12話ー②『魔法図書館』

「怪しいのーきさま」



 じろじろと全身をくまなく見られる。正直良いものではない。危ないものなんて持っていないのに……いつになったら解放してくれるのだろうか。

 自宅から電車とバスを乗り継いで約二時間半。観光地の外れにある鳥居の奥の、木製の小さな一軒家。初めてこれを見たって、到底図書館だとは思えないだろう。俺もそうだったし、何度も夏に訊き返した。最後には「しつこい男は嫌い」とまで言われる始末。

 ちらりと横目をやる。朱兎はやはり、驚いたように建物を見上げていた。が、何となくいつもの元気は無いように見える。

 一体何かあったのだろうか。蒼祁と喧嘩でもしたのか? この双子が喧嘩するとは思えないが。そうだとしても、図書館に来る意味も分からない。



「図書館で話す」



 朱兎はそう言って、俺の条件を飲んだ。

 いやいや、君はそんな条件を出せる立場ではないんだよ。今この場で話してくれよ―――と、言いたいところだったが、何となくそれはやめた。そして俺達は、この図書館に訪れたのだった。

 入って早々、受付らしきカウンターにいた一人の女。背は小さいが年は成人だろう。茶髪を一つに結んでいる女は、ガタリと立ち上がると、俺の前まで来て、眼鏡越しに桔梗色の目を覗かせた。



「きさま、人間だな?」



 一瞬で見破られた。図書館を管理するだけあって、さすがにプロか。不審な視線を向けてくる彼女に、俺はメルを紹介した。



「俺は人間だ。だけど、天使と契約しているんだよ」



 メルがお辞儀をすると、女がメルを見据える。しばらく俺とメルを交互に見た後、嘲笑混じりの言葉を発した。



「寝言は寝て言え。人間」



 ――――――寝言だと?



「天使と契約? わしの目は誤魔化せんぞ。きさまはただの人間だ。魔力者とも天使とも関係の無い、本当に、ただの人間だ」



 沈黙が流れた。女はともかく、朱兎にも疑いの目で見られている。恐らくメルは、ハラハラしているだろう。

 以前はこんなこと言われなかったのに。前とは人が違うのだろうか。そうとしか考えられないか。

 ――――――マズイな。ここで変に疑われると、朱兎を通して蒼祁に怪しまれる。そうなれば………。

 ――――――仕方無いか……。



「そう。実は、契約はしてないんだ」



 潔く嘘を認めた。女の睨みが強くなる。



「何故嘘を吐いた?」

「説明するのが面倒だからだよ」

「説明?」

「ああ。何故俺が天使といるのかをね」



 女は探るように、俺を見る。しかし、しばらくするとニヤリと笑った。



「良いぞ。図書館に入っても」

「え? いいのかい?」

「ああ。ただし、天使は入れぬぞ」

「……分かった」



 俺と朱兎は女に連れられ、カウンター奥から地下への階段を降りた。

 案外アッサリ通してくれるんだな。もう少し問いただされると覚悟していたけど。やはり人間、正直が一番なようだ。心がけよう。

 南京錠のついた重々しい扉を開け、俺達は図書 館の中へと通された。



「うわあ……」



 中は、沢山の本棚と、そこに収納されている沢山の本で敷き詰められていた。まさに圧巻。記憶よりも大分多い。以前来た時よりも増えているんだろう。



「貸し出しはしておらぬ。本を破損させたら相応の支払いを要求するからな」

「分かった。ありがとう」



 女は部屋から出ていった。興味津々に辺りを見回す朱兎は、近くの本棚へと近付いた。



「すごい……! こんなにあるんだ……!」

「凄いよね。でも目的のものを探すのは大変だろうね」

「頑張る!」



 意気込んだ朱兎は、早速本を手に取り始めた。

 まさか彼は、一人でこの量の本から、目当てのものを探し出すつもりなのか? じゃあ何のために俺は連れてこられた? まさか、ただの道案内のため? 嘘だろ?

 熱心に本を漁る朱兎を、覗き込むように背後から声をかけた。



「手伝おうか?」

「え? ううん! いい!」

「こんな量を一人で捌いてたら何日かかるか分からないよ? それに……」



 本へと手を伸ばすその腕を掴んだ。朱兎の赤い目が、戸惑ったように俺を見上げる。



「約束、したよね?」



 ――――――何故ここに来たかったのか、ちゃんと話すと。

 静寂。大量の本のせいか、空気は重たく感じた。朱兎は俯きながら、腕を下ろしていく。そっと解放すると、くるりと背を向けられてしまった。



「………………病気……」

「え?」

「病気の本、探したくて………」



 いつもの朱兎からは想像も出来ない程、か細い声だった。震えていたし、泣き出しそうなのかもしれない。

 それに………病気の本?



「もしかして……何か患っているのかい?」

「………うん……」



 突然告げられた真実に、驚きを隠せない。

 朱兎が病気? あの元気な朱兎が? 信じられない。

 朱兎の背中は、微かに震えていた。その背に俺は、慎重に問いかけた。



「かなり重い病気なのかい?」

「………うん」

「病院には言ったのか?」

「………一応。でも分からないって……」

「分からない?」

「何の病気かも、分からないんだ………」



 それ………新種の病気ってことか? だから……何か手がかりが無いかと、自分で探そうと図書館へ来たのか……。

 だが……どうして蒼祁に隠しているのだろうか。迷惑かけたくないとか、新種だから話しても無駄だとか、朱兎が思うとは思えないんだが……。



「どうしよう………時間が無いのに……!」



 縮こまった背中がさらに震えを増す。こんなにも弱々しい朱兎を初めて見た。

 無理もないか。病魔に襲われ、治す術も無く、ただ死を待っているだけなんて………しかもまだ、二十歳にも満たない子供が―――。



「………朱兎。とりあえず皆に話そう。誰かしら役に立つ情報を持っているかもしれない」

「それはッ……ダメッ!」



 急に振り向いた朱兎が、勢いよく俺の胸ぐらを掴み上げた。焦った赤い目は、ゆらゆらと揺れ動いている。



「ダメ………言っちゃ……!」

「どうして駄目なんだ? 人が多い方が解決する確率は上がるだろう?」

「言っちゃダメ! 絶対に!」

「だから何故?」

「ッ………」



 何も言わず黙りこむ朱兎。溜め息を一つ吐いて、俺を掴む朱兎の手を離した。



「分かった。言わないでおくよ。その代わり、ここでの本探しも手伝わない」

「………うん」

「本当にそれでいいのかい?」

「…………………うん」



 ほっとしたような、残念そうな、そんな表情の朱兎は、再び本と向き合った。黙々と、目当ての本を探して歩き回る。俺は壁にもたれてその光景を眺めた。

 そこまで秘密にしたい理由が分からない。が、そこまで俺が介入する理由も無い、と思った。朱兎の反対を振り切ってまで彼の秘密を暴露し、彼を助けるメリットは無い。

 そのはずだから・・・・・・・俺は朱兎を・・・・・見捨てた・・・・

 誰かがこれを知れば、「ひどい奴だ」と怒るんだろう。特に蒼祁や蘭李には酷く怒鳴られそうだ。

 だが―――。



「………図らずも、ってとこかな?」



 蒼祁や朱兎は、警戒心が非常に強い。居候しているにも関わらず、未だに俺を信用していないらしい。

 そんな二人がもし、勘づいてしまったら――――――。



「………俺はラッキーなのかな」



 これが吉と出るのか、凶と出るのか。だけど、絶対に成功させてみせるよ。その為に俺は、生きているんだから。



「俺の、生きる目的なのだから………」



 結局その日、帰宅したのは満月の輝く夜八時だった 。蒼祁に怪しまれたのは、言うまでもない。







12話 完

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