11話ー⑩『味方か敵か』

 本人以外、何が起きたのか分からなかった。轟音がし、一瞬視界が真っ暗になる。そして、視界に映った光景に、白夜達は息を飲んだ。



 魔警察の女三人が、倒れているのだ。



「なっ……何が……⁈」



 闇属性の白夜も驚いていた。直人は、静かに地に降り立ち、翼は仕舞われた。疑念の視線が彼に集中する。直人は辺りを見回し、ある一点でピタリと静止した。



「やっぱり、アンタはしぶといな」



 視線のその先には、青いドーム状の壁があった。次の瞬間、それは崩れ消滅する。中には、蒼祁と朱兎がいた。



「あれは……」



 思わず白夜から声が溢れる。何故なら、蒼祁の髪は目の色と同じ、真っ青に染まっていたからだ。



「以前もそんな感じになってたな……それが『シルマ学園』で得た力か?」



 直人が興味深そうに蒼祁を探る。蒼祁はと言うと、汗をかいて苦しそうに息を上げていた。兄の腕の中に収まっている朱兎は、心配そうに兄を見上げる。その瞬間、髪の色はもとの黒に戻った。



「アニキ!」

「お前は下がってろ……」



 何とか立ち上がろうとするも、足に力が入らないのか、すぐに崩れ落ちてしまう蒼祁。おぼつかない彼を支えようとする朱兎の真っ赤な目は、今にも泣き出しそうなほど潤んでいた。見たこともないほど弱っている蒼祁に、白夜達は唖然としてしまう。



「百パーセントまではいってないだろうが……こうも耐えられるとは。やっぱアンタは強いんだな」

「なんだ急に………褒めやがって………気持ち悪い……」

「今にも死にそうなのに、虚勢だけは張るんだな」



 スタスタと直人が蒼祁に近付いていく。兄を守るように、朱兎が二人の間に立ち塞がった。



「アニキに近付くな!」

「アンタはピンピンしてるんだな。てっきり兄貴と同じ思考だと思ったが……」

「………?」

「弟は兄貴と違って、オレの味方ってことだ」



 蒼祁が直人を睨み上げる。瞬間、朱兎が駆け出した。直人へ拳を振り下ろす。ギリギリで避けた直人は、その回転した勢いで朱兎の脇腹を蹴った。朱兎が吹っ飛んでいき、ビルの壁に激突した。



「朱兎がてめぇの味方だと……? ふざけてんじゃねぇよ……!」

「あの魔法にかからなかったということは、そういうことなんだよ」



 蒼祁からコノハへ、直人は視線を向ける。コノハにつけられた手錠や足枷は、蒼祁の疲弊によって、ちょうど消え去っていたところだった。自由になったコノハは立ち上がり、手首や足首をくるくると回しながら直人を見る。



「そいつを倒してくれてありがとう」

「心のこもってない謝意だな」

「そんなことないよ」

「まあいい。それより、お前をどうするかの方が問題だな。悪魔と手を組んだ魔具をな」

「もう手を切ったし」



 ぼそりとコノハが呟いた。直後、嘲笑するように直人が笑う。



「前科持ちの言葉なんて、誰が信用する?」

「……あんたには関係ないじゃん」

「ああ。お前のことなんかどうでもいい。悪魔と手を組もうが、そのせいで殺されようが、オレには心底関係無い話だ」

「なら―――」

「だがその状態で華城に近付き、結果白夜に近付くことが許せないんだよ」



 直人が地を蹴った。再び翼が生え、一直線にコノハへと飛んでいった。勢い任せに首を掴まれたコノハは、原型を保っているコンクリートの地面へと押さえ付けられる。キリキリと首を絞める手首を掴むが、力の差は圧倒的だった。直人はコノハへと顔を近付ける。



「こんなあからさまな不安因子を放っておくわけないだろ?」

「やめろ直人!」

「白夜。こいつなら白夜の隙を突くことなんて容易いよ。先に芽は摘んでおかないと」

「コノハはそんなことしない!」



 視線は移された。妖しく光る紫の目が、白夜を捉えた。その圧に、若干たじろぐ白夜。



「既に華城もちぬしを裏切ったのに?」

「っ……それは何か訳が……」

「『きっかけは小さなことだった。だがそこから生まれた憎悪は、大きくなりすぎた』」



 淡々と話す直人。白夜達の目に戸惑いの色が浮かぶ。



「そんな話はよく聞く。特に悪魔と関わった時にはな。何を言われて白夜に憎悪が向くか分からない。だから放っておけないよ」

「そんなこと言ったら………誰ともいれなくなるじゃんか」

「そうだ。だからオレは人を信用しない。勿論、白夜や拓夜も例外じゃないよ」

「結局、影縫さんもそんな人なんだね」



 予想外の声に、全員が振り向いた。視線の先、倒れる魔警察の方から、蘭李が歩いてきていた。彼女は真っ直ぐに直人を見据えている。その背後には、蜜柑も浮遊していた。



「みんな大丈夫?」

「大丈夫だけど………蘭李は?」

「あたし? あたしケガなんかしてないよ?」



 あっけらかんとする蘭李。その反応に、逆に白夜達が戸惑ってしまう。蘭李は辺りを見回して、蒼祁に目が留まった。彼は未だ苦しそうに呼吸をしている。



「………まさか、影縫さんが?」



 驚いたように直人に振り返る蘭李。信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていた。



「そう。オレがやった」



 不敵に笑いながら、直人が首から手を離した。すぐにコノハが逃げようとするが、自身の影から生えた両手によって再び押さえ付けられてしまう。そんなことも見向きもせず、直人は蘭李に向き直った。



「案外双子も大したことないんだな」

「…………どうやってやったのかは分からないけど、蒼祁を止めてくれたことには感謝します」

「魔具と似て、心のこもってない礼だな」

「コノハを離してください」

「断る」



 刹那、蘭李が跳躍した。一気に直人との距離を詰めていく。しかし直人の目の前で、影の壁に阻まれてしまった。すぐに蘭李は後方へ跳ぶ。



「アンタが金輪際白夜と関わらないってんなら良いけど」

「イヤ」

「じゃあ無理だな。諦めろ」



 直人が指をパチンと鳴らす。すると、彼の影から幾多の烏が飛び出していった。黒く塗り潰された烏達は、蘭李に負けないくらいのスピードで彼女に突っ込んでいく。首筋や頬、腕、足など、彼女の身体中を羽がかすめ、血が流れていく。



「直人ッ! 止めろッ!」



 堪らず白夜が叫んだ。しかし直人は聞く耳を持たない。くるりと踵を返し、拘束されているコノハを見下ろした。



「チッ……! くそっ!」



 白夜は駆け出した。直人とコノハの間に立ち塞がり、鋭く直人を見上げる。



「直人。止めろ」

「いくら白夜の頼みでも、今回は駄目。これは野放しにしちゃいけないものだよ」

「コノハは物じゃない。これとか言うな」

「物だよ白夜。これは魔具だ。やっぱり親密になりすぎたんだね」



 ――――――――――――グチュッ



「ああああああああああああああああああああッ!」



 白夜の背後から悲鳴が上がった。彼女が振り向くと、コノハの腹に太刀が刺さっていた。傷口からドクドクと真っ赤な血が流れ、コノハは苦しみに悶えている。白夜の顔が青ざめた。

 何故ならその太刀は、彼女がたった今まで背負っていたものだったから。



「ゴメンね白夜。ちょっと借りちゃった」



 白夜の影から伸びる手によって、太刀が勢いよく引き抜かれた。血が飛び散る。コノハが傷口を押さえると、その震える手は赤く染まっていった。



「コノハアアッ!」



 蘭李の叫び声が木霊する。再び振り下ろされようとする太刀に白夜は飛び掛かった。槍耶も白夜に加勢し、雷はコノハのもとへ駆け寄る。蘭李は未だ烏にまとわりつかれていた。暴れる影を押さえながら、白夜は直人を睨み付ける。



「直人ッ! いい加減にしろッ!」

「白夜。目を覚ますんだ。これと関わっていたら危険だ」

「コノハは危なくないッ!」

「例えばこれが白夜に危害を加えた時。華城、アンタはどう責任を取るつもりなんだ?」



 烏達が影の中へと消えていく。その瞬間に蘭李は直人目掛け一直線に走り出した。しかし傷のせいか、先程までよりスピードが遅く、それ故簡単に避けられてしまった。避けた直人が彼女の首を掴み、そのまま宙に浮かせる。



「白夜だけじゃなく、ここにいる友達全員だ。こいつらは魔力者家系。悪魔と関わっていた魔具を信じた結果、傷つけられたなんて聞いたら………間違いなく殺しに来るだろうな」

「コノハはッ……そんなことしないッ……!」

「根拠も無しに?」

「あたしがッ!」



 息苦しそうに叫ぶ蘭李。黄色い目を光らせ、首を絞める直人の手首を掴んで言い放った。



「あたしが……銃を使わなければ……ッ……コノハは今まで通りなんだよッ……!」



 沈黙が流れた。直人はじっと蘭李を見上げている。その手を離す気はないらしく、その間彼女は何とか離れようともがいていた。一方白夜と槍耶が止めている腕は、段々と力が緩んでいった。警戒しながらも、二人はその手を離す。



「……………ふーん」



 直人が静かに呟く。次の瞬間、太刀を握る手に再び力が入った。突然のことで、白夜と槍耶は反応出来なかった。刃がコノハへと振り下ろされる。傍に雷もいたが、体が動いた時には既に遅かった。蘭李がアウターのポケットに左手を突っ込む。掴んだ「それ」を、すぐに取り出した。



 ――――――――――――パアンッ



「………………………え………?」



 驚きの声を上げたのはコノハだった。太刀はコノハの顔寸前で止まっており、一拍遅れて白夜達がそれに掴みかかる。



「…………ごめんコノハ。銃、使っちゃった……」



 蘭李の左手には、拳銃が握られていた。銃口は直人の頭部へ向けられ、細い硝煙が昇っている。しかし直人の眼前には影の壁が作られており、銃弾は間一髪免れていた。



「でもコノハを守るためには……」

「『使わなきゃいけなかった』。そう言いたいんだろ?」



 影の壁から手を伸ばした直人は、蘭李の持つ拳銃を掴んだ。直後に発砲されるが、弾は真っ赤な夕空へと飛んだだけだった。



「結局使うんじゃないか。ならやはり魔具は信用ならない」

「アンタがこんなことしなきゃ……!」



 太刀を握る影が再び蠢き出す。何とか押さえ付ける白夜だが、逃げられるのも時間の問題だった。海斗が直人へ水流を飛ばす。影がそれを拒んだが、突然フッと消えてしまった。彼の表情が途端に険しくなる。



「チッ……! 時間か……」



 蘭李を投げ捨て、コノハへと駆け出す直人。太刀を持つ影も、コノハを拘束していた影も消えていた。驚きつつも、白夜と槍耶は直人に向き直る。



「白夜どいて!」

「断る!」

「そんな魔具庇うな! 騙されているんだよ!」

「コノハを知らないお前が何言ってんだよッ!」



 白夜が太刀を振るう。屈んで避けた直人は、白夜の脇を通り過ぎた。しかし眼前に土の壁が立ちはだかる。舌打ちをし、槍耶へと焦点を合わせた。



「邪魔するなッ!」

「こんなのおかしいですよ!」

「おかしくないッ!」



 槍耶の顔へと拳を叩き込む直人。だが、ギリギリで受け止められてしまう。その背後から、白夜が直人の首を腕で絞めた。そして彼女は、土の壁へと叫ぶ。



「コノハッ! 逃げろッ!」

「白夜ッ……! やめるんだ……!」

「手負いのお前を守りきれる自信はない!」



 コノハはむくりと起き上がる。雷を見ると、コクりと頷かれた。少しの間静止し、立ち上がる。壁から出て、蘭李の方へと駆け出した。



「蘭李ッ! コノハ連れてけ!」

「―――分かった! ありかとうみんな!」



 直人も追いかけようとするが、海斗の放った氷柱が太ももに突き刺さり、思うように動けなくなってしまった。コノハは蘭李のもとに着くと、苦しそうに息を整えた。



「大丈夫? コノハ、一度剣に戻った方が……」

「いい……」



 蘭李がコノハの手を掴む。が、すぐに振り払われてしまった。不審がった蘭李に、コノハは鋭く睨み付ける。



「ねえ………なんで約束破ったの?」

「え?」



 突然の問いかけに、思わず体が硬直する蘭李。早く逃げなければと焦る気持ちもありつつ、だが冷静に答えた。



「だから、コノハを助けるために……」

「僕そんなこと言ってないよね?」

「お前ら早く逃げろよッ!」



 白夜が叫んだ。蘭李は無理にでもコノハを連れていこうと手や腕を掴むが、すぐに離されてしまう。



「コノハ! 今はとりあえず逃げるよ!」

「ホントに蘭李って僕のこと分かってないね」

「コノハッ! いい加減にしろッ!」

「それはこっちのセリフだよッ!」



 血が飛び散った。一瞬の予想外のことで、蘭李は目を見開く。目の前には、刃となった右腕を振り下ろしたコノハ。

 そしてその刃は、持ち主である自分の体を斬りつけたのだ。



「コッ………コノハッ……⁈」

「僕がいつ助けてくれなんて言った⁈ しかも銃で! そんなこと一言も言ってない!」



 叫びながら何度も蘭李に刃を振り下ろすコノハ。必死に避ける蘭李だが、初撃のダメージのせいか、どれも避けきれていなかった。ついには足を絡ませ倒れる。そこへ容赦なくコノハが刃を突き立てた。蘭李の左腕に緑色の刀身が刺さる。



「あああああッ!」

「ねえ……蘭李は僕をどうしたいわけ? 僕を殺したいの?」

「ちがッ……! ああア……ッ……!」



 ぐりぐりと刃が回る。蘭李の悲鳴はいっそう大きくなった。

 そこへ、朱兎が飛んできた。鋭くコノハを捉え、左腕を振り上げる。コノハも気付き、くるりと顔を向けた。



「ッ⁈」



 コノハに拳が当たる寸前で、朱兎の体は何かに殴り飛ばされた。後方の蒼祁の所まで吹っ飛ぶ。



「ったく……やるならやるって言えよな」



 コノハ以外の全員が、その声に驚きを隠せなかった。それはコノハの上空、真っ赤な空をバックに、黒い羽を広げて浮かぶ、黄緑色の髪をした青年―――。



 いや、悪魔であった。



「まあ間に合ったから、良しとするか」



 悪魔は、不敵に笑った。

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