6話ー⑦『悪魔』
「バラバラに刻まれた友達を見たら、あいつどんな顔するかなあ。次は自分だって恐怖するかなあ」
地面に磔のように押さえ付けられた白夜に、悪魔がゆっくりと近付いた。彼女は必死に抗っているが、全く動くことが出来ない。灰色の空をバックに、悪魔は不敵な笑みを浮かべる。
「あ、四肢をもいだ姿の方がショッキングか? 痛みに泣き叫ぶ友達を見て、あいつは何を思うんだろうなあ? 自分じゃなくてよかったって思うんだろうなあ」
「っざけんな……! てめぇ……!」
白夜は悪魔を睨み付けた。しかし悪魔は余裕そうにフッと笑い、黒い手と同じように、影で黒いナイフを作り出す。それを手に持ち、白夜の目の前でちらつかせた。
「まあ、お前は有無を言わさず殺すんだけどな。四回も邪魔されたらたまったもんじゃないからな」
「…………四代目……」
「あ?」
「なあ………お前……三回も邪魔されて………実は馬鹿なんじゃねぇの……?」
刹那、笑っていた悪魔の顔が硬直する。秋桜がやめるように白夜に叫ぶが、彼女は構わず続けた。
「一回目はまあ分かる……で、二回目はちょっと警戒するよな……三回目はさすがに予防線張るだろ……それでも尚邪魔されたってことは………お前が相当な馬鹿か、弱いだけだろ……」
悪魔が白夜の右腕にナイフを突き立てた。鋭い悲鳴が上がる。
「………だから?」
「今回もッ……お前は邪魔されるってことだよ…ッ……私になッ……!」
悪魔はナイフを振りかぶった。黄緑の瞳で心臓を捉え、一気に振り下ろす。
「――――――ッ⁈」
刹那、背後からの衝撃。悪魔の体は白夜を越えて、何かと一緒に前方の地面に転がった。
「食らえええええええええッ!」
悪魔を体当たりで突き飛ばした張本人である蘭李は、身体中から放電した。密着する悪魔に電撃が走る。ダメージのせいか、白夜を拘束していた手が消えた。
「てっ………めぇえええええええ! 華城ォオオオオオッ!」
悪魔が羽を広げ、真上に飛んだ。突然の圧力に、蘭李は空中で手を離してしまう。真っ逆さまに彼女の体が落ちていった。
「蘭李……!」
白夜が彼女へと右腕を突き出した。黒い手が現れ、落ちる彼女の体を掴んだ。ほっとしたのもつかの間、悪魔が急降下してくる。蘭李を掴む手は、急速に白夜のもとへと移動していく。悪魔もそれを追う。
「冷幻……! てめぇ!」
「お前私しか警戒してねぇけどなあ! 他にも邪魔するやつはいるんだよッ!」
突如悪魔に降り注ぐ氷柱。彼が急停止し見上げると、海斗が校舎の三階の窓から顔を出していた。そこから飛び降り、白夜のもとに駆ける。
「チッ………雑魚があッ!」
「雷ッ!」
海斗が叫ぶと同時に、悪魔が右腕を水平に振った。何本もの黒い手が、白夜と海斗に襲いかかる。蘭李は手から解放されたが、一角獣『ペガサス』に乗った雷に腕を引かれ、彼女の後ろに騎乗した。蘭李は振り向き、悪魔に向かって叫ぶ。
「来いやあッ! 悪魔あッ!」
「調子に乗りやがって……! お望み通り行ってやるよッ!」
悪魔が翼を羽ばたかせ、屋上に向かった彼女達を追いかけた。途中で黒いナイフを作り出し、それを握る右手を水平に引く。彼の眼光は、黄緑色に光った。
「これで終わりだ!」
悪魔が屋上の柵を通り越す。
その瞬間、柵から何かが悪魔に飛び付いてきた。
「ッ⁈」
それは紫苑だった。あまりに予想外すぎて、悪魔はバランスを崩す。紫苑を引き剥がそうと暴れるが、彼はしがみついて離れなかった。
「てめえッ……!」
「喰らえええッ!」
悪魔の体が一瞬硬直した。その瞬間、地上で暴れていた何本もの手が消える。悪魔は顔を上げ、蘭李を睨み付けた。
「図ったな……! 華城ォ!」
「あたしじゃなくてコノハと紫苑の案だけどねえ!」
蘭李が背からコノハを取り、ペガサスから飛び降りる。悪魔目掛けて真っ逆さまに落ちていき、彼にコノハを突き立てた。悪魔の背中から胸にコノハが突き刺さり、そこから電撃が放たれる。
「あああああああああああッ!」
悪魔から羽が消え、三人が落ちていく。雷が蘭李を、上から腕を掴んで助ける。悪魔の下にいる紫苑は、白夜の黒い手に掴まれて地上に降ろされた。
悪魔は体を地面に強く打ち付けた。何とか起き上がろうとするが、力が入らないようだった。白夜達は悪魔の傍に行く。
「ぐっ………てめぇら……舐めやがって……!」
「諦めろ悪魔。これで健治達も来れるようになったはずだ。お前の負けだよ」
「そう。その通り」
校舎の脇から、健治とメルが歩いてきた。二人の傍には睡蓮もいる。蘭李達も彼らの傍に降り、雷はペガサスを還した。メルが悪魔へ歩み寄り、鋭い目付きで彼に弓を構える。
「お手柄だったよ紫苑。君のお陰で、学校に張られていた結界を解くことが出来た」
「二度とあんなことしたくないけどな……いてて……」
「ごめん紫苑……大丈夫?」
「ああ……大丈夫だよ」
「さあ悪魔。大人しく捕まるんだな。お前には色々と訊きたいことがある」
「捕まる………?」
悪魔は健治に目を向け、次に蘭李を見る。そして突然フッと吹き出し、笑い始めた。その異様な姿に、全員後ずさる。傷だらけの悪魔は、黄緑色の瞳をギラギラと光らせた。
「お前らがオレを捕まえることなんて出来ない……! 捕まるとしたら、華城を絶望させて殺した時だけだ……!」
悪魔は不敵に笑った。真っ直ぐ蘭李を見据え、目を見開く。
「じゃあな………蘭李くん?」
悪魔が一瞬にして消えた。突然の出来事に彼らは驚く。
「消えた……⁈」
「瞬間移動……?」
「逃げたか……でもまあ、皆とりあえず無事で良かったよ」
健治が言うと、白夜達は一気に脱力した。雷や紫苑はその場にへたれこむ。
「俺魔法使えてよかった……本当よかった……!」
「海斗達、テスト大丈夫だったのか?」
「テキトーに済ませた」
「あの……みんなごめんね? あたしのせいで……」
「もーそれはナシナシ!」
「そうそう。でも、お前よく起きたな?」
「え? ああ、蜜柑さんがどんちゃん騒ぎしてね。さすがに睡眠薬でも起きれたみたい」
「我のおかげじゃ!」
「さすがお姉ちゃん!」
「やっぱり睡眠薬飲まされてたの?」
「うん。ホントムカつくよ! しかもチョコに混ぜるなんてさあ!」
「………え?」
「え?」
突然の皆の視線に、蘭李は戸惑う。何か変なこと言ったかな―――というような顔だ。彼女はおそるおそる口を開いた。
「な、なに?」
「……ちょっと、詳しく聞こうか」
「え?」
――――――なんでそんなに笑顔なの?
とは訊けない程、白夜は不気味なくらいニコニコと笑っていた。
*
「さあ、詳しく聞いてやろうじゃんか?」
怪我の応急措置を行い、魔警察の取り調べも終わった蘭李達は学校から出て、雷と海斗を除いて皇家に向かった。二人は早退したわけではないので、学校が終わったらここに来る予定である。
着いて早々、白夜は蘭李にリビングで正座をさせる。目の前で仁王立ちをする白夜に、蘭李はおもむろに視線を逸らした。汗をだらだらとかき、体はガチガチに固まっている。白夜は彼女を鋭く見下ろした。
「篠塚に……「チョコ作ったんだけど、どう?」って言われて……食べたら……」
「怪しいと思わなかったの?」
「思わなかった!」
元気よく答える蘭李だが、ギロリと睨んでくる視線に彼女は縮こまった。そんな二人を傍観している紫苑が、ソファーに座りココアをすすりながら問いかける。
「蘭李、篠塚と仲良いのか?」
「いや? 話したことない」
「怪しいと思うだろ……」
「だって……生チョコだったし……おいしそうだったし……」
ぼそぼそと語尾がどもる。紫苑は苦笑いをした。白夜は深いため息を吐き、紫苑とは対面のソファーに腰かける。
「あのさあ……蘭李、お前狙われてんの分かってんの? 緊張感持ってる?」
「分かってるよ! でもまさか何か仕込まれてるなんて………」
「まあ、それくらいでいいんじゃない?」
キッチンから戻ってきた健治が、笑いながら二人に割り込む。カップをテーブルに置き、蘭李を手招いた。
「ほら、蘭李も飲みなよ。ココア。あったかいよ?」
「い……いただきまーす……」
「はあ………ま、とりあえず皆無事だったからいいけどさ……」
「ありがとうございます!」
「何の感謝だよ」
蘭李が突然元気になり、健治のもとへ駆けていった。紫苑の隣にボスンと飛び込み、ココアの入っているカップを両手で持った。ふーふーと息を吹きかけ、ゴクリと飲み込む。口を離すと、幸せそうな表情を見せた。
「あー……おいしー……」
「調子いいなお前……」
「お許しをもらったもん!」
「でも警戒しないとダメだよー、蘭李?」
「へーい」
蘭李がニコニコしながら軽めに返事をする。「切り替え早いなあ……」と紫苑が苦笑いを浮かべた。健治も薄く笑い、白夜の隣に座った。
「……篠塚ってどうなるんだろう」
紫苑がぼそりと呟いた。白夜は、ココアを飲みながら彼を見る。健治は顎に手を当て、「うーん」と唸った。
「魔力者じゃないし、そこまで重い罪にはならないと思うよ?」
「そっか……」
「ねー、なんで魔警察って人間贔屓なの?」
「
「ふーん」
蘭李はソファーにもたれた。沈黙が流れる。が、すぐにそれは破られた。インターホンが鳴り響き、雷と海斗、槍耶が来たのだ。彼らは槍耶に先程までのことを話した。
終わってみれば笑って話せるものだ。しかし、紫苑だけは楽しく話すことが出来なかった。終始ぎこちない笑みを浮かべ、彼一人だけ話に上の空だった。
*
「…………」
沈黙が続く。紫苑と篠塚は壁にもたれたまま、虚空を眺めていた。まだ冬だと言うのに、今日はポカポカとして暖かい。日差しも強く、人によっては半袖でもいいくらいである。
バレンタインデーも過ぎた翌週の月曜日。紫苑は昼休み、篠塚を校舎裏に呼び出した。もちろん、諸々のことに決着をつけるためだ。あのまま放置など出来ない。
はじめに沈黙を破ったのは、篠塚だった。
「………忌亜くんって、どんな魔法使えるの?」
目は合わせなかった。少しの間の後、紫苑が口を開く。
「魔法を消す魔法」
「何それ………強そう」
「強いよ。使えれば」
再び長い沈黙。紫苑にはまだ少しだけ、篠塚に対しての恐怖心があった。いくら球を没収しても、彼の心が変わるわけではない。
「…………僕、引っ越そうかな」
その言葉に、紫苑は篠塚を見た。彼は雲のない空を仰いでいる。
「ここにいたらまた、君への思いが抑えられなくなりそうだから……」
「…………あのさ、俺がお前を好きになる可能性とか……考えなかったの? 魔法とか無しで」
篠塚がギュッと口を結んだ。おもむろに顔を背ける。
「……とにかく怖かったんだ。嫌われることだけは嫌だった。だから……言えなかった」
紫苑は俯いた。
――――――好きだと言われた時、気持ち悪いと思ってしまった。いくら仲が良くても、友達としての「好き」と恋愛としての「好き」は、まるで別物だ。
俺は篠塚が、友達として好きだ。だから恋愛対象で見られるのは………受け入れられない。男だからという理由もある。これがもし篠塚が女子だったら、気持ち悪いとか思わないんだろうな。
――――――………最低だな。俺。
「でも、もうスッキリしたよ。あんな形でだけど、君に伝えられたし……」
声が震えている。紫苑からは篠塚の顔は見えない。しかし、彼には容易に想像できた。
篠塚は泣いている――――――。
「本当にごめんね。後で華城さんにも謝らないと……」
「………ごめん」
「その謝罪は何? まさか引け目を感じてるの?」
「俺、こういうのあんまり慣れてなくて……」
「皆そうに決まってるよ。忌亜くんは悪くない。けど……」
篠塚が涙をゴシゴシと拭い、くるりと振り向いた。紫苑に向き直り、ぎこちない笑みを浮かべる。
「そういう人もいるって思っていてくれると、嬉しいかな………」
篠塚はそのまま、その場を立ち去っていった。紫苑は動けなかった。
――――――恋愛対象としては受け入れられないけど、友達として嫌いになったわけではない。しかしこのまま引き止めても、篠塚に苦しい思いをさせるだけなのだろう。それならやっぱり、距離を置くしか……。
紫苑は拳を握り締め、強く目を瞑った。
「ごめん………」
小さく呟いたその言葉は、篠塚の耳には届かなかった。
6話 完
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