第四話
事件から三日目の朝。ヤマトは再び冒険者達の家のある区画を訪れていた。冬の寒さに井戸が凍りつき、多くの冒険者達が凍っていない井戸へと重たい足を引き摺って歩いていくのを横目で見ながらマイトの家の扉をノックする。
マイトはまだ眠っていたのか、暫く待たされてから掠れ声の返事が帰ってきた。
「どちらさんで?」
「私です。ギルド手伝いのヤマトです」
「ヤマトさん?なんだってこんな朝に?」
充血した目を擦り、マイトは流石に不愉快そうに顔を顰めていた。しかしヤマトは軽く頭を下げて謝るそぶりを見せつつも、改めて素早くマイトの部屋の内装を確認する。余りにも素早い動きでマイトは気づく様子はなかったが、それでもこの目の前の探偵気取りのギルド手伝いが何かしらの疑いを持って早朝から訪ねてきた事は理解していた。
「いえね。実は改めてお話を伺いたいと思ってギルドで待ち構えていたんですが、最近マイトさんはクエストを受けにきてもくれないもんで」
「俺も偶には休みたい時期があるんだ。冒険者ってのは体が資本だって言ったのはヤマトさんじゃないか」
「その通りです。で、伺いたい話ってのはですね。西の鉱山のダンジョン、あそこの小屋で変なもの見なかったかって事なんです」
「西の鉱山?なんで俺に?」
「あそこのダンジョンに最近潜った冒険者全員に聞いて回ってるんですよ。このところあそこで発生してるクエストはどれもこれも結構な高難易度のクエストばっかりだから、受けてくれる冒険者も少なくって」
「それなら別に構いはしないけどさ。特に妙なもんなんか見ちゃいないよ。いつも通りのダンジョンさ。大体変なものって言ったって、具体的に何?」
「そりゃ、死体ですよ」
「っ!?」
不意打ち気味に告げられた物騒な言葉に、マイトは思わず目を見開く。呼吸も乱れて何かしら心当たりのある様子ではあったが、敢えてヤマトは気が付かないフリをする。
「殺人事件の被害者のルドラさん。そして今も行方不明のシァハさん。その二人が最後に居たのは西の鉱山のダンジョンですからね。既にシァハさんも亡くなっている可能性も十分にあります」
ヤマトの推理に、マイトの顔色がさらに青ざめる。ここで素直に顔に出てしまう辺りに、ヤマトは自分の推理にある種の確信を得つつあった。
「明日にでも憲兵さん達や貴族警察は事件を誘拐事件から、殺人事件に扱いを変えるらしいです。マイトさん、シァハさんの遺体の在処に何かしらの心当たりはありませんかね?」
「い、いえ。そんなこと全くありません。そもそも俺は全く関係ない話だし」
「そりゃそうですよね。流石に死体を見かけていれば教えてくれますよね。今の話は忘れて下さい。ただあそこのダンジョンは厄介な事に自殺の名所ですから」
それだけ言い残してヤマトはマイトの部屋を出て行く。マイトはその後ろ姿をジッと見つめていた。
暫くはヤマトは家に入って行ったマイトを物陰から見張っていたが、やがては諦めてその場を離れていった。
そもそもの目的は達成できている。マイトの自室は私物が少なく、何かを隠せるほどのスペースも無い。本棚も相変わらずブックカバーで何の本を置いているのかは分からないままだ。
マイトの職業は魔法剣士だから、何かしらの魔法を使っている可能性はある。だが魔法を使って隠すとしてもあの家の中は無さそうだ。でなければヤマトが訪ねてきた時にあそこまで不用心に扉を開けたりしないだろう。
自分の考えに隙や不備が無いか、頭の中で改めて筋道を立てて考え直しながらギルドへと戻るヤマト。しかしギルドの前で、ミハイルがヤマトを待ち構えていた。
「ああ、ミハイルさん。ひょっとして伝書鳩届きませんでした?」
「届いた。果たして本当に君の仮説は正しいのか、正直言って素直に受け入れたくは無い気持ちの方が大きいが………」
ミハイルの顔は苦渋に歪んでいて、ヤマト自身も不愉快そうに頭を掻きむしる。こんな考えを思いついてしまった自分に失望している様な勢いだった。
「水色の街での聞き込みは、やはり僕の想像通りだったんですね」
「ああ。まず、被害者のルドラと行方不明のシァハの二人が冒険者を目指したのは二年半前。キッカケは森で出会った冒険者に憧れて、らしい。その冒険者が誰かは断定できなかった」
「ついでに言うと、この本が水色の街で流行したのもそのタイミングだった」
「そうだ。発売自体は三年前だが、流通時差で水色の街の女性にその、なんだ。愛の執着駅?とやらが大流行したのが二年半前。そして最後に二人の故郷の友人に聞いて回った所によると、水色の街に戻ることはないと宣言していたらしい」
「故郷に戻って実家に入るつりもは、やはり二人とも無かったんですね。特定の誰かと一緒に駆け落ちか、死を偽装して実家から完全に離れるつもりだった」
「そう考えると辻褄が合う部分はある。だが、全てではない。何故ルドラは死んだ?そして何故、ルドラの死体を街のメインストリートに捨てた?おまけにシァハの槍で突き刺して、だ」
今回の事件の全ての謎はそこに辿り着く。犯人が誰であれ、ルドラの死体を晒す理由が全く分からないのだ。
しかしヤマトは気まずそうに頭を掻きむしり、深々とため息を吐いた。もしもヤマトがたどり着いてしまった結論がこの事件の真実なら全ての説明が付く。しかしそれは誰一人として幸せにならない結末になってしまう可能性が非常に高かった。
「ミハイルさん。僕は最重要容疑者にある種のプレッシャーをかけています。恐らく今夜にでも事件はまた動くでしょう。その時には僕の推理が正しいかどうか確かめるチャンスをくれませんか」
「……‥本来なら許されないが、仕方ないだろうな」
「ありがとうございます。願わくば、今夜何も起きないことを祈ります。もしも僕の推理が外れていれば、少なくとも一人は救われる人が居ますから」
ヤマトの苦渋の表情に、ミハイルも思わず視線を落とす。
しかしこの時の二人の願いは易々と打ち砕かれる事になった。
翌朝、白の街に仕事始めを伝える鐘の音の代わりに悲鳴が轟いた事でヤマトはそれに気づいた。
「ああ、やっぱり………」
時計塔に向かうと、時計塔の広場にシァハの死体が座らされていた。彼女の死体にもドレスが着せられ、そして腹部には見覚えのある魔法剣が突き刺さっている。マイトの持っていた魔法剣だ。
見れば犯人は既に取り押さえられていた。マイトは手錠をかけられて観念した様に俯いていて、憲兵達がその周囲を取り囲んでいる。やはりここで捕まることは決めていたらしい。逃げ出そうともしなかったのだろう。
ここまで予想通りの展開になれば、ヤマトの推理でほぼ確定ではあるが、最後の確認は必要だ。
「ちょ、ちょっとすみません。ギルドの者です。通してください!」
ギルドの身分証を見せて封鎖テープを乗り越える。そして死体の肌に触れて冒険者カードを取り出し、シァハ本人である事を確認する。そして簡易的ながらも持ってきたアイテムで死体を鑑定する。
この死体が受けたこれまでの傷が順番に表示され、やはりと言うか刀傷よりも前に幾つか想像通りの痕があった。
「ヤマト君、やはりこの事件は男女のトラブルと言う事だったのか?」
「いえ。そんな単純な話ではありません。ローランドさん、関係者を集めて下さい。この事件に関する僕の推理をお話しします」
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