14話―⑥『涙』
気を失ったあたしはどうやら、魔法病院ではなく普通の病院に搬送されたようだった。日頃特訓をしていたおかげか、体が衝撃に慣れ始めたのか、幸い重症にはならずに済んだ。入院することにはならなかったが、一応事故なので警察沙汰になり、やっと帰れるようになったのは夜遅くだった。それでもまだ、色々と話すことはたくさんあるらしいけど……それは大人が話すことなので、とりあえずあたしはお役御免ってとこかな?
「蘭李!」
迎えに来てくれたお母さんと病院を出るとすぐ、慎が立っていた。手にはスクールバッグが二つ握られている。その内一つをあたしに差し出してきた。
「これ………」
「ありがとう。慎くんはケガしてない?」
「うん。その………ごめん」
申し訳なさそうに頭を下げる慎。お母さんには、先に車に行ってもらい、あたしは慎からバッグを受け取った。
「大丈夫だよ。轢かれなくてよかったね」
「うん………本当にありがとう」
「何がありがとうだよ………」
突然の聞き慣れた声に、あたしと慎は同じ方へ顔を向けた。病院の正門から歩いてくる人影。あたしの背後から差す病院の明かりとは対照的に、その人物がいる方は暗いため、判別に時間がかかった。
やっとその人は照らされ、あたしは顔を確認する。黒髪に赤い目の男子。
「し……朱兎?」
そう。朱兎だった。朱兎はいつもの明るい雰囲気からは到底想定出来ないほど、こっちを睨み付けていた。
「お前………二度とオレ達に近付くな……!」
朱兎が睨んでいたのは、慎だった。しかもその言葉には、明らかな怒り……いや、それ以上の殺意が含まれていた。
こんなに静かに怒る朱兎って、久しぶりに見たかも………。
慎もその雰囲気に圧倒され、少し後ずさった。慌ててあたしが、朱兎の前に立つ。
「朱兎! そんなに怒らなくても………」
「いいから消えろ」
冷たく低い声が響いた。あまりの恐怖に、あたしも固まってしまう。
い、今の………朱兎が言ったんだよね……? こんな声はさすがに初めて―――まるで、蒼祁みたいな………。
「…………分かった」
慎が横を通りすぎた。スタスタと、夜の闇の中へと消えてしまう。追いかけた方がいい気もしたけど、そんなこと出来なかった。
あまりにも、慎を睨む朱兎が、怖かったから………。
「………………朱兎?」
いつまでも闇を睨む朱兎を、なるべく小さい声で呼んだ。朱兎はゆっくり首を動かし、真っ赤な目であたしを見下ろす。しばらくそのまま時が過ぎた。
「………………よかった………」
ポツリと呟く。朱兎は俯いて、ぽろぽろと涙を流し始めた。突然の涙に、リアルに驚くあたし。
「え⁈ ちょちょっと……! なんで泣いてるの⁈」
「蘭李まで何かあったら……オレ………!」
そこまで言って、ハッとしたような表情になる朱兎。急いで涙を拭い、あたしから顔を逸らした。その行為で、余計に気になってしまった。
「ねえ朱兎………誰かは何かあったってこと?」
ビクッと朱兎の肩が上がる。その反応で確信した。回り込み、朱兎の顔を覗きこむ。また顔を逸らす朱兎を、しつこく追いかけた。
「ねえ、誰がどうなったの?」
「別に誰も………」
「ウソつけ。じゃあなんで顔逸らすの」
「それは………」
「答えてよ朱兎ッ!」
朱兎の両腕を掴んで叫んだ。再び肩を跳ね上げる朱兎を見上げ、静かに問いかける。
「なんで……そんなつらそうな顔してるの……?」
見開かれた真っ赤な目には、大量の涙がたまっていた。
「え………?」
溢れ落ちる涙。自分で気付いてなかったようで、朱兎はぺたぺたと頬を触った。
「なんでまた………!」
「ねえ朱兎………一体誰なの? 何に対して泣いてるの……?」
口をつぐむ朱兎。しかし、涙はさらに溢れた。必死に拭っても拭っても、涙は止まらない。そんな朱兎の手を、あたしは握った。
「朱兎………なんでそんなに泣いてるの……?」
「うっ………うわあああああああん!」
ついに大声で泣き始めた。朱兎の手をぎゅっと握る。
何がこんなに朱兎を苦しめているんだろう。一体誰に、何があったのだろう。朱兎が悲しむ人物といえば……。
「………………………蒼祁……?」
その瞬間、朱兎の体がピタリと静止した。
14話 完
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