第11話(風林火山!3の1)

   風林火山!どっかん屋 第三話


         1


 時は平安、所は宮中。

 この頃、タマモは女嬬という下級女官に任ぜられたが、もっぱら鳥羽天皇の遊び相手を務めていた。

 季節が違うので花は咲いていないが部屋の外には梅の木があり、木登りをしていたタマモは主上の姿に気づいた。

「なあなあ、しゅじょー、なにを読んでおるのじゃ?」

 宮中の端の部屋で、鳥羽天皇が写本を一つ広げて読みふけっている。

「源氏物語だ。紫式部という昔の官女が書いたものでな、今も人気の、宮中の物語だ」

「わらわも読んでみたいのじゃー」

 鳥羽は、優しい笑顔を向けて言った。

「ならまずは字を憶えんとな。それとも絵巻物でも書かせようか。中納言に絵のうまいやつがおってな」

「わー、楽しみじゃー」


         *


 今日も午前のうちから猛暑日になり、容赦なく陽光が降り注いでいる。

 しかしそれも、特高レベルの精霊人たちには通用しない。ましてや臨戦霊装をまとっている。超高レベルなら深海や宇宙空間でも活動できるほどに環境の変化に強い代物なのだ。

光宙みつひろのやつ、自分だけどっかに行っちゃって、何する気かしら……」

 校庭の中央では風鈴が腕組みをして試合開始を待っている。どっかん屋、いきもの係、悪戯トリック班、篠原未来教諭、そしてその後ろには数百匹ものコロボックリたちが集まっている。


 光宙みつひろは校舎の屋上のさらに上、貯水槽の上に立って、校庭の様子を見下ろしていた。

 彼にとっても、暑さは何ということはない。かすかな風が心地よかった。

 満ち足りた気持ちが、力を存分に引き出してくれる。

「さあ、どっかん屋……宝探しの開幕だ!」

 展開された神通力が、学校全体へみるみると広がってゆく。

「神通力──空中クレヨン・よろず!」


「スゴイ……!」

 ワルキューレが驚愕にあたりを見渡している。未来も同様、特高レベルの連中に至っては言葉も出せない。

「おもー、すっごいのじゃー!」

「にゃーにゃー!」

 タマモとコロボックリだけは、歓喜にはしゃいでいる。

 校舎から校庭から、景色が一変した。校舎は瓦屋根に赤い柱、白い壁面の宮殿に。校庭は整備の行き届いた野原に。

 体育館や部室棟も時代がかった建物となり、どうやら平安時代の宮中をイメージしているようだ。

『みんな、ゲームは始まってるぞ? 発見した靴はいきもの係へ渡した時点でカウントだからな。奪ってもいいが、攻撃は禁止な』

 校内放送で、光宙みつひろの補足が響く。

 校内宝(靴)探し対決は校舎だけでなく、基本敷地内が対象となる。

 道路を挟んだ先の敷地は対象外で、なるほどフェンスの外は通常の景色だ。


「これだけの神通力を持ちながら遊びにしか使わんのだから、まったく食えないやつだ、光宙みつひろは」

「けど、みっくんらしい」

 花丸と留美音は微苦笑混じりに、探索を開始した。


「あの頃に比べればマシにはなったけど……加減ってもんを知らないのかしらね、あの馬鹿は」

「あの頃?」

 美優羽の質問が聞こえているのかいないのか、風鈴はひとりごちる。

「あいつ、小学校の頃はふさぎ込みがちだったのよ。神通力も、ほとんど使うことはなかった」

「……そっか」

 美優羽は深くはほじくらずに、一言だけ返した。たまには気をきかせることもある。

 この景色を見ればいかに光宙みつひろが楽しんでいるかわかる。平安然とした中に佇む風鈴もまた、抱きついてチュッチュしたくなるくらいよく似合っていた。

「じゃああたしたちも探索開始しましょか! 鵜の目、鷹の目!」

「こっち見んな!」

 発動前に小突いて視線をそらさせる風鈴であった。


「遊ビニシカ使ワナイ、カ。アイツラノホウガ付キ合イガ長イダロウニ、光宙ミツヒロノコトヲマッタクワカッテナイナ」

 ワルキューレもまた、ひとりごちていた。

「どっかん屋だってわかってるよ、みっくんが単なるいたずら小僧じゃないって」

「……アア、単ナルイタズラ小僧ジャア、ナイ。スゴイイタズラ小僧ダ」

 ぷっと、太郎右衛門が吹き出す。

「のじゃー! 懐かしいのじゃー!」

 しっぽをフリフリ、タマモが校舎内へ向かっていった。

「単独行動ノホウガイイダロウ、ワタシハユクゾ」

 ワルキューレは部室棟へ向かい、太郎右衛門は体育館を探索しに行った。


         *


「ああっとー、風リン選手、足が止まってしまいましたー。この先に一体何があるというのかー?」

「うっさいわね、そこ」

 マイクを片手に背後で実況しているひばちに鬱陶しさを覚えつつ、靴を数個回収していた風鈴だが、これまでうろつきまわるだけだったコロボックリが前に立ちふさがってきたので足を止めざるを得なかったのだ。

「複数のコロボックリが現れましたー! ……おや? コロボックリたちの様子が……?」

 コロボックリの妙な動きに、実況の人も声を潜めて見守っていると思ったら。

「コロボックリたちがどんどん合体していく! ……なんとー! コロボックリキング、じゃなかった、だいだらぼっちになってしまったー!」

 実況がうるさいが、風鈴もさすがに驚いた。なんかのゲームかこれ。

「だいだらぼっち、属性は土、レベル70! 前回と同じね!」

 美優羽が神通力で敵の情報を見抜く。

「るおおぉぉーーっ!」

 だいだらぼっちが咆哮を上げる。その雄叫びも、前に戦ったときと同じだった。

 だが、不思議と恐怖はない。ゲームだとわかっているからか、あの頃よりもずっと強くなっているからか。

 いや。

「あんたも、楽しんでるわね?」

 おっかないはずのだいだらぼっちの顔から、風鈴は笑みを見出していた。

 だいだらぼっちもまた、このゲームを楽しんでいた。いつかの深い悲しみはもう背負ってはいなかった。

「風リン、ここはあたしに任せて! もうこんなの敵じゃないんだから!」

「ああっと、ここで暴れ朧車だー!」

「暴れ牛じゃないのおおおぉぉぉ!?」

 どどどどどど、と突如突っ込んできた朧車に、空高く吹き飛ばされる美優羽であった。合掌。


 校舎、いや宮殿の中も綿密に描かれていた。

 廊下は板張りになっていて、教室は畳敷きの部屋になっている。

「ねえワルキューレ、これなにか元ネタでもあるのかな?」

「ハッハッハ、大昔ニコウイウげーむガアッタナア」

 空中クレヨンであろう、ローラーが廊下を塗りつぶしていく。

 そこをコロボックリがにゃーにゃー言いながら足跡をつけていく。それをまたローラーが消していく。

「ちょっ!?」

 人より大きなローラーが、キュインキュイン騒音を奏でながら太郎右衛門に襲いかかる。思わず背を向けて逃げようとするがそれよりも早く、押しつぶされてしまった。

 ぺっちゃんこになってしまったが、まあこれも空中クレヨンによるエフェクトだろう。

「掘るのじゃー! 埋めるのじゃー!」

 なんか渡り廊下との曲がり角のところで、タマモが床を掘ったり埋めたりしてる。穴に落ちたコロボックリは埋められてもダメージを受けるようなことはなく、にゃーにゃー言いながらまた部屋から現れる。

「ヤリタイ放題ダナ」

 これまた見覚えのあるゲームっぽい場面に苦笑いのワルキューレであった。


         *


「すさまじいな……俺も光の精霊人だが、ここまではできんぞ」

 呆れを通り越して、うすら恐ろしさすら感じる。同じ属性を持っているだけに、眼下の世界がいかに無茶苦茶な神通力を持ってなし得ているのかがわかる。

 これはもはや、人の所業ではない。

「楽しそう……」

 はっと、清夢は我へ帰る。

 シエルが、校舎内へ向かっていた。

「おい勝手に動くな!」慌てて追いかける。


 光宙みつひろは鼻歌交じりに、宮殿内を散策していた。

「いやー、我ながらうまく出来上がったもんだ」

 柱をなでてみる。感触もしっかりある。強い力を加えれば、もしくは風鈴の”浄化の風”をもってすれば解除も可能だが、光宙みつひろが意識している間はこの景色を維持できる。

 これならきっと、タマモも最後の心残りを晴らすことができるだろう。

 しかし光宙みつひろの心は逆に、わずかばかりに陰った。

 眼の前に、予想していなかった女性が現れたからだ。

「こんにちは、光宙みつひろくん」

 織姫の臨戦霊装に、赤みがかった金髪。仮面は外されていて、その素顔は義姉の未来とほとんど同じ。

光宙みつひろ! 見つけたわよ……」

 続いて聞こえてきた、今度は馴染み深い風鈴の声。今は単独行動中のようだが、その声は尻すぼみになった。

「風鈴も、こんにちは」

 にこりと微笑むが、シエルのその笑みは少しばかりのよそよそしさがあった。

「ソラ、お姉ちゃん……?」

 絞り出すような、風鈴の声。ソラと呼ばれた女性は、光宙みつひろに言った。

「ふたりとも、久しぶり。光宙みつひろくん、フランスには来てくれる気になった?」


         *


 タマモは、懐かしさに浸っていた。

 元は図書室だろう、書庫に入る。

 字を憶えたタマモはここで源氏物語をよく読んでいた。

「光源氏、かっけーのじゃー。わらわもこんな恋をしてみたいのじゃー」

 たくさんの恋愛と苦悩、栄枯が描かれた物語は難解なところもありながらも、直情的な恋愛描写にタマモは惹かれた。


 しかしこの頃、玉藻前は鳥羽天皇を深く慕っていたが、それを恋だと自覚するにはまだ幼かった。

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