15話ー①『宣告』
※15話はいつもよりグロ度高めです。苦手な方はご注意ください。
とある夫婦の間に、双子の赤子が産まれました。とてもよく似て体重も全く同じ二人は、父親の待ち望んだ子供でした。
しかしそれは勘違いであったと、彼は後に分かりました。
至極当然なことです。しかし彼は喜びで、すぐには気付けなかったのです。
そして、彼は捨てました。一人だけを選んで、彼は姿を消しました。
*
インターホンが鳴り響いた。時刻は休日の午前八時。この家にこんな朝早く訪れる者は、いまだかつて存在しなかった。
家主である健治は、不思議そうにドアの方を眺める。同居人であるメルは、迷わず立ち上がった。彼女がリビングから出ていくと、健治はぼそりと呟く。
「誰だろう。こんな朝早く」
「集金じゃない?」
緑茶を入れたコップを持って、ソファーに座る雷。それを一口飲みながら、健治へ目を向けた。
「新聞とかの」
「俺、新聞取ってないよ」
「え? そうなの? なんで?」
「読まないから」
「えー!」
「新聞読まない大人なんて初めて見た! 珍種だ珍種!」などと、雷が健治をからかう。すると彼は、不機嫌そうな顔をした。
「雷。世界には色んな人がいるんだよ? そうやってすぐに人を異端扱いするもんじゃない」
「えー? だって新聞読まないなんて聞いたことないもん!」
「それは君が世界を知らないだけだろう?」
「そんなこと―――」
―――――――――バンッ
突然、リビングのドアが勢いよく開かれた。雷の肩がびくりと上がる。彼女と健治は、音の方へ視線を向けた。
ドアから入ってきたのは、黒髪の少女・蘭李だった。いつもの魔法道具の服装で、しかし何も所持していなかった。彼女の相棒であるコノハも背負っていない。
蘭李は息を荒らげ、リビング内を見回した。雷はそんな彼女に手を振る。
「蘭李おはよー。こんな朝早くどうしたの? 好きな人って誰ー?」
「蒼祁は⁈」
「え?」
「蒼祁いないの⁈」
「まだ寝てるんじゃない? 朱兎もいないし」
直後、蘭李は廊下を走っていってしまった。ドタドタと、階段を駆け上がる音も響く。雷と健治は顔を見合わせた。
「何事?」
「さあ………ついていってみるか」
「ねー、蘭李の好きな人って誰かなー?」
「さあねえ。訊いても答えなさそうだね」
二人がリビングを出ると、メルが困った顔をしていた。メルにも何が何だか分からないらしい。三人で二階へと上がり、双子の部屋に向かった。
「答えてよ蒼祁ッ!」
雷がドアを開けると、蘭李の怒鳴り声が彼女の耳を貫いた。思わず彼女達は立ち止まる。部屋の中には、椅子に腰掛ける蒼祁、そんな彼に詰め寄る蘭李、不安そうに二人を見守る朱兎、そして蜜柑がいた。蒼祁は嫌そうな表情を浮かべている。
「ねえッ!」
「うるせぇな……」
顔を逸らした蒼祁と雷の目が合った。深いため息を吐き、蒼祁が蘭李を顎で指して言い放つ。
「おい。こいつを連れてってくれ」
「答えてよッ! ねえ蒼祁ッ! 何隠してるのッ⁈」
「だから何も隠してねぇって」
「ウソつかないでよッ!」
「蘭李落ち着いて」
蘭李を押さえつけるよう、健治がメルに命令した。後ろから体を引かれた蘭李は、抗うようにメルの腕の中で大暴れする。
「蒼祁ッ! 言ってよッ! ねえッ!」
「蘭李様!」
「何も言うことはない」
「なんでッ⁈ なんで教えてくれないのッ⁈」
じんわりと蘭李の眼に涙が溢れた。蒼祁の目が一瞬見開かれる。
「死ぬかもしれないんでしょ⁈」
部屋の中が静まり返った。雷達は何も言えなかった。驚きすぎて。
「…………朱兎だな?」
蒼祁の声に、朱兎がびくりと肩を跳ね上げた。赤い目は揺れ動いていて、ぎゅっと握り締めている拳は小刻みに震えている。そんな自分の片割れを、蒼祁は鋭く睨んだ。
「黙ってろって言ったよな?」
「でも………オレ………」
「なんで言った? なあ朱兎。蘭李に脅されたか?」
「ッ………! だって!」
バッと朱兎が顔を上げた。朱兎の目からも、ぽろぽろと涙が頬を伝い落ち始める。
「堪えられなかったんだもん! アニキが死ぬって分かってるのに誰にも言えないなんて!」
沈黙が流れた。朱兎の泣き声だけが、部屋を満たしている。双子を除いた全員が、驚きを隠せなかった。
多分、とかではなく、蒼祁が確実に死ぬ―――と言われ。
「何、それ……どういうことだよ……」
ぼそりと蘭李が呟いた。唖然とするメルの手を払い除け、蒼祁の両肩を掴む。明らかに動揺した黄色い目で、力ない声を出した。
「死ぬって分かってるって、なに……? 死ぬかも、じゃないの……? 絶対、死んじゃうの……?」
「……………」
「ねえ……ねえ答えてよ………答えてよ……蒼祁……」
「病気」
ピタリと蘭李が静止した。蒼祁は青い目で彼女を見上げ、淡々と言葉を綴った。
「魔力を奪われる病気。原因不明だから手の施しようがない。発症のタイミングも、奪われる量やスピードも時々によって違う。ちなみに今も発症中だ」
冷静に話す蒼祁とは対照的に、混乱する蘭李。黄色い目は、あからさまに揺れ動いていた。全身も震え始める。声を出そうとしてもなかなか出ず、やっと吐き出した言葉も震えていた。
「何も出来ない……? だ、だって蒼祁、何でも出来るじゃん………」
「原因不明だって言っただろ。元が分からないと、俺にだってどうすることも出来ないんだよ」
「じゃ………じゃあ病院! 病院に行こうよ! お医者さんなら分かるはず―――」
「朱兎に引きずられていくつも行った。でも誰も原因は見付けられなかった」
沈黙。しばらくの間、部屋は静寂に包まれていた。蘭李は蒼祁の肩から手を下ろし、力が抜けていったかのように俯く。
「―――――――………うそだ……」
小さく呟かれた言葉。体を震わせながら、ぽろぽろと涙を流しながら、蘭李は蒼祁を見つめた。
「蒼祁が………蒼祁が死ぬなんてそんなの……!」
「嘘じゃない。現実だ」
瞳を青く光らせながら、蒼祁はいつも通りの口調で吐き捨てる。
「これは不治の病だ。長くて数ヵ月。短くて数日で………」
――――――俺は、確実に死ぬ。
*
「……………」
蒼祁から追い出されるような形で、蘭李達はリビングに戻ってきた。蘭李は魂が抜けたようになってしまい、雷や健治も、そんな彼女に何を言えばいいのか分からなかった。重たい空気がリビングに流れている。
「……………」
幼馴染である蘭李はもちろん、雷にとっても、蒼祁は大切な存在だった。彼女の親が引き起こした戦争を止めてくれたからだ。感謝してもしきれない存在であり、出来ることなら助けたいとも思っている。
しかし、雷は治癒魔法を使えるわけではない。ごく普通の魔力者なのだ。医者ですら分からない病気に対し、そんな自分が何か出来るわけがない。彼女はそう思っていた。
それから、リビングには静寂が続いた。時計の針の音だけが聞こえていた。誰も何も言わないし、動こうともしなかった。
「おはよー」
リビングに入ってくる友人達。雷がハッと顔を上げ時計を見ると、いつの間にか九時をとっくに過ぎていた。いつも皆が集まる時間だった。
「ん? どうかした?」
異変に気付いたのか、蘭李達を見回した白夜が首を傾げる。彼女の傍では、ばつの悪い顔をした秋桜と睡蓮が浮いている。雷が何か言いたげに口を開いたが、すぐにその口をつぐんでしまった。
「何かやけに静かだな?」
「眠いんじゃねぇのか?」
槍耶や海斗も不審がっている。白夜がソファーまで来て、蘭李を眺めて言った。
「蘭李。先行くなら行くって連絡しといてよ」
家が近所同士の二人は、ほぼ毎回一緒にここへ来る。だから白夜はそう声をかけたのだろうが、蘭李は何も答えなかった。明らかにおかしいと感じた白夜は、蜜柑に振り向き蘭李を指差す。
「………また何かあったの?」
「実は………」
「ごめんハク」
蜜柑の言葉を遮るように、蘭李が声を上げた。俯いたまま、蘭李はなるべく声を震わせないように喋り出す。
「ちょっと用があってさ………携帯も家に忘れちゃって……」
「珍しいね。携帯忘れるなんて」
「うん………コノハも置いてきちゃったから……取りに行かないと………」
ゆっくりと立ち上がる蘭李。誰とも顔を合わせないように、ふらふらと歩き出した。見かねたメルが、蘭李の体を支える。蜜柑は二人の後を追い、三人はリビングから出ていった。雷と健治は心配そうに、事情を知らない白夜達は不思議そうにその背を見送る。
その日は結局、蘭李が戻ってくることはなかった。
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