15話ー⑥『電波に乗った狂気』

「だめ! どーしてしのうとするの⁈」



 少女は必死に叫びました。しかし、兄が歩みを止めることはありませんでした。

 弟もじっと待っています。その身体は、微かに震えていました。少女がそれに気付くと、兄弟の間に入りました。弟を守るように両腕を水平に上げ、兄と向かい合いました。



「どけ」

「やだ!」

「お前も殺すぞ」

「人をころしちゃいけないんだよ!」

「魔力者なら問題無い」

「なにいって―――」

「いいよ。ありがとう」



 弟が少女の腕を引きました。戸惑う少女に、弟は笑いながら言いました。



「ぼくは死んでもいいんだ」

「なんで⁈」

「ぼくなんていない方がいい。お母さんだって本当はそう思ってるよ」

「そんなことないよ!」

「そんなことあるよ。ぼくが死んでも、誰も困らないし悲しまない」

「あたしはかなしいよ!」



 じんわりと、黄色い瞳が潤む。弟はその光景に驚きました。



「せっかくともだちになれたのに、しんじゃうなんてかなしいよ!」



「今夜は泊まっていくといいよ」

「安心しろ。ちゃんと帰るから」

「夜道は危険だよ?」

「闇属性にそんなこと言うのか」



 肩に手を回そうとする直人の手を払う白夜。彼は残念そうにその手を引っ込めた。そんな彼を、虚空に浮かぶ秋桜はケラケラと笑う。瞬時に直人は秋桜を睨み付けた。



「何笑ってるんだ、幽霊」

「全く相手にされてないな~。アンタ」

「どこをどう見たらそう思うのか知りたいものだな」

「触らせてもらえてないじゃん」



 沈黙が流れる。二人は睨み合ったまま動かなくなった。白夜はため息を吐き、彼女の隣に座る拓夜は面白がって眺めている。

 白夜と拓夜は、直人の家に訪れていた。時刻は午後八時過ぎ。蒼祁が死んだ後の話の為に集まっていたのだ。今は話もまとまり、のんびりと過ごしていた時のことだった。



「でも珍しいよなー。直人が幽霊を見ても消さないなんて」



 拓夜がそう言うと、直人はフンと鼻を鳴らした。



「こんな奴さっさと消し去りたいが、白夜のピンチを知らせる電波でもあるからな。オレの広い心に免じて生かしてやってるんだよ」

「百歩譲ってもお前が広い心の持ち主だとは思えない」

「酷いよ白夜!」



 その時部屋に、電子音が鳴り響いた。白夜が携帯をポケットから取り出す。画面を開き、発信元を確認した。



「蘭李からだ」

「またあの野生動物か……」

「直人、その『野生動物』ってどういうことだよ?」



 拓夜と直人が話し込む横で、電話に出る白夜。秋桜もスピーカーに耳を近付けた。



「もしもし?」

「……………助けて………」



 掠れた声が耳に響く。白夜は一瞬、何を言っているのか聞き取れなかった。秋桜と顔を見合わせ、すぐに訊き返す。



「蘭李? ごめん、何て言ったの?」

「蒼祁が………蒼祁がおかしくなッ……た…………!」

「蒼祁? おかしくなったってどういうことだよ」

「蒼祁がッ……――――――」





「よお? 冷幻か?」





 明るく低い声が、白夜の耳元で囁いた。直後、蘭李の悲鳴が耳を貫く。思わず白夜は携帯を耳から離した。異変に気付いた直人と拓夜も、彼女へ目を向ける。



「なんだ? 何があった?」

「野生動物の声か?」

「分かんない……おい蘭李! どうした⁈」



 だんだんと悲鳴が小さくなっていく。白夜は再び携帯を耳へ当てた。



「蘭李ッ―――」

「ああ落ち着け。殺したわけじゃない。指の骨を折っただけだ」



 白夜は硬直した。その言葉にも、その言葉を発している声にも。

 何故なら、受話器越しに話す相手は、蘭李の幼馴染みである蒼祁だったからだ。



「骨折っただけで泣き叫ばれても困るんだよなあ。真っ二つにされるよりマシだろ?」

「蒼祁……? 何を言っているんだ……?」

「あーくっせぇなあ。水で流してぇなあこの血溜まり。あ、確かここって海近かったよな? そこに全部流しちまおうかな」



 蒼祁の声の背後で、ぐちゃりと何かが潰れた音がした。白夜は声が出せなかった。カタカタと、携帯を握り締める手が震えている。

 直後、直人が彼女の手から携帯を抜き取った。スピーカーに耳を近付け、マイクに向かって声を発する。



「おい」

「お? その声は………影縫直人か? なんだ一緒にいたのか」

「神空蒼祁……? お前、白夜に一体何を言った?」

「何って………あ、肝心なことをまだ言ってなかったな。悪い悪い」



 ケラケラ笑う蒼祁。直人だけでなく、白夜達も耳を澄ませた。



「俺、世界を壊すことにしたから」

「はあ?」

「無論、人も残さず殺す。皆殺しだよ。今はその真っ最中ってわけだ」

「何馬鹿なことを………」

「俺になら出来る。お前らだって対象だからな? まあ知り合いってことで、後回しにしてやってもいいぞ。だけどな………」



 ――――――別れの挨拶は、早めにしておけよ?



 そう言い残して通話は切れた。室内に沈黙が流れる。



「どうしよう………」



 沈黙を破ったのは白夜だった。顔を真っ青にして、不安な色を帯びた目で直人を見る。



「蘭李が………いや、私達だって……!」

「落ち着いて白夜。そんなこと、いくらあいつにも出来るわけない」

「でも………!」

「きっともうすぐ魔警察が来て殺されるさ」

「でも、あいつは魔導石を持ってる……」



 白夜の消えそうな声に、直人と秋桜は目を見開いた。



「魔導石は何でも出来るって言ってた……それを駆使すれば、魔警察なんて敵にもならないかもしれない……」

「可能性は低いと思うが……」

「なあ、魔導石って?」



 拓夜の問いには答えず、白夜は唇を噛み締めた。再び沈黙。しばらくして、直人がすくりと立ち上がった。



「仕方無い。オレが行ってこよう」

「直人……?」

「魔導石さえ奪えば、神空蒼祁は魔法が使えないんだろう?」

「そうだけど………勝算はあるのか? まさかまたアレを………」

「それしかないだろう。大丈夫。今は夜だし、オレは死なないよ」

「でも………!」

「拓夜。白夜をよろしく」

「ああ。気を付けろよ」



 にこりと笑い、直人は部屋を後にした。ついていこうと白夜は一瞬思ったが、すぐに思いとどまってしまった。

 ――――――自分が行っても、蒼祁を止められるわけがない。あの最強に、勝てるわけがない。足でまといになるだけだ。

 落ち込む白夜の隣で、拓夜が秋桜へと目を向ける。



「秋桜っていったっけ。直人の傍についてやってくれないか?」

「………分かった」



 コクりと頷き、秋桜は壁の中へと溶けるように消えていった。何度目かの沈黙が流れる。拓夜は窓の方へと歩み、外を眺めた。真っ暗な空に浮かぶ星々。闇属性の彼にとってこの光景は、安心の出来るものであるはずだった。しかし、妙な胸騒ぎが彼を支配していた。



「………また明日も、空を見上げられるといいな」



 彼は切にそれを願った。

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