第10話(風林火山!2の1)

   風林火山!どっかん屋 第ニ話


         1


 終業式の前日ともなると授業は半日で終了し、午後は部活動に開放された。

 本日の科学部部室に鎮座するはパソコンではなく、ゲーム機。

 なんだか最近は日替わりでレトロ機が置かれている気がする。

 その古めかしい筐体は、パット見CD-ROMをセットできそうな丸い出っ張りにカセットを差し込むというちょっと詐欺なデザインで、16BITとロゴがでかでかと描かれている。

 現在ではもうテレビは見れないアナログのブラウン管テレビからは、「パン4円! パン4円!」と女の子の声が響いている。

 光宙みつひろと桃子はレトロゲームで対戦し、そして光宙みつひろがボロカスにやられていた。この娘はゲームでもめちゃくちゃ強い。

「どっかん屋にはゲームが強いのはいるのかしら? ゲームなら対戦できそうだし」

 昨日の今日でこの発言である。

 桃子はゲームオーバー画面に、満足半分不満半分の顔。勝利に満足、手応え不足に不満といったところか。

「桃ちゃんってどっかん屋のことをすいぶん気にしてるけどさ、超高レベルから見た特高レベルってどんな感じなん?」

 自分のことはさておいて、光宙みつひろはなんとなく聞いてみる。

 目線を天井に向け、桃子は少し考えた様子で、

「横綱がライトフライ級の選手を気にする感じかしら」

「……なるほど」

 わかったようなわからないような。

 桃子の視線は、窓の外に向いていた。つられ、光宙みつひろは窓を開けて外を眺める。

「どうかした?」

「……いや?」

 彼女が何かを気にしたようにも見えたのだが。

 光宙みつひろは窓枠を軸にして伸びをして、軽くストレッチ。

「それより腹が減ったな。飯食ってかね?」

 授業は午前で終了し、昼食もまだだった。時計の針は、午後1時を回ったところだった。


「お姉ちゃん、どうかした?」

「……いえ?」

 視線を生徒会室へ戻し、未来は頭を振った。

 なんとなく、気配というか胸騒ぎというか、いやそれほどのものでもない些細な引っ掛かりを覚えたような気がしたのだが。

 ここ数日、清夢のことでイライラしていたので、少々過敏になっているのかもしれない。

「なんでもないわ、続けて」

 会議の再開を促し、手元の本へ目線を戻す。

 本日手にする小説は、「異世界が融合したら俺も英雄と合体してしまったので幼馴染とお姫様を連れて無双します」。どうも最近はあらすじをタイトルにするのが流行りのようである。

「さあ、明日が終業式よ。各部の予定は集まった?」

「どっかん屋といきもの係の予定は提出しました。宿泊には、食堂二階の宿直室を借りる予定です」

 てきぱきと、花丸が答える。

「風リンとお泊まり会……風リンとパジャマパーティー……ふおおっ!」

 やけにテンションが上がっている美優羽は無視し、風鈴が報告を続ける。

「各部の予定もだいたい集まったんだけど、科学部がまだなのよ。光宙みつひろに、メールを送ったんだけど」

「直接聞きに行けばいいだろう?」

「そうなんだけど、クラスも寮も違うから、意外に顔を合わせるタイミングがないのよ」

「そうか、私が聞いておけばよかったな」

 花丸は光宙みつひろと同じクラスだが、なんとなく聞きそびれていたと反省。


 各部の予定をリストアップした用紙が回覧されるのを横目に、未来は再び窓の外に目をやった。

 生徒会室は2階、窓は西側にあり、下はいきもの係が管理する花壇、教師たちの自家用車が数台駐車され、その先は道路を挟んでテニスコートがある。右手、北側は校庭へつながっていて、部室棟もある。

 その部室棟からであろう、光宙みつひろが女生徒を一人連れて左手の校門へ向かっていくのが見えた。


         *


 最近宅地開発が進んできている地域だが、このレストランは古くから地元民に親しまれている。

 光宙みつひろと桃子は学校帰りに、ログハウス風のイタリアンレストランへ立ち寄っていた。

 前払い制なので先に注文と会計を済ませ、窓際の二人席へ座る。

 暑い日は氷たっぷりのコーラが格別である。ドリンクバーからコーラ(2杯め)を入れてきたところで、注文の品が来た。

 光宙みつひろはボロネーゼスパゲティのダブルサイズ、桃子はワイルドピッツアのドリームサイズ(27センチ)。二人とも食べ盛りのお年頃である。

「味は良いんだけど、ピザはもっと厚いほうがいいわね」

 それでも桃子は不満を垂れる。

「そもそも日本の宅配ピザは高すぎよ。ワルキューレのお金は自由に使えないから、注文をためらうわ」

年収数億のへんふうふうほふほ超高レベル精霊人ほうほうれへるへいれいひほにしてはにひへは庶民的な話だなほひんへひなはなひはな

「食べるかしゃべるかどっちかにしなさいよ」

(ずぞぞぞぞ)

「…ありきたりね」

 マナーもへったくれもなく音を立ててすする光宙みつひろに、桃子は特に咎めたりはしないが呆れた様子だった。

 ボロネーゼは酸味のきいたトマトソースがたっぷりで、スープスパゲティにも近い。

 半分ほど食べて落ち着いたか、桃子は懐からスマホを取り出した。

 ゲームではなく、スケジュールの確認のようだ。

「不破君、夏休みの予定は?」

「ん、デートの誘いか?」

「そういうのじゃないから」

 鼻白み、カバンから用紙を一枚取り出してみせる。

 生徒会からの知らせのようだ。

「各部の予定を生徒会に提出しなきゃいけないのよ。不破君はコロボックリの世話があるから、科学部としてはフリーにしてるけど、なにかあるなら私から報告しておくから」

 食事の手を止め、光宙みつひろはしばし考える。

 生徒一人ひとりにコロボックリをあてがい、光宙みつひろの負担は減ったが、なにせ人間の子供と同様、年中遊びたい盛りのもののけである。遊び心を生かして教育も施してはいるが、そろそろまた彼らのストレスを発散させるアイデアがほしいところである。


 ───と。

 昼どきを過ぎ、客のほとんどいなくなった店内に、親子らしき二人が目に入った。

 親子ともに和服で、このあたりでは珍しい格好のためか、ちょっと気になった。

「なあなあ、おたー。おなかー、おなかがすいたのじゃー」

「すぐに来ますよ」

 子供の方は年の頃7~8歳の女の子で、七五三のような晴れ着。少し古めかしい喋り方が愛らしい。

 母親らしき方に、光宙みつひろはデジャブを覚えた。

 長いストレートの黒髪で、眉は太く、おしろいでも塗ったかのような白い肌。

 服装は居酒屋か料亭の女将さんを思い起こす、おとなしくも高級感のある和服。

 しかし光宙みつひろの知るあの女性は、和装とは言っても平安装束だったはず───。

主(仮)あるじかっこかり

 思い返していたあの女と全く同じ呼び方をされ、光宙みつひろは、ぶほおっ、と飲みかけていたコーラを盛大に吹き出した。

「あ、わ、わりい」

 向かいの席の、コーラの飛沫をまともに浴びて憮然としている桃子に謝りながら、げほげほとむせ返すのを押さえ込み。

「お、お前……!」

 なんとか声を絞り出して見上げると、女はごく無表情に光宙みつひろを見下ろしていた。

 いや、テーブルの上に置かれている、食べかけのスパゲティに興味があるようだった。

「ふむ」

 あまりにも自然な動きなので、まったく防御できなかった。

 光宙みつひろのフォークをひったくり、ソースのよく絡まった麺をすくい上げ、口元へ運ぶ。

「これが『ぼろねえぜ』という料理ですか。……なるほど、赤茄子とひき肉を主体とした洋風あんかけうどんといったところでしょうか。これはなかなか」

「うどんって、おまえなあ」

 もうどこから突っ込んだらいいのやら。

「なあなあおたー、わらわも食べたいのじゃー」

「先ほど『はんばあぐ』を注文したでしょう」

「ならこれー、こいつをいただくのじゃー!」

「これは俺のじゃー」

 これ以上勝手に食われてなるかと皿を奪い返すと、幼き少女は今にもぎゃーぎゃーと騒ぎ出しそうだった。

「お前……!」

 不意に、がたんと音を立て、桃子が席を立ち上がった。

 目を見開いて少女を見下ろしている。

「オマエハ……!」

「おいっ!」

 とっさに制止したのは正解だった。一瞬膨れ上がった神通力、桃子はワルキューレへ変身する寸前だった。はっと我に返り、変身の予兆は収まった。

 一度にいろんな事が起きて混乱しそうになったが、光宙みつひろは頭を整理するためにもまずは桃子へ聞くことにした。

 少女を指差し、目線は桃子へ向け、

「知り合いか?」

「知り合いなの?」

 女を指差し、目線は光宙みつひろへ向け、桃子もまた聞いてきた。

 そして目をパチクリと、言葉を失って見つめ合う。

「さて」

 ナプキンで口元をふきふき、鉄面皮の女は視線を店外へ一瞬だけ向けたかと思うと、手のひらを二人へ向ける。

「!」

 言い合いになりかけた二人を止めようとしたわけではない。

 光宙みつひろと桃子の二人、その姿がかき消えた。

「神通力? これは──?」

 さすがの超高レベルも戸惑っている。

 視界は薄暗くなり、店内に流れていた音楽も、遠くでささやく小鳥のように小さくなってしまった。

 神通力を行使したのは間違いない。外側からは、二人の姿は全く視認できなくなってしまっただろう。

 おそらくは、超高レベルを持ってしても認識できないほど完璧に。

「おい、何の真似だ、オモイカネ!」

「オモイカネ?」

 光宙みつひろが呼んだその名に、桃子は思い当たりふしがあるようだった。

「そう、彼女が……」

「知っているのか?」

 桃子はうなずいた。

「紫藤先生から、少しだけ聞いている」

「そうか。じゃあそっちの女の子は?」

 桃子の目の色は、複雑な感情を物語っていた。

「そいつこそが、玉藻前。”もののけ事変”の首謀者の一人にして、私たち超高レベル精霊人が総掛かりでもついに倒すことはかなわなかった──最強のもののけの一人……」

「あー、このやろー!」

 ものすっごくシリアスに語っていた桃子の声は、光宙みつひろの素っ頓狂な叫びにかき消された。

「うまいのじゃー、うまいのじゃー!」

「お、俺のボロネーゼー!」

 勝手にちゅるちゅるずぞぞぞぞ、と食われてしまい、子供につかみかかろうとするもすり抜けてしまい、がっくしと涙する光宙みつひろであった。合掌。

「……で、なんだっけ?」

「え、ええと……」

 話の腰を折られ、桃子はすっかり気が削がれてしまった模様。

「まあ最強のもののけのはずなんだけど、神通力はほとんど感じられないし、見た目も面影はあるけどずいぶん違うから、気づくのが遅れたわ」

「なるほど」

 彼女の説明に光宙みつひろは襟元を正し、オモイカネへ目を向ける。

「オモイカネ、これは一体何のマネだ? あと俺のボロネーゼ返せ」

「今の主(仮)あるじかっこかりの神通力では気づかれる恐れがありますゆえ」

 ボロネーゼは無視された。

「気づかれる?」

「すぐにわかります」

 彼女にかけられた術には、こちらからの神通力も遮断する効果もあるのか、光宙みつひろでも気づくのが遅れた。

 彼女の静かな視線は、店の入口に向けられている。

「お兄ちゃん……シエルも」桃子の小声。

 店内に入ってきた十歳ほどの少年と、二十代前半くらいの若い女性。


 牛若丸こと紫藤清夢。ヴァルハラことシエル・ヴェルレーヌ。

 この二人に間違いなかった。

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