公園に男がいた
帰り道は、すっかり夜。
十月であるため、夜ともなれば本格的に寒くなってくる。
隣を歩く陽香は、校舎内の自動販売機で買った紙パックのオレンジジュースをちゅーちゅー吸っている。
住宅街の道路に入ったものの、人気は全くと言っていいほどなかった。途中、パトカーと警察官をみかけたぐらいだ。おそらくは通り魔への警戒だろう。
「考えてみれば、今の私たちってとても危険な状況なのよね」
「ああ……だな」
道路の真ん中で空を見上げて、陽香が言う。
朝陽ヶ丘市、つまりはこの町には今、通り魔が潜んでいる。凶器や方法は分からないが、人を傷つけるのに躊躇のない人間がいる。
実感が湧かない、というのが正直な感想だ。結局は俺にとって自分の町の通り魔というのも、テレビ画面の向こう側の出来事でしかないのだろう。
「ま、通り魔が出てきても」
とん、と一歩踏み出し、陽香が俺を振り向く。
「守ってくれるんでしょ? ね、オーリ!」
「そのつもりだよ……ただ」
「ただ?」
「陽香なら、なんだか大丈夫そうな気もする」
「なによそれー」
ぷく、と不機嫌そうに陽香は頬を膨らます。冗談半分、本音半分だ。通り魔が出てきても、陽香ならなんとなく、本当に漠然とだが大丈夫そうに思えるのである。陽香の明るい雰囲気が、そう思わせるのかな。
……夕陽は、無事に家に帰れただろうか。
「あ、オーリ。見て」
ふと、陽香が指をさす。その先には公園があった。住宅街の中に存在する、フェンスで仕切られた小さな公園だ。ふだんは散歩中の奥様方やご老人が牧歌的な空間を作り上げているが、今は夜で、人気はない。夜闇の中、ベンチの近くで砂の上に膝と手の平をついている、いわゆる四つん這い状態のスーツ姿の男がいるのみだ。陽香が指さしているのも、その男である。ぱっと見は不審者だが、なにか事情があっての行為だろう。
「探し物かしら。それともそーいう趣味の人?」
「探し物だな」
「そーいう趣味ではないの?」
「そういう趣味ではないよ。小説や映画じゃないんだ。現実では変態になんかそうそう出くわさない」
「でも私この前、初対面の女の子に対して下着の色を言い当てたヘンタイを見たわ」
「しらないひとだな」
興味なさげに陽香はスーツ姿の男を眺めている。彼はちょうどいま、こちらに尻を向けている格好となっていた。何かを探るように頭を動かしているその様子から、探し物をしているのだというのが分かる。心もとない公園の電灯を頼りに、体裁など考えない姿で、真剣に。
「陽香。悪いけど先に帰っててくれ。俺ちょっとあの人を手伝」「いや」「うん……」
けんもほろろである。
「私も手伝うから」
「……そっか。ありがとう」
「どうしてオーリが礼を言うのよ。お礼の言葉はこれからあの人が言うんだから。あなたと私にね。これも捨てたかったことだし」
そう陽香は、飲み終わった紙パックジュースの空をひらひらと振ると、おもむろに真剣な表情となり、俺に言った。
「けど、オーリ。あの人が通り魔という可能性も持っておいて。これは本気の言葉だから」
「ああ、もちろん」
公園の入り口を抜け、俺たちはスーツ姿の男の人へと近づいて行った。
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