14話―②『目的』
「…………で? どういうこと?」
今日は初登校日だったから始業式のみ行われ、あたし達は午前で下校することが出来た。そこであたしと慎は、校舎裏のとある一角に来ていた。
ハク達やクラスメイトのみならず、色んな生徒から好奇な目で見られ、正直キツい。それでも慎は、平然としていた。まるで他人事のように、平然と視線の中を歩いていた。だからあたしは睨み付けた。
「ちゃんと仲良くなりたいなんて……」
「言葉の通りだよ」
慎は校舎の壁にもたれた。
言葉の通りって………そもそも、あたしのことを覚えていたのにも驚きなんだけど。
慎の隣にいる蜜柑も、疑惑の視線を慎に向けていた。あたしの背後にいる睡蓮も、おそらく同じような反応をしているのだろう。
「でもその前に………アンタに謝らなきゃいけない」
「謝る?」
車の走る音が塀の外から、野球部の掛け声が校舎反対側のグラウンドから聞こえてくる。だけどここは、切り離されたように静かだった。
じっとあたしを見据える慎。あまり馴染みがないからか、白い瞳からは若干の恐怖を感じる。
「おばあさんが殺された時………僕の夢は正夢にならなかったと思い込んでいた。その現場を見ていなかったから。だから、それでも殺されたってことは、ただアンタの力量不足だと思った」
その言葉で、あの時のことが思い出された。
――――――もしあの時、あたしが早く銃の引き金を引けていれば、慎のおばあさんは殺されずに済んだ。本当に申し訳ないと思うし、でもだから、あんまり慎には会いたくなかった。
「でも、違ったんだ。アンタのせいじゃなかったんだよ」
「え……?」
耳を疑った。慎は至って真面目に話している。
あたしのせいじゃない? そんなバカな。だってあの時、慎は部屋にいて、とてもあの瞬間を見れる状況じゃなかったのに……。
「おばあさんの部屋に監視カメラがあるの、気付いた?」
「………ああ……そういえば……」
たしかにあった。天井の隅っこに。変だなぁとは思ってたけど……。
「それを通して、
――――――へ……? お、お母さん……?
「あの時、僕の部屋にいた母さんは突然、部屋に隣接する『奥の部屋』へと入っていった。当時はそこがどんな部屋なのか、僕は知らなかった。でもこの間、中を覗いてみたんだ。そしたら……」
一瞬躊躇って、だが慎は静かに言葉を綴った。
「家中を映すたくさんのモニターが、そこにはあったんだ」
予想外の言葉すぎて、絶句。蜜柑も目を見開いていた。あたしはゆっくりと、その言葉の意味を理解する。
モニター……? 家中を映している……? ってことは、おばあさんの部屋も映っていたってこと……?
つまり、お母さんがあの時そこにいたってことは………つまり……―――――。
「………モニターを通して、正夢になったってこと?」
慎はコクりと頷いた。
「その日、母さんも夢を見ていたんだ。おばあさんが殺される夢を。母さんとおばあさんは本当の親子なんだ。それなのに、それなのに母さんは……!」
俯き、悔しそうに拳を握り締める慎。一方あたしの中には、恐怖と怒りと、少しの安堵が生まれていた。
劉木南の夢の凄まじさに対してと、実の母親を殺す精神に対してと、あたしだけのせいではないという事実に対しての。
――――――………最低だね。
「だから、おばあさんはアンタのせいじゃなかった。ごめん。アンタに八つ当たりして……」
「いや……あたしも、守りきれなくてごめん」
しばらく、沈黙が流れた。人が来る心配はないけど、何となくそわそわしてしまう。
――――――正直に言おう。慎と、何を話せばいいか分からない。
何回も言うように、別にあたしは慎と仲がいいわけではないのだ。ただ、名前を知っているくらいなだけ。そんな関係なのだ。いくらわだかまりが解消されたからと言って、いきなり親しくするのはちょっと………。
「それで、僕がここに来た理由なんだけど」
突然話題が変えられた。
えっ……この空気で続けるんだ………意外と慎は気にしてないのかな。
「実は、劉木南の力を制御出来る方法が見つかったんだ」
「え?」
力を制御する方法? 力って夢のことだよね。
ということは、夢を見ても正夢にさせないようにすることが出来る、みたいなことかな? それが出来れば万々歳だね。
「どうやら、僕の力に対して抵抗を持つ人が、世界にただ一人いるらしくて。その人と一緒になれれば、力は制御出来るんだって」
「せ……世界にただ一人⁈」
嬉々として話す慎だが、その内容はとても途方もないものだった。
要は、そのたった一人を見付けないといけないってことだよね⁈ それってとんでもなく大変なことだよね⁈ 日本だけならまだしも、世界にただ一人って……気が遠くなるような話だよ⁈
そう話すと、慎は遠い目をしながら呟いた。
「そう。途方もない話なんだよ……」
「もはやそれって、事実上不可能ってやつじゃないの……?」
「でも、母さんもおばあさんも見つけたんだよ。だから可能性はあると思う」
うっそ……すご。そう思うと、案外いけるのかもね。
「で、アンタに手伝ってほしいなって……」
「やめておけ」
急に反対したのは蜜柑だった。蜜柑はふよふよと、あたしの前に浮遊してくる。
「こやつの力を忘れたか? もしこやつの夢におぬしが出てくれば、殺されるのじゃぞ?」
「たしかにそうだけど……」
「そこまでこやつに尽くす必要はなかろうよ。可哀想じゃが、断るべきじゃ」
「……なに?」
不審な目で見てくる慎。あたしは返答に詰まってしまった。
蜜柑の言うことも、もっともだ。夢に出てきたら最後。生きていられるとは考えにくい。
けど……簡単に見捨てるようなことも、あんまりしたくない。たしかに慎とは特別仲がいいわけじゃないけど、でもなんか、見殺しにするようでちょっと………。
おそるおそる、慎を見上げた。
「あのさ、もしあたしの夢を見たら……」
一瞬ポカンとする慎。しかしすぐに納得してくれた。
「ああ、じゃあその日は家から出ないようにするよ。それなら安心だろ?」
「まあ……」
「駄目じゃ! 今すぐ断れ!」
「蜜柑姉! 少しくらい協力してあげても……」
「人探しなど一人で出来るであろう! むやみに不安因子を増やすでない! 他の連中にも手間をかけさせることになるぞ!」
「でも、夢見たら家から出ないって言ってるし……」
「駄目なものは駄目じゃーっ!」と叫ばれる。止めに入る睡蓮も耳元で騒ぐもんだから、うるさいったらありゃしない。
あーもう……! 鼓膜破れちゃうよ!
「……さっきから一人で何やってるの?」
耳を塞いだのがまずかったか、さらに不審な目で慎に見られた。いつものメンツは分かってくれてるから、なんだかこんな感じは久しぶりだ。気をつけないと。
「なんでもない」と言い、あたしは慎に向き直った。
「いいよ。あたしだけじゃなくて、誰かの夢を見たら家から出ない。この条件を守ってね」
「分かった。ありがとう」
「そんな口約束信用出来るか!」
「蜜柑姉落ち着いて!」
「あともう一つ頼みがあるんだけど……」
「まだあるのか! 図々しいぞ貴様!」
蜜柑の怒声。彼女はなんとか睡蓮になだめてもらおう。今は慎の方に集中だ。
「アンタ、男の子と一緒にいたよね? 武器……って言ってた気がするんだけど……」
「ああ……コノハのこと?」
「たぶんそれ。それって武器なの?」
「えーっと……」
コノハのこと、魔具のことをざっと説明した。はじめは驚いていたが、意外とすんなり信じたようで、目を輝かせながらとんでもないことを言い放ってきた。
「僕も魔具が欲しい!」
「…………」
一瞬、こいつバカなんじゃないかと思った。
「魔具があれば、アンタの負担も減るだろ?」
「そうかもしれないけどね……魔具なんてそこら辺にあるものじゃないんだよ?」
「僕の探す人よりは見つけやすいだろ?」
「いやあ……むしろ逆だと思うけど……」
というかそもそも、慎が魔具を持っても意味ないんじゃないの? むしろ持たなきゃいけないのはあたしとか、周りの人達じゃないの? そうだよね?
「そういうわけだから! お願い!」
両手を合わせて懇願してくる慎。
う………まあ……ついでと思えばいっか……。
「分かったよ」
「よし! じゃあ早速探しに行こう!」
「えっ⁈」
いきなり手を握られ、思いっきり引っ張られた。ずんずん歩き始める慎に引かれる。
「ちょっと! 今から行くの⁈」
「ああ。早く見つけたいから!」
「どっちを⁈」
「両方!」
別にいいけどさ……なーんか自分勝手だなあ。振り回されないといいけど……。
そしてあたしと慎は、学校から街中へと向かった。
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