74話 メイヤード=ラ=バロメイ
「今日はもう王都に戻った方が良いね」
サイキュロプスの死骸の確認に来ていた人の中に衛生係の人も混じっていた。
その人に治療してもらいそれが終わるとそう言われた。
「はい……」
巻かれた包帯の暫く安静と言われた手を見ても俺は虚しい気持ちを消すことが出来なかった。
そんな俺を気遣ってかエリーは終始無言を貫いていた。
俺も今は何も話す気持ちになれなかったのでエリーの気遣いには感謝していた。
そんな時だ。
「コイツを倒したのは君かい?」
背後から話しかけられた。
この時俺は心底面倒くさそうな顔をしていたと思う。
後々思い出しても正直失礼な行動であったと反省はしている。
「……そうですけど」
見上げるとそこには白衣を着た子供(?)が腰に手を当てて偉そうな出で立ちで立っていた。
なぜこの場所に子供が居るのだとも思ったがその子の着ている白衣に興味が湧いた。
異世界だからといって白衣が珍しい訳ではない医者が居るのだから白衣があっても当然だ。
ただこの子が着ていたのはコートタイプものだった事だ。その場での緊急手術が多いため大抵医者はエプロンタイプを着けており羽織るタイプは見たことがなかった。
「先生! ミサキ先生この子は怪我してるんですから今日くらいはソっとしておいてください」
さっき俺を見てくれた衛生係の人が怒鳴りながらやってきた。
「クリス。あなたは声が大きいんだからもう少し静かに話しなさい」
ミサキと呼ばれた白衣の子供はクリスと呼んだ女の声に耳を塞いでいた。うん……確かにうるさい。
「はははっ。この子の傷は拳の傷なんかじゃないさ」
「何言ってるんですか、どう見たってーー」
俺をチラリと見た子供先生がウィンクしてきた。
「君の傷はココだろ?」
そう言って子供先生はご自身のぺたんこの胸をトントンと叩いた。
こいつ気づきやがった……
「……そんな。私てっきり」
「あのサイキュロプスを見れば分かるでしょ? 何処に殴って付いた傷があったのよ」
「そ、それは」
「まぁ、手も治しておかなければ使えなくなってたかのしれないね。クリスはその辺の処置
警戒色を隠さない俺はミサキと呼ばれた先生を見た。
逆に見つめてきたミサキ先生の目は俺に全く興味を持っていない目だった。
その矛盾が妙に気になった。
「で? 先生がその巨人を気にしている理由は」
「あぁ、そうだった。アイツ私に売ってくれないか」
子供先生は手をポンと叩くとここに来た理由を思いだたように言い出した。
その顔は先程まで見せていた無関心目では無かった。
「それはギルドと話をしてくれれば良いのですが?」
「それがギルドが君と話せと言うのでここまで来たのよ」
チッ……。
内心舌打ちが出る。面倒をこっちに押し付けやがったな。
ま、こっちで答えを決めていいって言うなら別に問題はない。
誰が持って帰っても俺には問題ない。
「別に良いですよ」
2つ返事を返した。
「ふぅん……。ギルドより報酬は少ないかもしれないよ」
「僕の傷を手当してもらいましたし」
「角とか爪とか自分で取りたい素材は無いのかい?」
「別に素材狙いで倒した訳でも無いですから」
「クラス6のモンスターだよ?」
「たまたま倒せただけのモンスターなんで。いらないです」
心底面倒臭そうに俺が言うと張り合いがなくなったと判断したのか子供先生は若干呆れた顔をして、
「……そうか、それなら私が買おう。お金はギルドに払っておくよ」
「はい。それでお願いします」
「困ったら王都研究機関に来なさい。こんな良い研究材料を貰ってお金だけで解決させるほど私は腐ってないわ」
ミサキと呼ばれた子供先生はそう言うと衛生係のクリスさんを連れて戻っていった。
とりあえずは無事交渉成立と言うことでここで俺も気持ちを切り替えよう。兎に角、鏡の事は一度金◯の所へ行こうと思う。
この状況どういう事なのか問いたださないと、だ。
・・・・
ギルドの面々が現場を検証しているので俺たち(ショーンとエリー)は王都へ戻ることにする。
このまま屋敷に帰っても良いのだがどうせ後日ギルドに出頭して顛末の説明が必要だし、屋敷に戻っても母様の説教が待っているに違いない。
ならば時間つぶしがてらギルドに報告に行こうと思った。ショーンの事もあるし。
王都の門で入場の手続きをするタイミングで2人に告げると了承の返事が帰ってきた。
「そう言えば
エリーが聞いてきた。
急に何の話かと思ったがよくよく考えるとギルマスに会った事は無い。
オジサン(国王)が一緒の時はオジサンが一切をやってくれてたし、そもそもそう簡単に会える人だと思ってない。
クラス上位(7~)であれば指名依頼があって顔を合わせる事もあるだろうが俺(クラス5(非公式))では会える様な人では無かった。
「……僕の冒険者クラスでは会えない人ですね」
「兄ちゃんの実力で会えないって言うなら他の人なら一生無理だね……」
ショーンが意味ありげに肩をすくめながら言った。
何でよ? 俺より実力者なんてごまんと居るだろうよ。
街の中をギルドに向かって歩く最中市場の脇を通ったが旅の商人の噂は恐ろしく早い。
ちょっと聞き耳を立ててみると既に所々で、、、、
「サイキュロプスが討伐されたらしいぞ!!」
「外傷はほとんど無くて素材が取れ放題だってよ」
「何処かの貴族が買い占めたらしい」
「これで道中安全に移動できるな」
「いや、集落が見つかったらしいぞ」
「なら、ポーションが売れるな」
「武具はどうだ?」あーだ、こーだ
などなど商売は情報を収集しながらも探り合いしている。
嘘情報を交えて相手の経済力を削いだりしてるんだから阿漕と言うか目ざといと言うか。
商人はどこもこんな感じなので放っておく。
広場を見ると人だかりが出来上がっていた。脇を通るときに小話は聞こえてきたので耳を傾ける。
「しょうがねえよ。オラが見てたんだもの。でっけえ山みたいなモンスターがおっ倒れる所をなーー」
全く持って見覚えの無いオッサンが森でサイキュロプスの第一発見者の如く語っていた。
内容はまぁ酷い。全長100mの巨人が王都目指して進んでくるのをオッサンは見ていたそうだ。
それを何処からともなく精霊が現れサイキュロプスを倒したんだそうだ。どこの巨神○だよ……。
まぁ、自分で倒したと言わないだけ誠実なのかもしれない。
と、こんな風にだいぶ娯楽に疎い王都民は胡散臭いオッサンの話に必死に耳を傾けていた。
話が終わるとオッサンは話を聞いていた集団に向かって堂々とした態度で頭を下げていた。
街の人達は礼をするオッサンの足元に置かれた球体に触れてバラけていく。
一個50万する幸せになる玉だろうか? 怪しい商売なら王都の兵士さんに突き出そうと思った。
思ったのだが玉の脇に看板が立っており『大型モンスターの姿を聞きたいやつは『1アマテ』を払う事』と書かれていた。
玉はアマテの回収する機械だったようだ。
「あぁ…あの人達は語り部師の集団だね。兄ちゃんは知らない? 色々な面白そうな話を見つけてきてはそれとなく語る集団」
全く知りません。というか正確には興味がなかった。
なので王都も他の街も必要な所しか行ったことがなかった。
「なにそれ? ホラ集団って事、ダメじゃない」
ショーンが教えてくれた事にエリーがツッコミを入れる。
ショーンは苦笑いしながら皆嘘だって分かってて聞いてるからっと言った。
「商魂逞しいな……」
率直に思った事を言ったらショーンは笑っていた。
「話の当事者からしたら面白くないよね」
「そうだ。イッセイ止めに行こう」
「エリー。ステイ……。これも王都での娯楽の一つなんだろ? あくどい事をしてるようでもないし別に問題ないよ」
「ふーん……。兄ちゃんは優しいね」
広場に行こうとするエリーを止める。
語り部師達は悪どい商売に繋げている訳でも無さそうなので兵士さんに突き出すつもりは無い。
こういうのが後々の演芸など娯楽や芸術に発展する事は前世で学んだ記憶にある。
芸術性などが進めば文明も伸びるので長い目で見るとこういうのは好き勝手させていた方が良い可能性もあるのだ。
そういうのは才能のある人間が伸ばしていけばいい。
「ま、取り敢えずギルドに行くか」
冒険者ギルドに向かって足を進める。
・・・・
冒険者ギルドはいつ来ても騷しい。
クエストの受注/クエスト達成報告に素材の買取に冒険者の喧嘩の仲裁などここは一種の戦場である。
そう言えば、オジサン(ソフィーの父ちゃん)とここに来てた時もオジサンは良く喧嘩してたなぁ。
目の前で今まさに殴り合っている冒険者の面々を見てそう思った。
「兄ちゃん。意外と慣れてるんだね……」
驚いた顔でそう言ってきたのはショーンだったが、俺からすればショーンの方が驚きだ。
冒険者ギルドでそんなに堂々と行動してる方が怪しいんだよなぁ。
ギルドの関係者と繋がりがある若しくはあの父親がギルドの関係者か。
そんな事を考えながらショーンを見ていると……。
ショーンはバックヤードに入っていった。
思った通りショーンは
自然な流れでバックヤードに付いてきたが普通止められるし周りの人達もショーンを気にしないって事は相当慣れているってことだ。
そんな事を思いながらショーンの後を付いていくと奥の部屋の前で止まりノックする。
「父さん。連れてきましたよ」
「……入ってくれ」
中から返事が返ってきたが担ぎ屋の父親の声だった。
ショーンが部屋に入った後で俺とエリーも部屋に入る。
「ありがとう。ショーン。そして、よく来てくれたな。イッセイ君とエリー君……いや、エリンシア姫殿下かな」
部屋の中に入って見渡すと、豪華というか品格のある部屋で貴族の書斎の様な部屋だった。
そして、ショーンの父親が昨日の夜とは違い、キレイでサッパリとした威厳の増した姿で座っていた。
「エリーで良いわ」
「分かった。エリー君だね。出来れば今度我がギルドに登録をお願いしたい。君ほどの能力者ならギルドに登録しても即戦力だからね」
エリーの返答にギルド長が嬉しそうに話をする。反対エリーには酷く睨んだ顔を向けられた。
やべぇ、エリーのギルドの登録忘れてたのがバレた。
しかし、
俺の視線に気づいたショーンが俺の方を見て笑顔を見せてきた。
流石、俺の気配に気づいたか……。
「それで、僕たちがここに呼ばれた理由は何でしょうか?」
ギルド長に向かい話を切り出す。
昨日の話で目立ちたくない話はしていたし、報酬も無しにしてくれとお願いしてある。
俺の質問に笑っていたギルド長がゆっくりと話し始める。
「なに、そんなにかしこまらなくて良いよ。昨日の約束は覚えてるし、ギルド内で大事にする気もないしな……」
「???」
遠い目をしたギルド長。
何でそんな顔をしているんだ?
「ハァ……私も依頼されたのだ君達を紹介してほしいとな」
「僕たちを紹介……ですか?」
『アタシだよ!!』
ビックリした。エリーとショーンも驚いて強張った顔をしていた。
『ーーババン!!』擬音が聞こえたとしたらこの音しかないだろう位に勢い良く現れた人を見ると立っていたのは妙齢の女性だった。
だったが、何故か何処かで見たことがある。
「メイヤ様。この子がイッセイ=ル=シェルバルトです。イッセイ、この方が冒険者ギルドの元マスター メイヤード様だ」
「えっ!」
「この方が……」
声を発したのはショーンだ。どうやら普通に驚いたらしい。かく言う俺も名前だけ知っている存在であり緊張していた。
メイヤード=ラ=バロメイ。
全冒険者の母にして世界最強の強化系の魔法使い。
メイヤード様の考案した魔闘技は上位のクラスに行くには必須の技である。
昔は冒険者として名を馳せており、戦争の回避やスタンピートの防止など功績が多く、各国にも顔がきくため『世界の調停者』と呼ばれている。
そんな世界の最高峰がある日突然引退を表明した。
引退の理由は、冒険者ギルド設立のためであった。
当然ほうぼうより説得されることになるがメイヤード様はこう言ったそうだ。
「これからは冒険者も個で動くんじゃない、群として動く時代になるだろう。だからアタシがその受け皿になってやるんだよ。荒くれたちもアタシなら言う事を聞くかもしれないだろ? だから、あんた達ーー手を貸しな」
各国の王に言い放った伝説の一言。
演劇で冒険譚がメインであるこの世で珍しく有名で愛されている演目になるほどだ。
そんな生きる伝説が目の前に居て俺に会いたがっていたそうだ。理由が思いつかないんだが?
・・・
「イッセイ=ル=シェルバルトです……」
恐縮と言うよりは『何故俺なんだ』という気持ちでメイヤード様に挨拶する。
そして、それに気付いたメイヤード様がケラケラ笑っていた。
「カカカッ、そんなに緊張しなくて良いだろ何も取って食おうって事は考えてないよ。しかし、そうかいそうかい……アンタがレオンの秘蔵っ子かい?」
言葉を言い終わる時、『サラッ』とメイヤード様が俺を見た。
その瞬間に感じたのは、『全身の至るところを読み取られた』という感覚。
冷や汗が止まらず今すぐこの場から逃げ出したくなる。
俺の異変を察したエリーが咄嗟に俺の前に出た。
「いきなり何をする」
メイヤード様に怒気を飛ばすエリー。腰に手を当てるのを止めなさい。
「エリ…ー……大丈夫……」
自分でもビックリする位声が出なかった。
メイヤード様は何を考えているかは分からないがこれが試験か試練のどちらかなのは分かる。なので、動ける内に少しでも抵抗しようと魔闘技を発動させる。
すると、体が普通に戻った。
「……フフッ、まぁ合格かねぇ。で、エリーと言ったかい、お前さんがエルフの姫だね? アンタは問題なく合格だ」
「は?」
やはりメイヤード様は何かしら試験していたらしい。
そしてエリーはその試験を即パス出来た様だが本人は無自覚の様だ。
「敵相手に即座に魔闘技を発動させる時間を調べていたが、いやはやエリーは凄いね。最初の段階がほぼ終わりに近いよ」
なんの話か全く見えない。
そんな顔をしていたのが分かったのかどうかは分からないがメイヤード様は『カカッ』と笑うと、
「今後は私がお前達の面倒を見てやるよ」
と言った。
はぁ?
あの世界最高峰のメイヤード様が俺達を見る? なんの冗談だ?
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