第8話(風雪月花!4の4)
4
「どうやらこれで、一難は去ったようですね」
「ああ。あとは幕僚長のおっさんに頑張ってもらおう」
しかし、と
広さ1反(300坪)ほどの敷地に玉砂利が敷き詰められているだけの、一見だだっ広いだけの空間。ここにどっかん屋たちの様子が映し出されていたのだが、本当に録画・中継機能があるとは。先代の主がどんな人物だったのか、ちょっと気になる。
「
「なんだよ?」
「戦の亜神についてです」
戦の亜神……ワルキューレのことか。人名でもカタカナ語は絶対使わないウーマンか?
「彼女の暴走……あなたが止めるのが一番簡単だったはずです。そうしなかったのはなぜですか?」
「んな暇あるかい。美優羽だけで手一杯だったのに」
「全快したあとです。あなたは戦の亜神でなく、風の娘の元へ迷うことなく向かいました」
あんたが全部やればいいじゃない。投げやりな、風鈴の言葉を思い出し、
「フウ姉も言ってたな……女の子に手をあげられるわけないじゃん。現時点で、ワルキューレを止められるだけの力と気性を持ったのが、風鈴だけだったってだけさ」
オモイカネは少しばかり、呆れた様子だった。
「そんな理由ですか」
「おかしいか?」
「……いえ、あなたらしいです」
微笑を浮かべているのかいないのか、しかし声にはわずかばかりの柔らかさが感じられた。
「さて。じゃあ世話になったな」
玉砂利を踏みしめ、
「次に来るときは」
「次に来るときは、正妻をお連れなさい。それなら、歓迎しますよ」
もう来るなとは言われなかったが、できればもう来たくはないな。そんなことを思う
*
「このあたりでいいだろう。雷神、降ろしてくれ」
ウンディーネに言われたとおりに、トールは”電送”を解いた。4000メートルの海底に、6人の精霊人が姿を現す。
人間なら一瞬で押しつぶされる水圧がかかるが、彼らには大した負荷にはならない。念のため、とトールは”春風”を展開、一同を空気の大きな泡が覆う。トールには風属性もあるため、エミュレートせずにレベル通りの神通力が使える。
アメリカまでの旅路の途中、闇と静寂に包まれた海底で一時下車したのには、わけがある。
「ドウシタ?」
ワルキューレには伝えられていなかったので、彼女は知らない様子だった。
「キューピッドとヴァルハラに依頼していた走査の中間報告をね」
捜査ではなく、走査。
ワルキューレ対処のために、国連本部に超高レベルが集結した際、トール・ガイア・プルート・プロセルピナの、日本の4人が向かうことが提案された。
これに対案を出したのが、ウンディーネである。彼女が出した案は、旧どっかん屋の4人で行くこと。
プロセルピナが多忙ということもあり、結局この案が採択されたわけだが、真意は別にあった。
同じく、空の超高レベル精霊人、ヴァルハラ。
彼女たちが極秘に行っていた偵察の報告である。
「キューピッドの人心操作、ヴァルハラの空間走査で調べてもらった。人工衛星を利用するとはいえ全球走査となると時間がかかりすぎるから、取り急ぎヨーロッパ周辺だけだけどね」
トールは冷や汗の出る思いだった。
「そんな危ない橋を渡っていたの? バレたらコトでしょうに」
「情報隠蔽はユークリッドに頼んである。で、どうだった?」
牛若丸の促しに、ウンディーネは頷く。
「やはり、複数の亜界の存在が確認されたよ。多くは無人だけど、いくつかはもののけの棲まうものもあるようだ。オモイカネのような高位の神は今のところ確認されていないけど、大雑把な調査だからなんとも言えないね」
サラマンダーが、話に乗ってくる。
「オモイカネって神なのか?」
「我々人類からすれば、神としか表現のしようがないな」
と、牛若丸が答える。
先月のだいだらぼっち事件でのオモイカネとの邂逅。
彼女のようなものが他にも存在するのではないかと、牛若丸──清夢の発案により極秘の調査を続けていたのだ。
「この件については、以上だ。機会を見てまた報告するよ」
「ああ、頼む」
ワルキューレが、瞳をきらきら輝かせて(仮面をしているが)言った。
「ソウカ、冒険ノ地ハマダマダアルンダナ!」
「そのためだけに探していたわけじゃないぞ」
苦笑気味に、牛若丸が念を押す。欲求不満のワルキューレの事を考えて、というのもなきにしろあらずではあるが。
「神通力、もののけ、亜界……。オカルトとされていたものが実在し、新たなフロンティアを本来人が、政府が、世界が狙っている。これらが一気に開放されたら、世界は間違いなく混乱する。俺達はこれらを守らなければいけない。精霊人の代表として、な」
元教師の力説に、途中であくびの出かかったワルキューレが適当に相槌を打つ。
「マ、難シイ話ハ先生ニ任セテオケバイイヨナ!」
信頼してくれているのは嬉しいが、と前置きしつつ、牛若丸は小言を付け加えることを忘れない。
「お前たちも、少しは政治関係を勉強しておけ。でないと、俺が私利私欲でお前達を利用しているかもわからんぞ?」
「結局女生徒一人にしか手を出せなかった純情教師がそんなことできるわけないじゃーん」
イシターの突っ込みに、ぶぼおっ、と清夢は盛大に吹き出し、派手に咳き込んだ。
未来は顔から火を吹き、イシターをポカポカ殴りだす。
「わはは、やめろって。ボクは誰の名前も言っていないぞ!」
「ナア、ナンノ話ダ?」
キョトンとしたワルキューレに、トールは顔を真っ赤に声を張り上げる。
「子供は知らなくて良いことです!」
むう、とワルキューレがふくれた。
「高校生ハ言ウホド子供ジャナイゾ!」
ぜいぜいと、咳から復帰した牛若丸が教え子たちに怒鳴る。
「この……マセガキどもが!」
海底4000メートルに似合わぬ明るい笑い声が、あぶくの中を満たしていた。
純情教師とませた教え子たちとの間柄は、8年たっても相変わらずのようであった。
*
「それにしても、惜しかったわよねー」
「なにがさ?」
イフリートの質問に、沙悟浄はしみじみと、
「あと1ターン粘れば、ワルキューレをつるっぱげにできたんじゃない?」
「リーダーは、なにかハゲに思い入れでもあるんスかね?」
沙悟浄の頭のお皿をまじまじと、アルウェンが茶化す。
慌ただしくも難敵が去っていってから、しばし。
ようやく風鈴の治療が終わった頃、
「風リーーーン!」
遠くから、美優羽の声が聞こえてきた。本当に生き返ったようだ。
なんか、懐かしさすら感じる。
「あれは、臨戦霊装か?」
花丸が指差す先に見えるのは、上空から近づいてくる人影。夜だが、特高レベルの視力なら十分視認できる。
皆既月食から元の月に戻り、その月光を反射してきらめいている。
遠目には、鳳凰が燐光を散らしながら舞っているようにも見える。
「そう……あの子も……」感慨深げな風鈴。
やはり臨戦霊装のようだ。鳥を模したマスクの下には、美優羽の可愛い顔が見える。風鈴を目指して一直線に向かってきている。
両手を広げて歓迎しようと思った風鈴だが、彼女がこぶしを振りかざしたことに気づいた。
「鳳凰幻魔「バカヤロオオォォーー!「けえええぇぇぇん!?」
とっさに放ったカウンターブローで、美優羽はキリモミ回転しながら吹っ飛んだ。
ずしゃあっ、と顔面から着地し、美優羽は鼻を押さえて涙を流した。
「風リン、痛い……もっと」
「ええい、今あたしによからぬ術をかけようとしたでしょ? わかってんのよ!」
美優羽は、翼を模した、袖と一体化した外套を振り振り。鳳凰をイメージした衣装のようだ。
「ほら風リン、あたしも臨戦霊装。せっかく覚醒したんだからさ、術を試したいじゃん?」
「あたしを実験台にすんな!」
幻覚系の術でエッチなことをもくろんでいたのは明白である。呆れる他メンバーをよそに、食って掛かる風鈴と、なだめつつも隙を窺う美優羽。
怪我が治った途端、生き返った途端に、いつもの空気に戻りつつあった。
そんな一同のもとに、いつものいたずら小僧の声がする。
「くぅ~、疲れました! これにて完結です!」
一瞬にして冷めた空気を送ってくるどっかん屋一同に、
「これで全員覚醒したな」
風鈴は、弟を睨みつけ、
「あんたは、ずいぶんと引っ掻き回してくれたわね」
「けど、約束通り、あいつを止めてくれたな」
「……あったりまえじゃない!」
すぱーんっとひっぱたき、よろめく
……なにこれ、チョロイン? ころころ表情の変わる風鈴に、花丸は鼻白む。
「まあしかし、どっかん屋4人全員が、
「それでは、どっかん屋たちのメッセージをどうぞ!」
インタビュアーのような促しに、しかし美優羽はうつむき加減にボソリと言った。
「おっぱいもまれた」
ぴしっ、と動きが止まる一同。
「おっぱいもまれた。めいっぱいもまれた」
ぎぎぎ、と油の切れた自動人形のように、風鈴が首だけ
「
「はい?」
「ちょっとお姉ちゃんに詳しく教えてもらえないかしら?」
「これは美優羽さんを助けるためにしかたなくですね?」
「考えてみたら、手を握るだけで人工心肺できてたんだから、おっぱいもみもみする必要なかったよね……」
「うん、それから?」
逃げようとする
「気持ちいいからもっと頑張るとか…一人の女には縛られたくないんだとか……ぅちのことゎもぅどぉでもぃぃのね……もぅマヂ無理…妊カツしょ……」
さめざめと(わざとらしく)泣き出す美優羽に、
「お前ら、変身解かずに飛んで帰ったほうがいいぞ。まだマスコミとかいるかもだからな!」
「この…待ちなさい、女ったらしのスケコマシ!」
こぶしを振り上げて追いかける風鈴に、取り残される残りメンバー。いきもの係に至っては、呆れて声も出ていない。
と、花丸は美優羽が胸を抑えてうずくまっていることに気づいた。
あれ? こいつ、こういうキャラだったっけ? 傷がうずくとかいうわけでもなさそうだと、聞き耳を立てる。
(なんでドキがムネムネしてるのよ、あたしは風リンひとすじなんだから! あいつを好きになったなんてありえないんだからああぁぁ!」
後半脳内音声ダダ漏れでお月さまへ向かって叫ぶ美優羽に、花丸も留美音もあっけにとられていた。
「これは大誤算」
「ああ。まさかこの百合娘が堕とされるとは……」
予想外のライバル出現に、ほぞを噛む思いの二人であった。
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