57話 イケメン行商人

「……イッセイ君」


 鏡の声がして、目を覚ますとそこは前いた世界だった。文明の固まりと言えるこの世界は車が道の真ん中を支配し川のように流れ、街は競い合うかの様に背の高い建物が茂っていた。前の世界? いや、前から居る世界…か? 何となく久しぶりに感じる世界。こんなに寂しい風景だったか謎である。

 とにかく、良かった。今までの事は夢だったんだな。


「…鏡、無事か?」


 俺は振り返り鏡を見るが、鏡はずっと俯いたまま立っており表情は見えなかった。


「一也と恵ちゃんも近くに居るのか?」


 辺りを見渡すがそれっぽい人どころか人がいない。


「……誰か居ませんか? 誰も居ない?」

「イッセイ君……」

「ん? 鏡…どうした?」


 俯いたままの鏡が話しかけてきた。

 どうにも重々しい雰囲気に嫌な感覚を感じ。

 胸がドキドキと鳴る。


「…で」

「うん?」


 よく聞き取れなかったので聞き返すと…


「何で助けてくれなかったのよ!!!!」


 顔を上げた瞬間に大きい声で喋る鏡。

 いや、鏡の顔がエリーの顔に変わったので、この声もエリーの声だ。


 しかも、エリーは全身が燃えていて、這いずりながら俺の方へ向かってくる。

 腰を抜かした俺は尻もちを付き逃げようと必死に藻掻くが動けなかった。


 そして、燃えるエリーは俺を捕まえると身体をよじ登ってきた。


「うわっ、うわああああああああああああああ………」


「大丈夫ですか?」


「うわあああ……?」


 何だ……このイケメンは?

 グッド○ッキングガイみたいな見た目をしているが豚鼻を付けて紐で止めてた。その豚鼻意味あるのか?


 …何だこの人?

 俺の中で警戒度がグンと上がった。


「イッセイ、大丈夫!?」


 続いてエリーが目に涙を浮かべ心配そうに俺を見ていた。知ってる顔を見て安心した。心底ホッとしている。どうやら俺は悪夢を見ていた様だが、それが悪夢で終わった様で良かった。


「エリーが無事で良かった」

「イッセイ…」


 燃えるエリーの夢を見た後なので無事な姿を見ると心底安心する。それを伝えただけなのだが、エリーに抱き絞められた。


「良かった。本当に…」

「あぁ…えぇーーと…」


 恥ずかしさのあまり頬をかく。

 と、言いながらもまんざらで無かったのは内緒だ。


「見せつけてくれるじゃないか。ソフィアが泣くぞ」

「お、叔父さん!? い、いつからそこに…」


「ずっと」


 どうやら一部始終を見られていたようだ。


 ・・・


 キラキラキラ…


「初めましてイッセイ様。私はマイク。マイク商会代表です。以後、お見知りおきを」

「僕はイッセイ=ル=シェルバルトです。マイクさん。今回はありがとうございます。あっ、僕のことはイッセイで良いです。様付は慣れてないので…」

「分かりました。イッセイさん・・。そう、呼ばせてください」


 キラキラキラ…


 丁寧なお辞儀をされた。って言うか何この星?

 物腰が柔らかくなんと感じの良い人なんだろうか、名前が随分人族っぽい名前だな。って言うか何この星鬱陶しいんだけど。


 キラキラキラ…


「皆さん。積もる話もお有りでしょうからどうぞごゆっくり寛いでください」


 キラキラキラ…


 マイクさんはそう言うと御者席へと戻って行った。

 俺、払い除けられる星に初めて触ったよ。

 なんかクリスマスツリーに付いてるボンボンみたいな感触で変な感じだった。


 ガラガラガラ--


 荷馬車の進む音がやけに落ち着く。

 どれ位寝てたのか知らないが身体を動かすとギシギシと軋んだ。

 そう言えば最後に記憶に残っているのは、エルフの里で紫電に巻き込まれた。筈だが…。

 叔父さん達に聞いてもいまいち容量を得ない返事が帰ってくる。

 叔父さん達も気付けばこの馬車で目が覚めたらしくエルフの里での記憶は曖昧らしい。

 食べ物を採ってくると言って叔父さんとエリーは森に入っていった。

 マイクさんも馬車の運転で手が話せないのか話しかけて来なかった。


 暇を持て余しているとふと気づいた。

 ヴィルやギルさんとリリコさんが居ない。焦って辺りを見渡し、探すと声を掛けられた。


(よう。ねぼすけ。目は覚めたのか?)


 声のした方に思いっきり振りかぶると、荷物の一部として置かれてたヴィルだった。


(ヴィル〜)

(何だよ。キモい声出して)


 あっ、ヴィルはヴィルでした。


 嬉しさ満点をアピールしたのだが伝わらなかった様だ。こいつ照れてんのか?


(こいつマジウゼェ…)

(ははは。ヴィルの照れ屋さんめ。って、何で念話?)

(あぁ。あの商人に悟られない方が良いと思って黙ってる。だが、礼は言っとけ命の恩人だぞ)


 なんとなくいつもより緩い・・ヴィルの態度に違和感を覚えた。


(分かった。一段落したらお礼を言っとく。でもその前に状況は把握しておきたい)

(記憶が無い…か、まぁいい。話してやるさ)


 ・・・ヴィルの回想・・・


 罠が起動した後、逃げ遅れた俺達を紫電の球体が覆い。更に回転が掛かり高温化


「エリー! 叔父さん!」


 バチバチと音を立て2人は燃えていた。

 紫電と高速の回転が加わった事でプラズマ化した内部では、人が生きていられる訳もない。

 イッセイが懸命に叫んでいたが、消し炭になっていく様を見ているしか出来なかった。


「ヴ…ィル。お、れは、なんて無、力だ」


 自分を呪うイッセイ。少しずつイッセイも燃え始めていた。


「ぐそ…。お、で、に…ち、か……」


 ガックリと膝をつくイッセイ。体に火が付き燃えていた。


「イッセーーーイ」


 と、ワシが叫んだ。


 だが……。

 イッセイの体から黒い雲のようなモノが湧き出てきてワシ達全員を包み込むと、


 ーーバチーン


 激しい音と共に天空に向かって出た。エネルギー波と謂うのか? 闘気を飛ばし、紫電の球体を消滅させたんだ。



 ・・・回想終わり・・・



(…で、気付いたらワシとレオ、エリーとお前の4人だけがここに飛ばされていたって訳だ。そして、あの商人が運良く通り掛かりエリクシールで治療してくれたお陰で、今お前達は生きている)

 ※エリクシールは細胞の欠片でも残っていれば時間を遡って再生してくれるエルフ族の秘宝だ。

 予め自分の血を混ぜる事でエルフの里の呪いも戻してくれるのだ。


(そうだったのか…。マイクさんに恩が出来たな。しかし、俺にそんな力が?)


 俺は思わず自分の手を見た。目に映ったのはピッチピチの6歳の手。それ以上でもそれ以下でも無い。

 とても、ヴィルの言う力が有るとは思えなかった。


(ギルさんとリリコさんは?)

(分からねえ。魔法陣の内側だけが飛ばされたならあの場に居るだろうし、一緒に飛ばされていればそのうち会えると思うがな)

(そうか…。無事、だよね…)

(知らねぇ…が、あいつ等なら。まぁ、死んでねえと思うぞ)


 ヴィルがめっちゃデレとる!? あんまり人を褒めたりする事のないくせに今日はやたら緩い言い方をするなぁ。

 チョット気持ち悪いヴィルと記憶の答え合わせをしていると、叔父さんとエリーが戻ってきた。

 いくつかの獲物狩りの成果を持っているがずいぶん控えめだ。


「大変、前で3匹のモンスターが戦ってる。このままだとぶつかるよ!」


 エリーが焦りながら馬車に飛び込んで来た。

 どうやらエリーと叔父さんは獲物獲得ついでに斥候を行った様で先で行われている戦闘が荷馬車の通行路が当たると懸念して戻ってきたようだ。


「キングヴァイパーがフロッグファイター2匹に襲いかかっていた」


 叔父さんは敵の種類種類や状況をバッチリと確認してきたみたいだ。

 キングバイパーと言えば3mもあるコブラ頭にガラガラヘビの様な尻尾を持



 なんと腕が生えているモンスターだ。

 対するフロッグファイターは人族の戦士の様に武具を持ち盾や鎧も装備している。フロッグシリーズでは、ヒーロー、プリースト、マージがいる。亜人に近いモンスターで、パーティ組んで戦うことが多いモンスターのはずだが…。


 何れもクラスで言えば3〜4の4人パーティが各グループ別で相手できるレベルだ。

 単独ならクラス6は必要だろう。


 ヴィルが居れば何とかなるレベルだ。

 俺の肩慣らしリハビリ戦にちょうどいいかな?


 キラキラキラ・・・


 うわっ、ビックリした。

 急に星が顔の脇に出てきてビビった。

 集中し始めてただけにドキドキも半端ない。


「仕方がありませんね。少し遠回りになりますが迂回しましょう。ここは時間より安全を優先したい」


 キラキラキラ・・・


「いや、ここはイッセイ。コイツにやらせよう」


 ヴィルが叫んだ。


 ヴィルの声を聞いたエリーと叔父さんは俺の事を見て心配した素振りを見せてくれたが、


「い、今喋ったのは誰ですか?」


 顔色を青くしたマイクさんがキョロキョロしながら声元を探していた。


「あっ、コイツです」


 俺がヴィルを指指すとマイクさんは、


「ははは。いくらインテリジェンスソードでも喋るのはおとぎ話ですよね」


 と、信用していない様だった。

 うん? この世界のインテリジェンスソードは喋るやつが居ないのか?


「うん? ワシが喋ったんだが」

「ま、また。何処かから声が!? レオ王様ですよね?」


「「「いや。コイツ」」」


 俺たち三人がヴィルを指差す。


「そうだ。ワシが話している」

「ぎええええ。ケンガシャベッターー」


 マイクさんは変な笑顔のまま固まっていた。(バナOみたいな顔)



 ・・・




「はぁぁぁぁぁああ!!」


 バシュ。


「ゲココォォ…」


 フロッグファイターの1匹を打ち倒した。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

「おいおい。1匹倒すのに何発撃ってんだ。眉間に当てれば一発だろう?」

「わーってるよ(クソッ。致命傷の場所に上手く飛ばない。)」


 ヴィルの指摘どおり今のフロッグファイターを倒すのに何発も使ってしまった。

 バッカスとフリンジして使えるようになったドリル状の弾。『スパイクミサイル』を使ってだ。


 なぜこんな事になっているかと言えばそれは、ヴィルが『お前。リハビリ戦だからと言ってサボれると思うなよ。魔闘技を使いながら投擲の技で戦え』と、言われ戦闘に出されたからだ。

 楽勝かと思いきや思いの外、二種類の技に力を分ける作業が難しく上手くいかなかったのだ。

『100発100中』グングニルを使えば魔闘技が疎かになり死にそうになるし、逆だと全く当たらなかった。


「ゲコッ!」

「シャーッ」


 つがいだったのか相棒だったのか分からないが仲間が殺られて怒り狂うフロッグファイターと餌を横取りされたと怒っているキングヴァイパーがターゲットを俺に絞っていた。


「おっ! 今度は2匹同時か。上手く殺れるかな?」

「うるさいな。殺るよ」


 チラリとエリーや叔父さんを見たがこっちを心配している素振りは無かった。背中越しのヴィルの方がうるさい。


 俺は向かってくる2匹に集中し構える。

 蛇は本能で襲ってくるタイプで緩急はあるものの動きが単純だ。対するカエルは多少怒り冷静さを失っている部分もあるが知性があるので状況に応じて行動が変化してくる。全く違うパターンの敵だった。

 普段敵対している為、分断して戦うケースが多いモンスターだが今回は混戦。即席の連携なんて取られたら面倒そうだ。


「俺が直々に攻撃のタイミングを指導してやるよ」

「いい。僕のタイミングで戦うから邪魔しないで」

「ほーう。言うじゃねーか。油断すんじゃね-ぞ」


「キシャアアアアアアア」


 まず最初に向かってきたのはキングヴァイパー。

 と、言うかコイツを上手く使えば連携に使えるか? って…使える訳がないか。


 本能任せに突進してくるキングヴァイパーはフロッグファイターにも威嚇していた。

 そのまま突っ込んでくると俺の目の前まで来てエラを開く。


「ガアアアアアアアアアアアア」


 キングヴァイパーの叫び声と共に衝撃波と強い殺気を感じる。

 簡単に言い換えれば威圧感のある強風が吹いている様なもの。

 キングヴァイパーはこの威圧によって獲物を怯ませ捕食するのだ。


 そして、今の俺では実力不足な様で足がすくみ上がってしまい。


「ばっ…」

「くっ。しまった」


 その後、体が硬直してしまった。

 そのスキを感じ取ったキングヴァイパーが口を大きく開き俺にタックルしてくる。


「魔闘技を使え!!」


 叔父さんの叫ぶ声が聞こえたので、俺は咄嗟に魔闘技を発動させる。

 すると、不思議なことに硬直した足が動いた。

 キングヴァイパーの突進を横っ飛びでなんとか躱す。


「バカタレだから油断するなと言っただろ!」

「う、うるさい」


 結構まじで怒っているヴィルになんとか言い訳しながらキングヴァイパーに向き合う。俺に攻撃を躱されたキングヴァイパーが怒りに身を任せ、雑に地面を擦らせて方向転換してくる。


「キシャアアアアアアア」


 2度めの威嚇は魔闘技を使っている俺には通用しない。


「たあぁぁぁぁ」


 俺はジャンプし、キングヴァイパーを飛び越えつつ突進を躱し、胴体に何発かスパイクミサイルを投げ込む。


「ギェエエエアアアアア」


 痛みに打ちひしがられるキングヴァイパーは、ビタンビタンと地面に尻尾を打ち付けのたうち回る。


 これで、終わったな…。

 徐々に弱っていくキングヴァイパーの姿を見てホッと一安心。


 だが、その気の緩みが悪かった。


「後ろ!」


 エリーの叫ぶ声が聞こえた瞬間には、背中に何か変な感覚を感じた。


 --ザシュ。


 斬られたんだと気づくのに少々時間が掛かった。


 ぐぉ。痛いけど致命傷じゃない。


 存在が消えかかっていたフロッグファイターが手に持つ剣で斬りかかってきた様だ。てっきり逃げたものだと考えていた。


「バカか…」


 ヴィルの呆れ声。いつの間に近づいていたのだろうか? 俺の側で浮かんでいた。


 そして、一閃。


 追撃に来ていたフロッグファイターと瀕死のキングヴァイパーはヴィルによって一瞬で頭を飛ばされていた。


「ったく。油断してんじゃねーよ」

「うぅ。ごめん」


 三匹のモンスターの死骸を引きずりながら馬車に戻る俺に対して、呆れた顔の叔父さんと声を上げたことに感謝しなさいと言うエリー。


 うーん。皆厳しいけど俺も相手を舐めていた。

 魔力探査も戦闘中に混ぜ込めるようにしよう。反省していた。


「な、何なんですかこの人達は…」


 マイクさんだけが驚いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る