雨の日の図書館
外はえげつないほど雨が降っている。
家の近所のバス停から、バスに乗って俺はここ、夕陽ヶ丘図書館に来ていた。来た理由はひとつである。ずっと前にこの街で起こった通り魔とそれに関連する殺人事件について調べるためだ。図書館だし、たぶん、なにかしらあるだろうと思っての行動である。なんか新聞とか、そういうのが。
「ん? おお、クノキか」
図書館の自動ドアを抜けると、見知った人がいた。
「あ、カンナヅキ先生。こんにちは」
カンナヅキ先生。我らが一年C組の担任教師である。夕陽ヶ丘高校に結構長く勤めている老齢の先生だ。年齢は六十にいかなかった……確か五十のどこかぐらい、だったように憶えている。見た目は結構若々しい人だ。
「おう。こんにちは。また珍しいところで会うなぁ。勉強か?」
「いえ、調べものです」
「ほお……ま、図書館ならクノキの調べたいこととやらもあるかもな。良い判断だ」
聞いてしまおうか、と考える。
カンナヅキ先生は夕陽ヶ丘高校に長くいる。ということは、この街について、もう長くを知っているということだ。となれば、通り魔のことについても知っている可能性は大きい。実際、カンナヅキ先生は通り魔の事件の一部について授業の空き時間に少し話をしたことがあるのだ。メメント森にある夕陽ヶ丘の広場、そこに当時夕陽ヶ丘高校に通学していた女子生徒のバラバラ死体が、いや、中途半端なバラバラ死体が置かれていた、という話を。
「うん? どうしたクノキ。そこにぼんやりと突っ立って。行かないのか?」
「あの、先生」
「ああ……どうした?」
「先生は、この街の通り魔が起こった時のこと、詳しく知ってたりしますか?」
「通り魔……あー……あの事件か」
「はい」
遠い記憶を見、先生は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。苦々しい記憶のようだ。当然か、連続殺人事件なのだ。人が死んだ。人が殺された。
「クノキ、きみが調べたいと思っているのも……その件なのか?」
「……はい。そうです」
「ふむ。まあ、どういった経緯でそうなったのかは聞かないでおこう。確かに僕は知っている。その事件がどのようなものであったのかについて、な。ただクノキ、それを聞いて、きみはどうするんだ?」
どう、する? 質問の意図が掴めない。
「どう、する……ですか?」
「その調べようという気持ちが好奇心なのか、それとも他の理由によるものなのか。僕が知りたいのはそこだよ」
「え、っと……好奇心、ですかね」
そう言うとカンナヅキ先生は少し目を瞑り、なにかを考えているようだった。
やがて眼を開けると、
「まあ、まずは調べてみなさい。僕に聞くのは、どうしても分からなかった場合だけだ。まずは自分の頭で考えなければ、疑問点すら出てこないからな。はははっ」
そう言うと、自動ドアを抜けて外へと出て行った。
結局、なにも聞けなかった。
とりあえずは先生の言う通りに調べてみて、そこで分からなかったら聞くことにしようか。
◇
司書の方に尋ねると、過去の新聞記事の保管はあるのだそうだ。データベースとして保管されており、縮刷版の新聞記事があるとのこと。
調べたいのは、この夕陽ヶ丘の老舗の新聞、『夕陽ヶ丘新聞』である。地方のマイナーにもほどがある新聞だが、さすがに当の夕陽ヶ丘市の図書館だけあり、保管はされていた。通り魔は殺人に至っているわけだから全国紙にも載っている可能性は高いが、まずはここから始める。
持ってきた縮刷版の新聞がまとめられた書籍を広げ、中身を読み進めていく。
通り魔の事件が起こったのは、今から数十年前……二十三、四年前ぐらいだった、はず。
そのぐらいの年代の新聞を、まずは一から当たってみよう。
────。
『公園に五歳女児の遺体』
四日昼、夕陽ヶ丘市にある夕陽ヶ丘四丁目公園内に首を絞められて殺害された女児の遺体が発見された。身元は夕陽ヶ丘市に住む花篠了さん(27)の長女である花篠茉莉ちゃん(5)と見られ、夕陽ヶ丘警察署は……
これではない。
もう少し後か。
────。
『教室内に扼殺遺体発見』
二十八日朝、夕陽ヶ丘市立夕陽ヶ丘高等学校の教室内に首を絞められて殺害されたと見られる女子生徒の遺体が発見された。女子生徒は夕陽ヶ丘市在住の園田桜子さん(16)と見られている。現場には一通の封筒が残されており、その中身は犯人から誰かへ向けての招待状と見られ……
これは……「あら、クノキくんじゃないの」「おっぴょ!?」
「ぶ……! あっはっはっは! どーしたの!? 『おっぴょ!?』だなんて驚き方、そうそうしないわよ!」
いきなり背後から声をかけられ、奇声をあげてしまった。
見るとそこには諏訪さんの姿。いつもの二つ結びの金髪は解かれ、まっさらなストレートとなっているその子が、ゲラゲラと笑っている。当然、図書館の他の利用客から非難の視線が集まる。
「し、静かにしないと、諏訪さん」
「あー、ごめんごめん。ごめんなさいね、あんまりおもしろかったから」
目尻に涙すら溜める彼女は、「で、なにしてんの?」と悪びれもせずそう言った。
「これだよ」
「これ……? あー、昔の新聞ねえ。あ、調べてるの? 通り魔のことを」
「ああ」
「勤勉ねえ」
そして彼女は俺の隣の席に腰を下ろした。
「手伝ったげよっか?」
「そうしてくれるとありがたい……ところだけど、もうそれっぽい記事を見つけたんだ」
「へー。どれどれ?」
覗き込む彼女に、俺がさっき見つけた記事を指さす。
「園田、桜子かあ……その子が最初の犠牲者なわけね」
「まあ、そういうことになるな」
「園田桜子。桜子さんっ。ふうん……ふーん。ふふふ」
なにがおかしいのだろう、諏訪さんは静かに笑っている。
「どうしたの?」
「え? いえ、いいえ、なんでもないわよ。なーんでもない」
理由は分からないが、特にそれについて考えることもせず、俺は再び記事を目で追い始めた。
「さてさて、次に死んでるのは誰なのかしら。なんか、楽しみ」
楽しそうに、諏訪さんは罰当たりなことを言った。
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