9話ー⑦『怒り』

 弱い奴は嫌いだ。見ていてイライラするし、余計なことばかり引き起こす。弱いならでしゃばるな。むしろいない方が良いとさえ思う。



「心を読むのかー……一筋縄じゃいかなそうだね」

「そんな敵にどうやって勝てばいいんだ……?」

「無心で戦うとか?」

「そんなの無理だろ……」



 蘭李と紫苑が喋りながら前を歩いている。二人はそれぞれの武器を背負っている。その内片方は、腰にホルスターを装着している。



 ――――――これでみんなを助けられるなら、助けたい。



 ――――――――………ふざけやがって。



「ねぇ海斗。大会の時どうやって突破したの?」



 蘭李が振り向いた。何も知らないような、いつもの馬鹿っぽい顔。だが、それは偽りだった。

 最近、そればかり考えている。馬鹿か俺は……そんなこと考えたって意味無いだろ。

 そう、意味の無いこと―――。



「海斗?」

「蜘蛛は俺達の葛藤しか読み取らない。だからそれさえ無ければ倒せる」

「葛藤?」



 途端に二人は険しい顔をした。蘭李は大体予想出来るが、紫苑にもあるのか。面倒なことになりそうだな。



「大丈夫かな……なんか不安になってきた……」

「俺も……」

「紫苑も悩みあるの?」

「まあ………」

「やっぱみんなあるよね……」



 早くも通夜状態になる二人。蘭李は虚空に向かって何かを話しだした。先祖だという幽霊と話してるんだろう。もう見慣れた。



 ――――――銃の才能だけはピカイチだ。コノハを使うよりずっと強い。



 ――――――…………チッ。うるせぇな。



「海斗は? 悩みある?」

「はあ?」



 衝動的に蘭李を睨み付けた。蘭李はびくりと小さく震え、ちらりと横目をやった。視線の先の紫苑も戸惑っている。

 ―――落ち着け。これ以上突っかかったって無意味なことだ。



「………悩みは無い」

「あっ……えっと……そ、そうなんだ……さすが海斗……」



 完全に萎縮した蘭李は、不自然に笑った。その態度にすらイライラしてくる。

 その時、蘭李の背後に蜘蛛が見えた。木の幹に張り付いている。俺はすぐに銃を取り出し、蜘蛛に銃口を向けた。



 ――――――――パンッ



 発砲音が鳴る。だが弾は幹に食い込んだだけだった。蘭李と紫苑は振り返り、武器を構える。

 ――――――今のが当たらなかった? そんなはず無い。この距離で外すなんてあり得ない。



「うわっ! 気持ち悪!」

「こんなに大きいのか……!」



 蘭李が駆け出し、蜘蛛にコノハを振り下ろした。蜘蛛の体を刃が走り、緑色の体液が飛び散る。もろにかかった蘭李は、ドスンと尻餅をつく。その隣に傷付いた蜘蛛が落ちた。



「うっわ……! なにこれっ……!」

「大丈夫か⁈」



 紫苑が蘭李に駆け寄る。蘭李はアウターを脱ぎ、それで顔を拭いた。全て拭き取り一回だけ上下に振ると、濡れたアウターはもとの綺麗な状態に一瞬で戻った。



「……そうだね。しょうがないか……」



 アウターを着直しながらぼそりと何かを呟き、蘭李はコノハを鞘にしまう。続けてホルスターから拳銃を取り出した。俺の心臓がドクンと鳴る。



「お、おい。銃使って大丈夫なのかよ?」



 不安そうな表情で蘭李から一歩離れる紫苑。蘭李は拳銃をぎゅっと握ると、その銀の体をじっと見下ろした。



「人じゃないから……もしかしたらいけるかも」

「暴走するのはやめろよ……?」

「うん、分かってるよ」



 その返事を機に、多くの蜘蛛が現れる。紫苑は斧でなるべく体液が飛び散らないように斬り、蘭李は拳銃で蜘蛛の頭を撃ち抜いた。



 ――――――蘭李は頭を確実に撃ち抜くんだって。まさに一撃必殺って感じだよな。



 ―――――――そんなデタラメな才能があってたまるか。

 なら、俺は…………いくらやっても――――――。





「勝てるわけなどない」





 男の声が木霊した。紫苑と蘭李もピタリと静止し、驚いている。カタカタと、嘲笑しているような音も響いた。

 この感じ―――覚えがあった。



「俺のやってきたことは、無意味なことだった」



 カタカタという音が大きくなる。

 分かっている。誰がこんなことを言っているのか。だからといって、動くことは出来なかった。



「いくら努力しても、才能に勝てるわけないんだ」



 これは―――蜘蛛を通した俺の声だ。俺が思ってしまった、感じてしまった言葉だった。

 言うまでもなく、蘭李に対して抱いてしまった、無駄な嫉妬だ。



「か、海斗……なのか……?」



 紫苑がおそるおそる俺を見る。顔は強張っており、信じられないと言いたげな視線を送ってきていた。蘭李も同じだ。俺は深い溜め息を吐いた。

 どうせぺらぺらと喋られるなら、俺が全て話してしまおう。他人に言われるのは気に入らないしな。



「ああそうだ。俺の心の声を蜘蛛が喋ったんだ」



 ギロリと蘭李を睨みながら言い放つ。未だ何に驚いているのやら、蘭李は目を丸くしたままだ。



「心の声……? 今のが……?」

「何かおかしいか?」

「だ、だって………海斗が、そんなこと思うなんて……」

「思いもしなかったか? なんでだ?」



 視界のあちらこちらに蜘蛛が見えるが、無視した。どうせあいつらは襲ってこない。

 俺が迷いを断ち切らない限り―――永遠に。



「だって………海斗、強いじゃん………」

「強い? ハッ、よく言うな。俺に勝ったくせに」

「あれはだって………」

「銃だから、か? ふざけんじゃねぇぞ。だからこそ、思ったんだろうが」



 ズカズカと歩く。蘭李も距離を取るように後ずさるが、幹にぶつかって止まった。すぐ真上に蜘蛛がいることなんて気にも留めず、俺は蘭李の胸ぐらを掴み上げた。



自分がかわいくて・・・・・・・・何もしてこなかった・・・・・・・・・お前に、努力していた俺が負けたんだ………ムカつかないわけないだろ」

「そんなの………ただの逆ギレじゃん!」



 蘭李も俺を睨む。しばらく沈黙した。嘲笑は止み、葉の揺れる音が流れていた。

 分かってるんだよそんなこと。こんなのただの逆ギレであって、こいつに当たったところで何かが変わるわけではない。

 分かってるけどなぁ…………!



「………てめぇはその「事件」ってのから、一度も銃を使わなかったんだよな?」

「……そうだよ」

「ってことはブランクがあるわけだろ? それなのに、俺は負けたんだ。毎日毎日必死に努力している俺が、少なくとも一年以上はブランクがあるお前に!」



 拳に力を入れると、蘭李は俺の手首を掴んできた。カタカタと、再び笑い声が聞こえる。背後で紫苑が何かを叫んでいるが、聞き取れなかった。



「お前も特訓していたなら俺は何とも思わなかった。だが、お前は今まで逃げてきた。目を背けていた。そんなやつに俺は負けたんだよ。じゃあ、俺がやってきたことは無意味なことだったのか?」

「そんなわけないでしょ⁈」



 蘭李も手に力を入れてきた。黄色い目がギラギラと光る。



「ムダな努力なんてないはずだよ! それに、相手を殺せることだけが強さじゃないでしょ⁈」

「ハッ! そうやってまた馬鹿なことを……!」

「バカなことじゃない! 話せば分かる時だってある!」

「そんなこと言って殺されたらどうするんだよッ!」



 思いっきり蘭李を幹に押し付けた。苦しそうにむせるこいつなんて気にもせず、俺は力を入れたまま怒鳴る。



「てめぇは何も分かってねぇ! 殺さないように、話し合えば分かるなんてそんなの幻想だ! そして相手もそこにつけこむ! 改心したようなふりをして襲ってくる!」





 ――――――――――――本当馬鹿よね。





「ッ……!」



 不意に思い出した女の声に、思わず力が緩んだ。蘭李から手を離し、左手で頭を抱える。それでも、「あの声」は収まらなかった。

 チッ………うるせぇ………黙れ………!



「海斗……?」

「てめぇはよぉ……もしそんな判断をして仲間を死なせたら………どうするつもりなんだ?」



 途端に、蘭李の目が見開かれた。俺の方はというと、声は収まったものの、頭の隅に「あの時」のことがちらついてて鬱陶しい。

 やめてくれ……今思い出したら――――――。



「そ、そうなる前に……殺す……」

「結局殺すんじゃねぇか」

「ちがう! だってそれは、あっちがいけないから……」

「別に良いけどよ……。てめぇ、その判断が間に合うと思ってるのか? どんな時、どんな相手でも、仲間が殺される前に敵を殺せると?」

「ッ………」

「そんなのは馬鹿の考えだ。都合の悪いことは考慮しない、弱者の発想だ」



 ――――――そんな奴に、俺は負けた。

 ムカつく………こいつにも、俺にも………!





「なら、殺しちまえよ。そんな馬鹿なんてさ」





 異質な声が降ってきた。見上げると、黄緑色の髪をした黒和装の男が、黒い羽を背から生やして浮いていた。その黄緑色の瞳と目が合う。

 あぁ……あれは蘭李を狙う、悪魔――――――。



「お前……! なんでここに……⁈」

「海原。その方が、お前らの為でもあるだろ?」

「ふざけんな!」

「海斗、あんな奴の言うことなんて――――」



 背後から肩を引かれ、紫苑が俺の顔を覗き込んだ。直後、自身の顔をひきつらせる。そして蘭李を呼ぶと、こいつの顔も青ざめた。当然だろう。

 何せ俺は今―――笑っているんだ。



「海斗⁈」

「あぁ、たしかになぁ………こんなトラブルメーカー、さっさと殺しちまった方が俺達の為だな……」



 ――――――こんな俺みたいな馬鹿、いない方が周りの為だ。

 ならさっさと、死んじまうべきだよな?



 こいつも。





 ――――――――――――俺も。

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