6話ー②『慣れない武器』
「ふっかーつ!」
トレーニングルームの中心で、蘭李は両手を高く掲げた。隣のコノハの片腕も引っ掴み一緒に上げる。そうしてくるりと振り向き、黄色い眼をきらきらと輝かせた。
「さあ誰か相手になって!」
「元気だなー」
「もう体がなまってしょうがないんだもん!」
結局蘭李は五日間も学校を休んだ。さすがにそれだけ休めば完全に治り、むしろ休む前より元気にさえ見える。
「じゃあうちとやろ! 蘭李!」
「よし! 望むところ―――」
振り向いた蘭李の言葉が途切れる。雷が手に持っていたのは、いつもの剣ではなく……弓。蘭李はポカンとしつつ指差した。
「それ、弓だよ?」
「うん! いいの! 最近弓使い始めたんだ!」
「ええええええええええ!?」
「槍耶も銃使ってるよ」
蘭李が勢いよく振り向くその先には、銃を持つ槍耶。ショックを受けたように彼女は狼狽えた。
「い、いつの間に……!?」
「ちょうど蘭李が休み始めた日からだな」
「言ってよ!」
「サプライズだよ!」
「どんなサプライズだよ! びっくりしたよ!」
「なら大成功だね!」
わいわい騒ぐ蘭李達。そんな中、何かが閃いたように笑みを浮かべた白夜は、「なあなあ」と全員を集めた。
「せっかくだしさ、皆で使ったことない武器使って戦ってみようぜ!」
沈黙―――しかし次の瞬間、雷の表情が一気に明るくなった。
「いいねー! やろう!」
「ええっ!? それ、あたし達は不利なんじゃ……」
「大丈夫だって蘭李! まだ五日しか経ってないし、そんなに上手くなってないよー!」
「俺もその方が助かるかな。まだまともに当てられないし」
「えー……ホントに?」
「うちらがそんなに器用だと思う?」
「思わないけど」
「でしょ?」
「さらりとひどいこと言うな……」
「他の武器持ってくるねー!」と雷が槍耶を引きずってトレーニングルームを飛び出していく。それを見送る紫苑の表情は不安げだった。
「うう……俺、自信ないなあ」
「私だってないよ。でも弱い状態の雷達と戦っても身にならないしさ。楽しそうだしいいじゃん?」
「まあ……それもそうか」
「みんな何使うの?」
蘭李に問われ、紫苑と白夜は「うーん」と腕を組んだ。
「どうするかなあ。いつも剣か斧だから……」
「じゃあ遠距離系とか?」
「だよな」
「あ、でも短剣とかナイフとかはいいんじゃね? リーチ変わるし」
「それなら結構選択肢ありそうだな」
考え込む紫苑の背後で、海斗が槍耶の槍を眺めながら呟いた。
「俺は槍でいく」
「あ、海斗も剣使えるんだっけ」
「ああ」
「じゃあ私は弓かなー。小刀とか薙刀は使えるし、銃は少し使ったことあるし」
「あたしも弓だなあ」
「え、銃じゃなくて?」
白夜の質問に、蘭李は驚いた。なんで―――というような表情をしている。白夜は笑いながら答えた。
「弓って結構腕力いるよ? 反面、銃なら簡単に撃てるし」
「反動はあるけどな」
「まあね。でも弓よりマシっしょ」
「だろうな」
「あー……そ、そっか……」
ちょうど慌ただしく雷と槍耶が戻ってきた。健治とメルも同行しており、メルは三つ積み重ねた段ボールを抱えている。そこから槍の刃先や弓の一部分が見えていた。
「面白そうだねえ! 新たな才能が発掘されるかもよ!」
「健治テンション高っ」
「この中に武器が入っておりますので、ご自由にお使いください」
メルが段ボールを床に置く。覗き込むと、剣やら弓やらの武器がいくつも入っていた。白夜が小刀を手に取り、まじまじと見つめる。一見すると普通の小刀だが、刃を指で押してみるとぐねりと曲がった。
「偽物?」
「そうそう。流石に本物で慣れない武器を使われるのも危ないからね」
「抜かり無いなー」
「まあね」
健治がニヤリと笑った。紫苑は「よし!」と意気込んでしゃがみこむ。
「俺、ナイフ使ってみる!」
「いいのー? ガンナー相手に度胸あるねー?」
「初心者ガンナーなんて脅威じゃないって?」
「ちっ違うって! 誤解を生むような発言はやめろ! 白夜!」
紫苑が段ボールからナイフを、雷は弓を取った。海斗は無言で槍を取り、槍耶は銃を取る。白夜は弓を取って、蘭李を見た。
「蘭李はどうする? どうしてもっていうなら譲るけど」
「うーん……」
蘭李は困ったようにしゃがみこんだ。弓は残っておらず、段ボールの中を適当に漁り始める。コノハも隣にしゃがみ、短剣を取り出した。
「じゃあこれにすれば?」
「あ、そうだね。じゃあこれで……」
「えー、短剣? コノハ伸び縮みするし、結構慣れてるんじゃないの?」
「あーたしかに。じゃあ槍系もアウトだな」
「え……ダメ?」
「ダメだよー。みんな使えない武器なんだから」
「うう……」
「だったら拳銃でいいんじゃねえの?」
槍耶が指差した先には、武器たちに埋もれた拳銃があった。おそるおそる手を伸ばし、それを拾い上げる。
「じゃあみんな決まったね! ルールどうする?」
「そうだな……」
盛り上がる雷達の横で、しゃがんだまま拳銃をじっと見つめる蘭李、そしてそれを観察するコノハ。その光景に違和感を覚えたのか、白夜と健治が不思議そうに彼女らを見下ろした。
「蘭李?」
「……………」
「おい?」
「―――わっ」
白夜が肩を叩くと、びくりと驚いて蘭李は顔を上げた。
「ご、ごめん。なに?」
「いや……ぼーっとしてたからどうしたのかと思って」
「あ、え、っとー……拳銃って小さいなって思って……」
「はあ……」
蘭李は立ち上がり、白夜から顔を逸らす。健治とも目が合ったが、あからさまに背けた。
「じゃあさ、じゃんけんで三チームに分かれよ! チーム戦ってことで!」
「オッケー」
「ほら、蘭李と白夜も来て!」
「はーい」
じゃんけんの結果、蘭李と白夜チーム、雷と海斗チーム、紫苑と槍耶チームとなった。白夜と蘭李だけが遠距離武器のみのチームである。
弓の持ち加減を確認しながら、白夜は蘭李をちらりと見る。
「どうする……って言ったって、距離を取って戦うしかないんだけど」
武器のみ使用可能で魔法は一切禁止。胸もしくは額につけたマトが攻撃されると脱落。審判はメルがやるから見落としは無い、という健治の主張を六人は了承した。
「あの、ハク、あたし、本当に銃使うのヘタだから……」
蘭李がぼそぼそと呟く。白夜は唖然とし、不審がりながらも「知ってるよ」と返した。
「雷と槍耶はともかく、皆使えない武器をわざと選んでるんだから。そんなことわざわざ言わなくても分かるよ」
「あ、そ、そうだよね……ごめん……」
蘭李は苦笑を浮かべ、くるりと背を向ける。
さっきから言動がおかしいように見える。蜜柑達といい、一体何があったのだろうか―――白夜は辺りを見回す。どこかへ出かけているのか、華城の幽霊達は誰もいなかった。
「じゃあ始めるよー」
「皆さん準備をして下さい」
メルに促され、六人は各々武器を構える。チームごとにかたまり、敵チームと静かに睨み合っていた。コノハと健治は観戦するため端の方へよけた。
「それでは………スタートです!」
直後、海斗が駆け出した。槍を握りしめ、狙う先は槍耶。
「いきなり来るなあ! 海斗!」
槍耶も拳銃を構えて一発放った。しかし弾はかすりもせず、槍が胸に迫る。そこへ紫苑がナイフを振ったことで海斗が急停止し、槍耶は難を逃れた。
「そっちは任せたよ! 海斗!」
「ああ」
雷が駆け出し、白夜と蘭李に迫った。足を止めて弓矢を放つも、白夜の胴体をかする程度だった。対抗して彼女も弓を引くも、中途半端に離してしまった。力なく矢が落ちていく。
「蘭李! 二人で落とすぞ!」
「う、うん」
「ふふん! 二対一でもうちの方が有利だもんね!」
雷が蘭李に矢を放つが、彼女はぎりぎりかわした。蘭李は後退して距離を取るも、ちょうどそこは海斗達の戦地だった。槍を突き出され、間一髪避ける。
「あーくそっ! あっちに行っちゃったか……」
「残念だったね白夜!」
逃げる白夜を追いかける雷。しかし急に振り向き、勢い任せに矢を放った―――弓を引かず、腕力のみで。
「えええっ! ちょっと!」
雷は驚いて足を止めるも、つまづいて倒れてしまった。幸い矢には当たらなかったが、そこを狙って白夜が撃ち放つ。今度はきちんと弓を引き、矢は雷の頭部を掠って飛んだ。
「うわっ……これでも当たらないとかショック」
「ちょっとタンマ!」
がばりと雷が怒りの顔を上げた。
「白夜! ズルいって!」
「なんだよ。魔法は使ってないだろ」
「使っていいのは武器だけだよ! 矢をそのまま投げるなんてナシ!」
「はあ? 戦場でだって普通に矢を投げることもあるだろ。他の武器を使ったわけでもないし、ルール的には何の問題もない」
「なにその屁理屈! メル! これルール違反だよね!?」
ふわりと舞い降りたメルに叫ぶも、彼女は首を横に振った。
「いえ。問題ありません」
「な?」
「なんでよおー! それならうちだってそのまま投げてるよ!」
「おいおい。ちゃんと練習しろよ」
「そっくりそのまま返すね!?」
「私は弓の練習したいわけじゃないし」
「―――うわっ!」
言い争う二人の足元に突然、紫苑が飛んできた。すかさず二人は矢を握りしめ、額と胸のマトにそれを突き立てた。先端についた吸盤が強く押し付けられる。
「紫苑様、脱落です」
無慈悲な判定。「よし」とひと仕事終えたような白夜と雷の呟きに、たまらず紫苑が叫んだ。
「おいっ! ちょっと待てえ! お前ら、ちゃんと弓で撃てよ!」
「何言ってるの紫苑。戦場では矢をそのまま突き刺すことだってあるんだから」
「なっ……!」
「どっかで聞いたような言葉だな」
「気のせいだって白夜! さあ、戦闘再開するよ!」
肩を落として立ち去る紫苑から離れ、二人は戦闘態勢に戻った。白夜がちらりと横目を向けると、蘭李は海斗と戦っていた。少し離れた位置から槍耶が二人を狙っている。
「合流するか……」
雷を注視しつつも白夜は蘭李の方へ駆け出した。雷も追いかけるが、突然の発砲音に驚いて足を止める。マトが無事なことを確認しほっと安堵した。
「隙だらけだぞ!」
そこへ迫ったのは槍耶。銃口を向けられていたことに気付いた雷だが遅く、胸のマトに赤い染料が撃ち込まれてしまった。
「雷様、脱落です」
「あーっ! 悔しー!」
続けて白夜を捉えた槍耶。彼女はすぐさまその場から離れた。海斗から逃げ惑う蘭李を見つけ、彼女のもとへ向かう。
「蘭李!」
走りつつ、背後からぽんと肩に手を置く。
―――刹那、ぐるりと蘭李が振り返る。
――――――その表情は。
「えっ………」
パン―――と発砲音が鳴り響いた。あまりにも間近すぎて、白夜は状況が理解できず硬直してしまった。
彼女の顔は赤く染まっている。
そこへ銃口を向けていたのは―――目の前にいる蘭李。
「びゃ、白夜様……まだマトは無事です」
メルも戸惑っていた。海斗や槍耶も驚いて休戦している。白夜は顔についた塗料を拭いながら蘭李を睨みつけた。
「おい蘭李! 私らはチームだよ! 仲間打ちって……」
―――すとんと、蘭李はその場に崩れ落ちた。胸を握りしめ、肩で呼吸をしている。目は見開かれ大きく揺れ動いていた。
「ら、蘭李?」
明らかに様子がおかしい。何より先程、撃ち抜かれる直前に見えた彼女の表情が白夜の脳裏にこびりついていた。
―――あれは、あの様相は………恐怖だ。
「ああ、大丈夫だよ」
沈黙を破ったのはコノハだった。足早に蘭李のもとへ向かい、落ちていた拳銃を―――蹴り飛ばした。
「あ、わざとじゃないよ。足が当たっちゃっただけ」
そう言いつつ微笑を浮かべるコノハに、白夜は一抹の恐怖を覚えた。項垂れる蘭李の頭を軽く叩き、緑色の瞳で白夜を捉える。
「蘭李、拳銃使うとこんな風にびっくりしちゃうんだよ。音とか振動とかでさ」
「え……つ、使ったことあるのか?」
「まあ何度か。でも全然使えなくて」
コノハがしゃがみこみ、蘭李の顔を覗き込んだ。
「ね?」
少女は小さく頷いた。コノハは満足そうに立ち上がり、メルに向いた。
「蘭李は反則負けでいいよ」
「え? で、ですが……」
「白夜、ごめんね」
「あ、ああ……」
コノハは蘭李を抱えて立たせた。彼女の横顔は真っ青で、足取りはおぼつかず小刻みに震えている。
―――驚いている。そのひとことで済むような雰囲気ではない。
しかし、軽率に聞けるような雰囲気でもなく、白夜は新たな疑問を植え付けられてしまった。
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