7話ー⑥『毒』
左腕に痛みが生まれた。落ちていた槍を拾い、槍耶の銃へと柄の方を突き出す。槍耶は左手で柄を掴み、動きを止めてきた。再び銃口が向けられ、俺は右へと上半身を傾けた。さっきとは違い、銃弾は当たらなかった。俺は槍耶を睨み付ける。
「槍耶ッ! しっかりしろッ!」
「なんでッ……! なんで母さんを殺したんだッ! 海斗ッ!」
俺は槍耶の腹に蹴りを入れた。よろめいた槍耶の右腕を蹴る。奴の手から銃が離れた。
こいつは多分、洗脳されている。俺が母親を殺したという洗脳。その犯人は分かっている。六支柱の幻術使いのせいだ。幻術魔法には、洗脳魔法も入っている。そして魔法を解くには、術者を殺すか解かせるか、どうにか無理矢理叩いて戻すしかない。
術者は普通は近くにいるはずだが、気配が読み取れない。完全に放置されている可能性もあるか……面倒だ。
「槍耶ッ! お前は今洗脳されてるんだッ!」
「洗脳……⁈ 何を言っているんだ……話を逸らすなッ! なんで母さんを殺したッ!」
「お前の母親はとっくに死んでるだろッ⁈」
――――――――――ザクッ
反応したが遅れた。背後から右腕をかすめて地面に突き刺さったのは、手裏剣だった。すぐに振り返るが、誰もいない。
やっぱりいやがる………ひとまず槍耶は気絶させておくか……!
「ッ!」
足を握られた。視線を落とすと、土の手が俺の両足を掴んでいた。力が込められ、骨がギシギシと鳴っている。槍耶の魔法か……!
「母さんの仇……!」
俺は魔法を唱えた。真上に大量の氷柱が現れ、真っ逆さまに落ちてくる。土の手に氷柱が突き刺さると、手は消え失せた。自由になった俺は瞬時に氷柱を避け、銃を取り出した。逃げ惑う槍耶を見つけ、銃口を向ける。
「ぐッ………⁈」
トリガーを引こうとした瞬間、右腕に激痛が走った。何とか堪え、引き金を引く。銃弾は槍耶の左足に当たった。槍耶はその場に膝をつく。俺は銃を左手に持ち替え、右腕に視線を落とした。
さっきの手裏剣以外、特に何もされていない。なのに突然、激痛が走った。手裏剣に何か塗られていたのか? なら、長引くと面倒だ。
「許さないッ……! 許さないぞッ……! 海斗ッ!」
黒く濁った茶色い目を光らせて槍耶は叫ぶ。すると前方から再び、手裏剣が飛んできた。反応は出来るが間に合わない。右足に突き刺さった。抜こうとしたが、反射的に手を止めた。
――――――手裏剣は、真っ赤な血で塗りたくられていた。
その時、ふと思い出した。実際に戦ったことは無いが、本で読んだことはある。特殊魔法『毒』は、体内の血が毒になると。その血を浴びると、激痛が走り、感覚が麻痺すると。
「ハッ………ふざけやがって……!」
目の前に巨大な土の拳が迫ってきた。もろに食らい、俺は後方へと吹っ飛んだ。地面に背中を打ち付ける。すぐに起き上がり、銃をホルスターにしまう。ポケットからフォールディングナイフを取り出し、刺さっている手裏剣を、その刃で急いで引き抜いた。
親はよく、「一番相手にしたくない」と言っていた。その意味がよく分かった。もう二度と相手にしたくないな。
俺は立ち上がった。槍耶も立ち上がり、俺を睨んでいた。その隣には、土から生える腕がある。
「母さんを………母さんを返せぇええッ!」
その言葉に無性に苛ついた。向かってくる腕に、俺は左手を水平に振った。大きな氷柱が一つ飛んでいき、拳に突き刺さる。拳も氷柱も崩れた。俺は駆け出し、槍耶の胸ぐらを掴み上げる。
「てめぇさっきからそればっかだけどなあッ! お前がわざわざ進学校に通った理由は何だか答えてみろよッ!」
槍耶は目を見開いた。瞬間、右足にも激痛が走り、膝から崩れ落ちた。足に力が入らない。右腕も使いものにならない。
これはまずい。解毒剤を使おうと、ポケットから小さなスプレー管を取り出した。が、手裏剣がその手をかすめていった。俺は急いで足に吹きかけ、立ち上がる。
「母親が死んだってのを聞いて、魔力者であるのが怖くなったんだろ⁈ それはいつの話だよッ!」
「あッ………えッ………⁈」
槍耶が頭を押さえる。全身を震わせ、顔を青くしてうずくまる。俺はスプレーをしまい、まだ動く左手に魔力を込め、その場で水平に一回転させた。俺達を中心として、円周上に周囲が凍りついた。
それと同時に、宙へと飛び出してきた二人の人物。小学生くらいのスーツの男児と、高校生くらいのスーツの女子だった。
「きみはてごたえがありそうだねっ!」
小学生が叫ぶと同時に、そいつから大量の手裏剣が投げられた。ナイフで直撃は防ぐが、やはりかすり傷は免れない。二人は俺達の前に降り立った。
「たつみね、あんまりたたかわせてくれないからいっつもつまんないんだ! でもきょうはいいって! ねっ! いーちゃん!」
「当たり前でしょ。アナタボロボロになるじゃない」
自身を『たつみ』と呼んだ学生が、『いーちゃん』と呼んだ女子を見上げる。小学生の方は、両腕に切り傷がいくつもあった。
恐らく、あの小学生が特殊魔法『毒』の使い手だろう。あの傷口から血を流して―――チッ、イカれてるな。
小学生は青緑色の目をキラキラさせた。
「ねっ! きみなまえは?」
「辰巳、アナタ忘れたの? 彼は海原海斗。隣の、手裏剣刺さりまくっているのが鎖金槍耶」
「かーくんとそーくんだね! よろしくね!」
突然辰巳が、自分の左腕をナイフで斬りつけた。全く躊躇いはなく、痛がる様子もない。そして傷口から流れ出る血を、取り出した手裏剣にたらす。
ここまで躊躇が無いと、ある種恐怖を感じる。毒属性って奴等は全員こんななのだろうか。
「たつみね! とってもたのしみにしてたの! かーくんたちとたたかえるのを!」
「期待外れだったわね。ま、分かってたけど」
「そんなことないよいーちゃん! かーくんはつよいよ!」
黒い手裏剣は真っ赤に染まった。それを満足そうに眺め、辰巳は顔を上げる。満面の笑みを浮かべ、辰巳は腕を振り上げた。
「ふつうのひとよりはね!」
フルスイングで手裏剣が投げられた。だが、体は動かなかった。手裏剣が胸に刺さり、小さな痛みが生まれる。抜きたいが、もうどちらの腕も動かすことは難しかった。さっきの大量の手裏剣のせいで、俺の体は毒に犯され始めている。まともに動かすことも出来ない。
ちらりと横目をやると、刺さったものは全て抜き取ったみたいだが、槍耶にも毒が回り始めたみたいだった。苦しい顔を浮かべている。
高校生の女子はそんな俺達を真っ黒い目で眺めた後、辰巳の顔を窺った。
「そろそろ治してあげようか?」
「ううん! まだだいじょうぶ!」
「そんなこと言って倒れられても困るんだけど」
「いーちゃんはしんぱいしょうだなあ! だいじょうぶだよ!」
辰巳がピョンピョン跳びはね、元気さをアピールしている。結構な傷を負ってるっつーのに元気だな。最悪でしかない。早くくたばれ。
辰巳がわざとらしく、上半身を傾け俺の顔を覗く。竹のような色の短髪が垂れた。
「かーくんとそーくんってさ、たつみたちとおなじ『ひかりぐん』なんでしょ? ならやっぱり、ころすのはやめようよ!」
「何言っているの? この二人は雷様と同じ謀反者よ」
「でもめいれいはあしどめでしょー?」
足止め? 本気で殺すつもりはないってことか。単純に、双子を殺せる自信があるからか? それとも、他に何か理由が………。
辰巳が笑いながら近寄ってくる。
「だからこそ、たつみたちがよばれたんだし!」
「それは否定しないけど」
「ねっ! だからさ……」
青緑色の目を楽しそうに光らせながら、辰巳はナイフを握り締めた。
「たつみのどく、たっくさんあじわってね!」
ナイフは、辰巳の腹に突き刺さった。
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