第10話(風林火山!2の5)
5
時は平安、所は宮廷。
時の帝、鳥羽天皇。まだ少年ということもあり、実権は祖父の白河法皇が握っていた。
この頃の鳥羽はまつりごとに関われぬ分、宮中で一番やんちゃにして一番のいたずら小僧であった。
「皆の履き物は儂が隠した」
草履がない足袋がないとざわつく宮中にて、少年鳥羽天皇は楽しそうに官吏たちにそう言った。
「見つかるまで外出は許さぬぞ。さあ探すのだ!」
けらけらと笑う鳥羽天皇に、官吏たちはため息を付き、自分の履き物を探しに散っていった。
「まったく、主上はまた戯れを」
「この間はどこぞのものとも知れぬ
「しゅじょー!」
噂をすればだ、と官吏のぼやきは、元気な少女の声にかき消される。
「見つけたぞー! この臭っさいのは、あの弁官のものじゃな!」
失敬な! という官吏の文句を鳥羽天皇は笑い、少女の頭を撫でる。
「タマモは鼻が利くのう。犬のようだな」
「探しものは得意なのじゃ! あっちにもあるのじゃ!」
少女はパタパタと走っていく。
この頃の二人は、仲の良い無邪気な兄妹のようでもあった。
*
「はて、どっかん屋の諸君。いきなり飛びかかってきたりなんかして、今日は何の御用かな?」
「しらばっくれるんじゃないわよ! 終業式のときのとさっきのと、この2枚。思いっきりあんたの署名が入ってるじゃないの!」
「それと、多数の生徒から通学靴を隠されたと苦情が来たな」
まくしたてる風鈴に、比較的冷静な花丸が補足を加える。
「あたしたちの靴もなくなってたわ。とりあえず風リンのだけでも返してちょうだい、嗅ぐから」
「嗅ぐんかい」「嗅ぐな」「あんたは黙らっしゃい!」
美優羽のボケに他3人のツッコミが入る。
「いやー、俺もどこに誰のがあるかまではわかんなくてさ」
くつくつと、喉の奥で笑う
「どういうことよ?」
「さてそういうわけで、今回の勝負のルールだが」
「聞いてないわよ、ていうか聞きなさいよあんたわ!」
勝手に話を進める
「風鈴、悪いけど
声は、渡り廊下のカドから聞こえてきた。
「誰!?」
そして現れる人影に、どっかん屋4人の声が綺麗にハモった。
「よう、ライ姉」
「ソノ格好ハ久シブリダナ、とーる」
ワルキューレも親しげに声を掛けるその女性。
赤い和装に長い黒髪。右手は薙刀を握り、首からぶら下がるは般若の面。頭部にはトールのときよりも長めのツノが二本伸び。仮面は外されているので素顔はわかる。そしてその顔は、どっかん屋には馴染み深いものだった。
「お姉、ちゃん?」
本当に? という半信半疑の調子で聞く風鈴だが、未来はこくりと肯定のうなずき。
左手には「ぅゎゅぅιゃょゎぃ」とかいうタイトルの小説が握られていて、どうやら本当に姉の未来のようだ。なお、ラスダン前の村人が最初の町で無双する内容らしい。
未来はワルキューレを睨めつけて、
「どこかの超高レベル精霊人のように、学校内とはいえ公式の臨戦霊装でうろつくわけにもいかないので、こちらで来ました」
どうやら未来の、特高レベル臨戦霊装らしい。風鈴も他メンバーも、見るのは初めてだった。
いや、美優羽はなにかデジャブを覚えているようだった。
「えーとえーと、どこかで見た気が…、あ!
掌底で美優羽を吹き飛ばし、それを追い越し回り込んで受け止め直立させる。
特高レベルの臨戦霊装とはいえ中身はさすがの超高レベル、ワルキューレも口笛を吹くほどの体術であった。
「思い出さなくていいことだから、ね?」
「ふぁ、ふぁい……」
冷たい笑顔の未来に、冷や汗だらだらの美優羽であった。
「お姉ちゃん」
風鈴が疑問を口にした。
「呼ぶ時はどう呼べばいいの? あたしはお姉ちゃん、みんなは先生でいいかもだけど、外で人目のある時とかは?」
「学生時代はオニコと呼ばれてたので、それで」
少々苦い顔で、オニコが答える。その苦い顔の理由は、次の美優羽の一言。
「やっぱり
トールのときといい、臨戦霊装にいろいろとコンプレックスのありそうな未来であった。
「やあやあどっかん屋、また何か面白そうなことを始めたようで」
かんらかんらと、ひばちを先頭にいきもの係の4人がやってきた。
「なによ、あんたたちもこの件に絡んでるの?」
風鈴の三白眼を受け流し、上江が首を振った。
「いや、ボクたちは今日は見学さ。巻き添えをくらわないよう、念の為臨戦霊装をまとっておくけどね」
上江の河童に続いて、ひばちのイフリート、あすなろのエルフ、山吹のベヒーモス(きぐるみ)と、各々の臨戦霊装をまとう。
ん? とどっかん屋もいきもの係も、上江の口調に違和感を覚えたが、
「じゃあルールを説明するぞ。学校のメイン敷地内に全生徒の通学靴、648足が隠されている。これがすべて回収されたとき、どっちのチームが多く集めたかで勝負だ」
「それでは
お前が隠したんだろう?という花丸の指摘に、
「靴を隠すのはライ姉──篠原先生に頼んだ。靴に”空中クレヨン”はかけたけどな」
別のオブジェに上書きしたもの、透明化したものもあるという。
「じゃあやっぱりあんたのほうが有利じゃん」今度は美優羽のツッコミ。
「だな、だから今回俺は靴探し自体はパスする。そのかわり──」
いやーな笑顔をみんなに向けた。
「どっかん屋・
結局こいつの胸三寸ってことじゃないかなー、と思うどっかん屋だが、それ以上に風鈴が不満げだった。
「そもそもあたしはあんたとの勝負を受けるとはまだ言ってないんだけど?」
「玉藻前の更生のために必要なゲームらしいから、悪いけどみんな付き合ってあげてちょうだい」
未来のたしなめに、風鈴は驚きの目を向ける。
「玉藻前? じゃあやっぱり、そのタマモっていうもののけは……」
「ええ、もののけ事変の玉藻前よ」
どっかん屋のみならず、いきもの係もざわつく。
ワルキューレは涼しい顔をしているが、太郎右衛門はやはり少々不安そう。
当のタマモは、
8年前のもののけ事変で、玉藻前は関東地方を中心に甚大な被害を出している。眼の前の少女がそれとはにわかには信じがたいが、当時の騒動と恐怖を忘れたわけではない。
「極悪人じゃん。こんなところで放っておかないで、警察なり政府なりに……」
「こいつの更生はほとんど終わっている。今はちゃんと分別のつく、良識ある子供だ。俺が保証する」
いつになく真面目に言う
「あんたに保証されたってねえ……」
「じゃあ、私が保証するわ」
姉の未来まで玉藻前の擁護に回り、説明を始める。
玉藻前の処遇について、清夢が政府と現在交渉中にある。玉藻前はその間、学校内へ匿う方針なのだという。
「そういうことだ」
「こいつの更生のためにも必要なゲームでな、まあ勝敗自体はどっちでもいいんだが──」
「何言ってんの」
しゃあないわねえ、と頭をかき、風鈴は弟を睨みつけた。
「やるからにはあたしたちが勝ちに行くに決まってんでしょうが。そんでもって反省室にぶちこんでやるからね、覚悟しなさい!」
そうこなくっちゃな、と
(清夢さんがあの姿になったのはそういう事情だったのね。言ってくれればいいのに……)
姉の内心のつぶやきが、
彼女の言う通り、未来には大まかに事情を伝えてある。清夢の関わる部分等、一部ぼやかしたが、
「じゃあ改めて、ルールの確認だ」
2階、化学室の水道付き長机を、どっかん屋・いきもの係・
「戦力のバランスは取りたいでしょうからね。直接的な戦闘はないでしょうから、ワルキューレの神通力は特高レベルに制限されます」
進行役?の未来に、ワルキューレがうなずく。
「えみゅれーとデナイ索敵術モアルガ、ヤハリ直接的ナ戦闘ガ絡マナイト、本調子デハ使エナイナ」
「
「ああ」
「光の精霊人は探索に有利すぎるでしょうからね、それでいいでしょう」
属性的に有利なのもさることながら、彼も超高レベルであろうゆえ、参加を見送ったのだろう。
「みんな、索敵用の神通力を申請してちょうだい」
「あたしは”風の噂”と”風を読む”が探索に使えるかしらね」
「私は”
「私は”光苔”が応用できるかな。美優羽は探索系はあるか?」
「あるよー、”鵜の目鷹の目”が応用できるわね。こんなふうに!」
美優羽の”鵜の目鷹の目”は対象のレベルや属性を見抜く術だが、風鈴の3サイズを見抜いたこともある。
と、風鈴がそこまで思い出したところで。
術を花丸に対して展開していた美優羽が、とてもとても残念そうな顔色で肩をすくめて首を振った。何をか言わんや。
「よーし美優羽くん、ちょっと屋上へ行こうか」
「やーん、暴力反対ー!」
首根っ子をつかんで席から引きずり下ろそうとする花丸に、机にしがみついてギブギブと叩く美優羽。
じゃれ合いは放っておいて、
「僕は”ナビゲーション”が使えるからそれで」
「ワタシハ”瑞雲”トイウ術ヲ使オウ」
一同の目がタマモへ向く。タマモはウトウトと居眠りしかけていた。会議っぽい話し合いで退屈していたようだ。
「タマモは神通力は使わせない。鼻が利くから、それで十分だろう」
「のじゃ!」
「妥当ね」未来がうなずく。
実際、もののけ事変の首謀者の一人である。
もののけ事変当時の先代どっかん屋は、今でいう特高レベルで玉藻前と対決している。
その後、未来たちは現在の超高レベルへと成長しているが、今の玉藻前の実力は未知数だ。
「4対3になるけど、ワルキューレの索敵術が効果半減とはいえ特高レベルとしては強力なものになるだろうしな、バランスは良いだろ。な、ライ姉?」
「そうね。いきもの係も巡回するから、発見した靴は彼女たちへ渡してちょうだい。カウントをよろしくね?」
これで、おおむねルールが決定した。
勝負は校庭で開始しようという提案で、一同は化学室から廊下へ、そして校庭へ向かう。
その途中、上江がワルキューレを引き止めた。
「なあなあワルキューレ、ちょっといいかい?」
「ナンダオ前ハ、ナレナレシイナ」
訝しむワルキューレに、上江はいつもと違う口調でフレンドリーに近づいて自らを指差す。
「ほら、ボクだよ、ボク。わからないかい?」
「ぼくぼく詐欺カ? アイニク用ハナイゾ」
少し考えるが、ワルキューレに思い当たるフシはない。
仕方ないな、と上江はため息を付き、甲羅代わりの背中のリュックから小箱を一つ取り出した。
「ソレハ…?」
ワルキューレは、その小箱に見覚えがあった。花の絵柄の、懐かしいパッケージ。
そこからひとつ、四角いキャンデーを取り出し。
「スコットランド伝統の美味しさを、あなたに」
「アナタニモちぇるしーアゲタイ?」
見つめ合い、わはははは、とひとしきりの笑いが起こる。
「なんでしょう、あれ?」
「きっと彼女らにしかわかりえないことがあるんスよ、よくわかんないっすけど」
「しかし、なんかリーダー、いつもと感じが違くね?」
「っすね」
何をやっているんだ、珍しい組み合わせで、と振り返って見ていたいきもの係だが、彼女たちが何をわかり合ってしまったのかまったくもってよくわからなかった。
「ハッ!?」
と我に返ったワルキューレが上江から飛びすざり。
ここからは念の為、
(キ、貴様、うんでぃーねカ!)
(やっと気づいたかい)
やれやれと、上江(イシター)は肩をすくめてみせた。
(”憑依”カ? ソンナ術ヲ使ッテマデ、何ノヨウダ?)
(ああ、急ぎではないんだけどね。紫藤先生に報告があって)
(うん、イシターに頼まれて身体を貸してあげたんだけどさ、幕僚長を探しに行こうとしたところで篠原先生に呼び出されちゃって)
現在はイシターの制御下だが、上江の意識もあるようだ。
(なんだか面白いことになってるね。玉藻前は、大丈夫なのかい?)
(
信頼しているんだなあと、イシターはちょっと感心した。ワルキューレには、ちょっと人間不振なところもあるのに。
(オ兄チャンナラ、学校ノ上空ニイルヨウダゾ)
(みたいだね)
天井越しに上空を見やる二人。特高レベルでは気づかないかもしれないが、そこまで念入りに気配を消してはいないようだ。
(ドウデモイイガ、邪魔ハスルナヨ?)
(わかってるよ、ボクはしばらく上江ちゃんを通して見学に徹するよ。さてさて、どうなることやら)
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