」
はっとして顔を上げると、蜜柑が腕を組んでふよふよと浮いていた。視線は蒼祁の方へ向けられており、ちらりとあたしを見下ろして言う。
「おぬしの家族は、魔警察に預けられた。皇達もそこにおる」
「ホント⁈ よかった……」
「普段のあやつとは別人のように、手際が良かったぞ」
会ったばかりの蜜柑がそう言うくらいだから、やっぱり今日の朱兎はいつもとは明らかに違うらしい。
――――――蒼祁を殺す覚悟を決めたからなのかな。
「………まあいいか」
蒼祁がため息をつく。直後、蒼祁の姿が消えた。そして、悪寒が背筋を走った。
「無理にでも乗っ取れば良い話だしな」
耳元で囁かれた声と、首にまとわりつく手。あまりにも怖すぎて、体が硬直してしまった。
すぐさま朱兎があたしの横に飛んできて、握っていた剣を振り下ろした。首から手が離れ、あたしは影に守られるように包まれた。
「お前、魔法上手くなったなあ! 兄貴としては嬉しいぞ!」
影から顔を出して確認すると、蒼祁は朱兎と距離を取るように跳躍していた。そこへ魔警察も襲い掛かるが、かわされる。着地した蒼祁は地面に手をつけ、にやりと笑った。
「お前らにはこれをくれてやるよ」
蒼祁の手が光り、次の瞬間には爆発するように煙が現れた。嫌な予感がする。あたしは影から出て、少し後ずさった。
「……………うそ……」
煙が晴れた頃、目の前に映った光景にあたしは言葉を失った。蒼祁の上空に浮かんでいたのは、真っ赤な翼を持つ鳥………。
「燃やし尽くしてやるよ。このフェニックスでな」
直後、甲高い鳴き声が辺りに響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます